起
このヨハネの第三の手紙も、第二の手紙と同じように、パピルス一枚に書かれた標準的な手紙の一つです。ですから短い手紙なので、今日の一回で終わります。これはその当時の形式に沿った文体で、挨拶から始まり、健康のためのお祈りをして、手紙の本題に入り、相手に知らせたいことやこちらの様子を語り、最後にお別れの言葉を述べると言うとても整った形です。
第二の手紙と違うことは、第三の手紙は登場人物がはっきりしていると言う事です。この手紙はガイオと言うヨハネの愛する弟子に手紙を出していて、どうもこれはその当時よくいた、教会を回る巡回説教師への紹介状のようです。この巡回説教師と言うのはいろいろと影響力が大きく、善い人もあれば悪い人もいるという厄介なものです。ですから教会によっては、このような巡回説教師を締め出して、自分たちの教会の自立性を保とうとする人もいれば、この巡回説教師は正しい教えを教えているから、もてなして、よくその教えを聞こうとしたりもするのです。ですが、知らない巡回説教師の場合誰かの紹介状でもない限り、中々受け入れてもらえないのかもしれません。時代の初めのころは巡回説教師が、大いに影響力を使っていて、何か月も滞在したりして、その恩恵にあずかっていたのですが、だんだんと、グノーシスを教える巡回説教師なども出て、教会は乗っ取られないように警戒し始めたのです。この手紙はそのような警戒している時代に書かれたようです。ヨハネが手紙を持たせた、巡回説教師は、デメトリオと言う人で、ヨハネは、この人たちはイエスの御名のために旅に出た人と紹介し、あらゆる人と真理の証があると言っています。このようにデメトリオを教会でもてなしてほしいと願っているのですが、教会には反対者もいて、そのリーダーがディオトレフェスと言う人です。ヨハネは彼を、教会の指導者になりたがっていて、私たちをそしり、兄弟たちを受け入れようとしないと非難しています。実際はどうなのかはわかりませんが、教会にはこのように、巡回説教師を受け入れようとする人たちと自分たちの教会の自立性を保とうとして、巡回説教師を排除しようとする人々がいたのです。
このように第三の手紙はその登場人物が非常にはっきりしていて、問題もはっきりしています。第二の手紙の時には、選ばれた夫人とその子達へ、と言う宛先なので、これは教会を意味しているのだろうという解釈でしたが、このときの手紙は、人を惑わす者が大勢世に出てきたから注意しなさい、と、巡回説教師に注意しなさい、愛を実行していないものを信じてはいけませんと言うような内容で、第三の手紙とは反対に、その警戒心を表しているのです。このようにこの時代はいろいろな考えや行動によって、教会が分裂気味になっていた時代で、その中で、各個教会は自分たちの教会を守ろうと必死に努力していた時代なのです。
承
では聖書に入りましょう。最初はいつもの通り挨拶から入ります。1節から4節です。
3ヨハ
1:1 長老のわたしから、愛するガイオへ。わたしは、あなたを真に愛しています。
3ヨハ
1:2 愛する者よ、あなたの魂が恵まれているように、あなたがすべての面で恵まれ、健康であるようにと祈っています。
3ヨハ
1:3 兄弟たちが来ては、あなたが真理に歩んでいることを証ししてくれるので、わたしは非常に喜んでいます。実際、あなたは真理に歩んでいるのです。
3ヨハ
1:4 自分の子供たちが真理に歩んでいると聞くほど、うれしいことはありません。
まず最初に、この手紙が誰からだれにあてて書かれたかが書いてあります。ここでヨハネは自分のことを長老と言う言葉で表現していますが、これはその教会の長老職をしているヨハネと言う意味とはちょっと違うようです。なぜなら、その教会の長老職と言うのはほかの教会に対して権威のあるものではないし、余計な口出しをしないものなのです。ここで使われている長老と言うのはそれよりももっと権威のある、使徒に次ぐものと言った感じなのです。ですから、ほかの教会の指導も行い、全教会の指導者である長老と言った感じなのです。その長老ヨハネから、愛するガイオへと手紙を出しました。このガイオはヨハネの考えを忠実に守る信仰深い人のようです。自分の子供たちと言う表現も使っているので、弟子のようです。ヨハネはあなたを真に愛しています、と言い、すべての面で恵まれ健康であるようにとその健康をも祈っています。そしてこのヨハネが一番喜んでいるのは、ガイオが真理に歩んでいることを兄弟たちが教えてくれることだと言うのです。新約聖書で真理と言ったら、イエス・キリストのことです。ガイオが真理に歩んでいるというのは、ガイオがイエス・キリストの言葉に従って、信仰を持って歩んでいると言う事です。ヨハネがこのことをとても喜んでいるのは、その時代にはイエス・キリストに従わないで、自分たちの考えに従う人が増えてきたからです。
転
いよいよ手紙は本題に入ります。ヨハネは一体何を語り、何を伝えようとしたのでしょうか。5節から8節です。
3ヨハ 1:5 愛する者よ、あなたは、兄弟たち、それも、よそから来た人たちのために誠意をもって尽くしています。
3ヨハ 1:6 彼らは教会であなたの愛を証ししました。どうか、神に喜ばれるように、彼らを送り出してください。
3ヨハ 1:7 この人たちは、御名のために旅に出た人で、異邦人からは何ももらっていません。
3ヨハ 1:8 だから、わたしたちはこのような人たちを助けるべきです。そうすれば、真理のために共に働く者となるのです。
ここでヨハネはよそから来た人たちのために語っています。この人たちはいったい何者なのでしょうか。ヨハネは、この人たちは御名のために旅に出た人です、と言っています。すなわちイエス・キリストの宣教のために教会をめぐって歩いている、巡回宣教師なのです。その巡回宣教師たち、すなわちよそから来た人たちのために、あなたは誠意をもって尽くしている、と語りました。そして、あなたが愛を持って迎えてくれたことを、教会で証しました、と言っているのです。ヨハネはこの人たちを神様に喜ばれるように、大切にもてなして、教会から送り出してくださいと言っています。この手紙はこの巡回宣教師がヨハネから預かってきたのかどうかはわかりませんが、この手紙を受け取った時にはまだガイオの教会にいたのですから、きっと手紙を携えてきて、ヨハネの言付けを伝えたのだと思います。この当時は、お金目当てと接待目当てに教会を巡り歩く巡回宣教師がたくさんいて、ユダヤ人だろうが異邦人だろうが、自分に得になると思うところには図々しく出向いて、勝手な話を教えていたのです。そのような人と比べて、この人たちは、異邦人からは何ももらっていず、お金のためではなくただ御名のために仕えている人であるから、私たちはこのような人たちを助けるべきですと言っているのです。そうすれば真理のために共に働くものとなるのですと言っています。真理のために共に働くとは、イエス・キリストの宣教のためにともに働くという意味です。
この手紙は教会あてに出したのではなく、個人的なつながりを持つ、その教会のガイオと言う人に当てたものですが、その前に、教会にも手紙を出したようです。ところがそのときは、その巡回宣教師の受け入れを断られたのです。9節と10節にこう書いてあります。
3ヨハ 1:9 わたしは教会に少しばかり書き送りました。ところが、指導者になりたがっているディオトレフェスは、わたしたちを受け入れません。
3ヨハ 1:10 だから、そちらに行ったとき、彼のしていることを指摘しようと思います。彼は、悪意に満ちた言葉でわたしたちをそしるばかりか、兄弟たちを受け入れず、受け入れようとする人たちの邪魔をし、教会から追い出しています。
ヨハネが事前に教会に手紙を出したとき、ディオトレフェスと言う教会の有力者が反対して、巡回宣教師の受け入れを断ったのです。そのことをヨハネは怒って、指導者になりたがっているディオトレフェスが、私たちを受け入れませんと言ったのです。これは、ディオトレフェスの立場から考えると教会がいろいろな巡回宣教師に振り回されて、教会の自立性が保てなくなるので、もうそのような巡回宣教師はいらないと言ってはねつけたのだと思います。このヨハネが推薦する巡回宣教師に対しても、又長老ヨハネが、この教会に干渉してくると警戒したものと思われます。教会全体の長老を自任しているヨハネにとっては、このディオトレフェスが影響力を強めていることは面白くなく、教会の指導者になりたがっていると批判しているのです。この時代の教会運営の難しいところだったのだと思います。それでヨハネは自分によく従ってくれる、ガイオにこの手紙を書いて巡回宣教師のことを頼んだものと思われます。
このように、ヨハネはディオトレフェスのことをだいぶ怒っており、直接そのことを言おうとしているようです。10節から12節です。
3ヨハ 1:10 だから、そちらに行ったとき、彼のしていることを指摘しようと思います。彼は、悪意に満ちた言葉でわたしたちをそしるばかりか、兄弟たちを受け入れず、受け入れようとする人たちの邪魔をし、教会から追い出しています。
3ヨハ 1:11 愛する者よ、悪いことではなく、善いことを見倣ってください。善を行う者は神に属する人であり、悪を行う者は、神を見たことのない人です。
3ヨハ 1:12 デメトリオについては、あらゆる人と真理そのものの証しがあります。わたしたちもまた証しします。そして、あなたは、わたしたちの証しが真実であることを知っています。
ヨハネは、今度そちらに行った時には、彼のしていることを直接指摘しようと思っていると言っています。ディオトレフェスはだいぶ激しくヨハネに抵抗し、悪意に満ちた言葉でそしり、巡回宣教師たちの兄弟を受け入れることをせず、受け入れようとする人達の邪魔までして、教会から追い出していると言っているのですから、ずいぶん激しい対立になったものと思われます。ヨハネは、ガイオに対して、悪いことではなく、良いことを見習ってくださいと言いました。悪いこととはディオトレフェスの行っていることで、良いこととは兄弟の巡回宣教師を受け入れる人たちです。そして善を行うものは神に属する人であり、悪を行うものは神を見たことのない人ですと非難しました。そしてここではじめてこの巡回宣教師の名前が出てくるのですが、その名前がデメトリオです。このデメトリオの信仰の正しさについては、あらゆる人と、イエス・キリストの証があり、私たちもまた、その真実な人であることも証ししますと言って保証しているのです。そしてあなたは私たちの証が真実であることを知っているのです、と言って、同じ仲間であることを強調し協力してほしいと言う事を言っています。これは、だから自分たちは一致団結して、悪を行うディオトレフェスと戦おうと言っているのです。これが、この手紙で、ヨハネが言いたかった事です。
ヨハネは本題を告げたので、あとは挨拶となりました。13節から15節です。
3ヨハ 1:13 あなたに書くことはまだいろいろありますが、インクとペンで書こうとは思いません。
3ヨハ 1:14 それよりも、近いうちにお目にかかって親しく話し合いたいものです。
3ヨハ 1:15 あなたに平和があるように。友人たちがよろしくと言っています。そちらの友人一人一人に、よろしく伝えてください。
まだまだ言いたいことがあったようですが、とても手紙では書ききれなかったようです。それで近いうちにお目にかかって親しく話し合いたいものですと言っているのです。そして手紙の最後の常套句となる、「あなたに平和があるように。友人たちがよろしくと言っています。そちらの友人一人一人に、よろしく伝えてください。」と言う言葉で結んでいます。
結
これでヨハネの第三の手紙は終わりです。この手紙にはヨハネの怒りが伝わってくるようです。ヨハネと言うと、天の使いのように、超然としているようなイメージがありましたが、こんなにも怒っているヨハネがあるとは思いませんでした。それほど教会の運営が難しくなってきている時代に差し掛かってきたのだと思います。初代の教会員たちがなくなり、二代目三代目になって、その信仰の継承が難しくなって、いろいろな考えがはびこってくる中で、何とかイエス・キリストの信仰を継承していきたいという思いが伝わってくるのです。新興宗教は、この2代目3代目で失敗するか成功するか決まるのです。ヨハネたちはその時代を死に物狂いで戦っていたのだと思います。そしてその時代を乗り越えて、今に至るまでその信仰が継承されていることに感謝するものです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。ヨハネが教会の行く末を心配して、いろいろ手紙を書いたり、直接訪問したりして、イエス・キリストの信仰を伝えようとしている姿を思います。この様な宣教の働きによって私たちもその信仰を与えられてきました。どうかこの信仰を私たちも子供たちに、そして、多くの友人たちに伝えることができますように導いてください。私たちにできるかどうかは問題ではありません。ただあなたが私たちを用いてくださいますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヨハネの手紙三)>>
◆挨拶
3ヨハ 1:1 長老のわたしから、愛するガイオへ。わたしは、あなたを真に愛しています。
3ヨハ 1:2 愛する者よ、あなたの魂が恵まれているように、あなたがすべての面で恵まれ、健康であるようにと祈っています。
3ヨハ 1:3 兄弟たちが来ては、あなたが真理に歩んでいることを証ししてくれるので、わたしは非常に喜んでいます。実際、あなたは真理に歩んでいるのです。
3ヨハ 1:4 自分の子供たちが真理に歩んでいると聞くほど、うれしいことはありません。
◆善を行う者、悪を行う者
3ヨハ 1:5 愛する者よ、あなたは、兄弟たち、それも、よそから来た人たちのために誠意をもって尽くしています。
3ヨハ 1:6 彼らは教会であなたの愛を証ししました。どうか、神に喜ばれるように、彼らを送り出してください。
3ヨハ 1:7 この人たちは、御名のために旅に出た人で、異邦人からは何ももらっていません。
3ヨハ 1:8 だから、わたしたちはこのような人たちを助けるべきです。そうすれば、真理のために共に働く者となるのです。
3ヨハ 1:9 わたしは教会に少しばかり書き送りました。ところが、指導者になりたがっているディオトレフェスは、わたしたちを受け入れません。
3ヨハ 1:10 だから、そちらに行ったとき、彼のしていることを指摘しようと思います。彼は、悪意に満ちた言葉でわたしたちをそしるばかりか、兄弟たちを受け入れず、受け入れようとする人たちの邪魔をし、教会から追い出しています。
3ヨハ 1:11 愛する者よ、悪いことではなく、善いことを見倣ってください。善を行う者は神に属する人であり、悪を行う者は、神を見たことのない人です。
3ヨハ 1:12 デメトリオについては、あらゆる人と真理そのものの証しがあります。わたしたちもまた証しします。そして、あなたは、わたしたちの証しが真実であることを知っています。
◆結びの言葉
3ヨハ 1:13 あなたに書くことはまだいろいろありますが、インクとペンで書こうとは思いません。
3ヨハ 1:14 それよりも、近いうちにお目にかかって親しく話し合いたいものです。
3ヨハ 1:15 あなたに平和があるように。友人たちがよろしくと言っています。そちらの友人一人一人に、よろしく伝えてください。