家庭礼拝 2018年11月7日 ヨハネⅠ 2:18-27 反キリスト

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起 

今日の聖書の個所には終わりの時のことが書かれています。終わりの時とはどういう時でしょうか。何もかもが消滅してしまうときでしょうか。それならば、誰もその時を喜びの時として迎える事は出来ません。今でも、信仰者であっても終わりの時と言う言葉を聞くと、恐ろしい感じばかりで、それがどうして待ち望むべき時なのかわからない人もいます。なぜ終わりの時が待ち望むべき時なのかと言うのは、終わりの時と言うのは全てが終わる時ではないのです。終わりの時は一方では始まりの時なのです。その始まりの時を待ち望んでいるのです。

終わりの時と言うのは古いものが滅び去って、新しいものが生まれると言う事なのです。それでは私たちはどうなるのかと言う事が一番の心配事です。古いものが滅び去る時、私たちはどうなるのかと言う事です。もし私たちが、この世がすべてであると考えているならば、それは古い考え方であり、この世が滅びるときに、一緒に滅びるのです。ですが、私たちに信仰と愛と希望とが与えられているならば、たとえこの世が滅んでも新しい世界に生きることができるのです。それは永遠の命だからです。これが新しい世界です。

でもその新しい世界があることが分からないと思うかもしれません。正直言ってわからないのです。ですが、新しい世界があると約束してくださる神様を信じるのです。神様は愛の神様であり、愛の神様が信じる者を滅ぼされるはずはないと、その神様にすべてをゆだねて信じていくとき、新しい世界を信じていけるのです。その時には終わりの時が来たとしても、新しい世界に生きていくことができるのです。

この終わりの時が来たときに、私たちには二つの道しかないのです。それはこの世だけを信じて滅びていくか、神様を信じ委ねて、新しい世界に生きるかのどちらかなのです。わたしたちは毎日あなたはどちらの道を行くのかと問われているのです。それは毎日が終わりの時であり始まりの時であるということと同じだと言う事なのです。

その終わりの時が近づくと、反キリストが現れると言うのが今日の聖書の言葉です。反キリストとはキリストに反対すると言うよりも、イエスをキリストと認めないという考え方です。イエスは人間であり、神ではないと主張する考えです。その考え方の反キリストは教会の外からくるものではないのです。実に教会の内部から起こる出来事なのです。その反キリストが現れた時には終わりの時が近いとヨハネは語っています。

それでは聖書の言葉を読んでみましょう。18節と19節です。

1ヨハ 2:18 子供たちよ、終わりの時が来ています。反キリストが来ると、あなたがたがかねて聞いていたとおり、今や多くの反キリストが現れています。これによって、終わりの時が来ていると分かります。

1ヨハ 2:19 彼らはわたしたちから去って行きましたが、もともと仲間ではなかったのです。仲間なら、わたしたちのもとにとどまっていたでしょう。しかし去って行き、だれもわたしたちの仲間ではないことが明らかになりました。

 ヨハネは、今や多くの反キリストが現れていますと言っています。それはかねてから言われていた通りのことであり、終わりの時が来ている証拠だと言うのです。そしてその反キリストの人々は、教会から去って行ったというのですから、反キリストと言うのは教会の中にいて、イエスはキリストではないと語っていたのです。すなわち、教会と言うのはみんながイエス様をキリストと信じているところではなく、その中にはイエス様をキリストと信じていない人もいると言う事です。イエス様は神様ではないと言っているのです。ですがその人々は、教会の中で、分裂し、教会を出て行ったというのです。ヨハネは、彼らはもともと仲間ではなかったのですと言っています。教会を去って行ったことにより、もともと仲間ではないことが明らかになったというのです。もし仲間ならばわたしたちのもとに、イエス様をキリストと信じる人々の中にとどまっていたはずだと言うのです。

そして、教会にとどまった正しい信仰をもつ人々に対してはこういうのです。20節と21節です。

1ヨハ 2:20 しかし、あなたがたは聖なる方から油を注がれているので、皆、真理を知っています。

1ヨハ 2:21 わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、真理を知り、また、すべて偽りは真理から生じないことを知っているからです。

ヨハネは、反キリストの人々はみな教会を出ていき、残った人々は正しい信仰をもつ人々であり、聖なる方から油を注がれている人々だと言います。旧約聖書で油を注がれた人と言うのは預言者か、王様か祭司です。ここでは本当に油を注がれたというよりもそのような人々と同じように、聖別された人々と言う意味でしょう。そしてここでいう油を注がれると言うのは聖霊を注がれた人々と言う意味だと思います。その様に聖霊を注がれた人々は、すでにそのことによって真理を知っているのです。真理とは教えられて知るものではないのです。そして真理からは偽りのものが生じないことを知っているからだと言いました。

そして反キリスト者についてはこういうのです。22節と23節です。

1ヨハ 2:22 偽り者とは、イエスがメシアであることを否定する者でなくて、だれでありましょう。御父と御子を認めない者、これこそ反キリストです。

1ヨハ 2:23 御子を認めない者はだれも、御父に結ばれていません。御子を公に言い表す者は、御父にも結ばれています。

 ヨハネは、偽り物とはイエスがメシアであることを否定するものであると語ります。この人たちは、神様を信じていることはあなたたちと同じである。だがイエスがメシアであるとは信じないと言っている人々なのです。ですがヨハネは、イエス様が教えてくださった神様が本当の神様なのであり、イエス様を否定するならばその神様を否定しているではないか、だから彼らは偽り物であると言っているのです。御父と御子を認めないもの、これこそ反キリストであると主張します。そして、御子を認めないものは誰も、御父に結ばれていないと言います。御子の教えてくださった神様だけが正しいからです。ですから御子を公に信じると言い現わすものは本当の神様にも結ばれているのだと教えているのです。

 そしてヨハネはもう一度、教会に残った人々にこのように語り励まします。24節と25節です。

1ヨハ 2:24 初めから聞いていたことを、心にとどめなさい。初めから聞いていたことが、あなたがたの内にいつもあるならば、あなたがたも御子の内に、また御父の内にいつもいるでしょう。

1ヨハ 2:25 これこそ、御子がわたしたちに約束された約束、永遠の命です。

 ヨハネは、最初に知らされた福音に戻ることを語ります。教会を去って行った人々はその福音を信じなくなり、自分たちの新しい解釈を信じるようになったからです。ヨハネは、教会の人々に、初めから聞いていたことを、心にとどめなさい。初めから聞いていたことが、あなた方のうちに何時もあるならば、あなた方も御子のうちに、又御父のうちにいつもいるでしょうと語りました。福音に自分勝手な解釈を付け足さず、素直に信じていくことの大切さを語っているのです。そしてその信仰をいつも内に持ち続けるならば、あなたたちはイエス様のうちに、そして神様のうちにいることができると言っているのです。そしてそのことがイエス様が私たちに約束された、永遠の命の約束なのだと教えたのです。永遠の命とは、イエス様のうちにいること、神様のうちにいることであり、終わりの時が来ても滅びずに残る命のことなのです。

 そしてヨハネは、これらの反キリストに関することをまとめて、このようにいいました。26節と27節です。

1ヨハ 2:26 以上、あなたがたを惑わせようとしている者たちについて書いてきました。

1ヨハ 2:27 しかし、いつもあなたがたの内には、御子から注がれた油がありますから、だれからも教えを受ける必要がありません。この油が万事について教えます。それは真実であって、偽りではありません。だから、教えられたとおり、御子の内にとどまりなさい。

 ヨハネはこの反キリストたちを、あなた方を惑わせようとしている者たちと語りました。それは初めから教えられていることに対して、新しい考え方を教えようと言って、イエスはキリストではないという考え方を教えていたからです。ですがヨハネはこういうのです。あなた方は誰からも教えを受ける必要がないというのです。それは私たちもそうなのです。実は教えてもらう必要はないのです。なぜならば、イエス様から注がれた聖霊が私たちの内にあって、万事について教えてくれるからです。私たちに教えてくださるのは人間ではなく内なる聖霊なのです。すなわち私たちは聖霊の力を借りて、思い出すだけでいいのです。それは真実であって偽りではないとヨハネは強く言いました。わたしたちは自分は真実についてよく知らないと思って人に頼る必要はないのです。必要なことは全て聖霊が教えてくれる、導いてくださると信じていればいいのです。そのためには、私たちは何時も御子のうちにとどまっている必要があるのです。そのことが大切なのです。

 ヨハネは終わりの時が近いことを語りました。それは反キリストが現れてくることから知られました。それは外からではなく、教会の中から生まれてきたのです。今でも反キリストは教会の中にいるのかもしれません。ですから、終わりの時は身近に来ているのです。ですがその中にあって、イエス様に教えられたことから離れず、しっかりとその信仰を持ち続けるならば、聖霊によって、私たちは正しい信仰を与えられて、永遠の命を生き続けることが教えられました。私たちは何時も、この世と共に生きるのか、神様とともに永遠の命を生きるのかと問われ続けているのです。どうかわたしたちも聖霊によって、主と共に歩み続けるものでありますように。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、ヨハネは私たちに、反キリストの教えに惑わされることなく正しい信仰に生きるようにと教えてくださいました。それはイエス・キリストの教えにしたがうことであります。イエス様を信じることです。その信仰は聖霊が必要なすべてのことを教えてくださいます。人の語ることに惑わされることなく聖霊が教えてくださることに従うことが出来ますように。そして終わりの時を迎えるこの世の生き方ではなく、永遠の命を信じて、神様の内にイエス様の内に生きることができますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヨハネの手紙一)>>

◆反キリスト

1ヨハ 2:18 子供たちよ、終わりの時が来ています。反キリストが来ると、あなたがたがかねて聞いていたとおり、今や多くの反キリストが現れています。これによって、終わりの時が来ていると分かります。

1ヨハ 2:19 彼らはわたしたちから去って行きましたが、もともと仲間ではなかったのです。仲間なら、わたしたちのもとにとどまっていたでしょう。しかし去って行き、だれもわたしたちの仲間ではないことが明らかになりました。

1ヨハ 2:20 しかし、あなたがたは聖なる方から油を注がれているので、皆、真理を知っています。

1ヨハ 2:21 わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、真理を知り、また、すべて偽りは真理から生じないことを知っているからです。

1ヨハ 2:22 偽り者とは、イエスがメシアであることを否定する者でなくて、だれでありましょう。御父と御子を認めない者、これこそ反キリストです。

1ヨハ 2:23 御子を認めない者はだれも、御父に結ばれていません。御子を公に言い表す者は、御父にも結ばれています。

1ヨハ 2:24 初めから聞いていたことを、心にとどめなさい。初めから聞いていたことが、あなたがたの内にいつもあるならば、あなたがたも御子の内に、また御父の内にいつもいるでしょう。

1ヨハ 2:25 これこそ、御子がわたしたちに約束された約束、永遠の命です。

1ヨハ 2:26 以上、あなたがたを惑わせようとしている者たちについて書いてきました。

1ヨハ 2:27 しかし、いつもあなたがたの内には、御子から注がれた油がありますから、だれからも教えを受ける必要がありません。この油が万事について教えます。それは真実であって、偽りではありません。だから、教えられたとおり、御子の内にとどまりなさい。