賛美歌513主は命を聖書朗読 祈り 奨励説教 一分黙想 全員祈り 主の祈り 賛美歌515きみのたまものと
起
このヘブライ人への手紙では、イエス様がまことの大祭司であることがずっと強調されてきています。4章の後半から「偉大な大祭司イエス」のことが語られ、これからずっとイエス様が大祭司であることが語られていくのです。そして特に7章ではイエス様が、それまでユダヤ民族を指導してきたアロンの系統のレビ族による祭司ではなく、それからは全く独立な、神様によって直接立てられた、メルキゼデクと同じような大祭司であることが語られました。この大祭司は、神様から直接大祭司とされ、永遠に生きるものとなり、何時でも私たちの祈りを取り次いで下さる大祭司なのです。これがイエス様の大祭司の姿であると強調しています。古いものはもう書き換えられて、新しい大祭司が現れたことを言っているのです。
そして、今日の聖書の箇所8章では、「新しい、優れた約束の大祭司」と言う小見出しで、イエス様がこの新しい大祭司であり、他の何よりもすぐれた大祭司であり、約束され予言された大祭司であることを語っているのです。
なぜこれほどまでに大祭司であることにこだわりを見せるのかと言えば、大祭司こそ、本当の神様を知らせて下さる方であり、御言葉を取り次いで下さる方であり、私たちの罪を贖って犠牲を捧げて下さる方であり、私たちの願いを神様のもとに届けて下さる方であるからなのです。ですから新しい大祭司が現れてからは、神様の事はこの新しい大祭司でなければ知ることが出来ないのです。ですから、著者はイエス様が新しい大祭司であることを何とか理解してもらおうと、一生懸命説得しているのです。
承
では、今日の聖書の箇所で新しい大祭司の事がどのように語られているかを学んでみましょう。まず、1節から3節です。
ヘブ
8:1 今述べていることの要点は、わたしたちにはこのような大祭司が与えられていて、天におられる大いなる方の玉座の右の座に着き、
ヘブ
8:2 人間ではなく主がお建てになった聖所また真の幕屋で、仕えておられるということです。
ヘブ
8:3 すべて大祭司は、供え物といけにえとを献げるために、任命されています。それで、この方も、何か献げる物を持っておられなければなりません。
まずこの大祭司の居場所について語られています。この新しい大祭司は、天におられる大いなる方、すなわち神様の玉座の右の座について、いつも神様と共に居ると言うのです。アロンの系統の祭司達は、人間が聖所を建て、そこで神様にお仕えしていますが、この新しい大祭司は、神様がお建てになった聖所の中で仕えておれらると言うのです。すなわちその聖所は天国にあるのです。そして大祭司の大きな務めについて書いています。大祭司のまず第一の務めは供え物と生贄とを神様に捧げるために選ばれています。レビ人たちはこれを神殿で、祭りの時や罪の清めの時に行っているのです。同じように、新しい大祭司もまた、天国の聖所で、何か捧げるものをもって、とりなしているというのです。イエス様の捧げたものは、ご自分の命でした。
そして天上の祭司と、地上の祭司の違いについてこう語っています。4節から7節です。
ヘブ
8:4 もし、地上におられるのだとすれば、律法に従って供え物を献げる祭司たちが現にいる以上、この方は決して祭司ではありえなかったでしょう。
ヘブ
8:5 この祭司たちは、天にあるものの写しであり影であるものに仕えており、そのことは、モーセが幕屋を建てようとしたときに、お告げを受けたとおりです。神は、「見よ、山で示された型どおりに、すべてのものを作れ」と言われたのです。
ヘブ
8:6 しかし、今、わたしたちの大祭司は、それよりはるかに優れた務めを得ておられます。更にまさった約束に基づいて制定された、更にまさった契約の仲介者になられたからです。
ヘブ
8:7 もし、あの最初の契約が欠けたところのないものであったなら、第二の契約の余地はなかったでしょう。
もしイエス様が、地上において祭司あるならば、そのような人たちは律法によって決められた祭司たちすなわちレビ人がいるのだから、イエス様は祭司ではありえなかったでしょうと言います。イエス様が祭司であるのは天上においてであると言うのです。そして、天上のものの写しが地上のものであり、祭司や幕屋も天上の祭司や幕屋をかたどって作られたものであると言うのです。ですから、モーセが幕屋すなわち聖所を建てようとしたときに、神様が、「見よ、山で示された型どおりに、すべてのものを作れ」と言われたのです。この地上にあるものはすべて天上にあるものの写しなのです。その型通りに作られなければならないのです。神様が、型通りに作れと言ったものを、手抜きをして、いい加減にやっているのがこの地上のものなのです。この様に地上のものは多くの欠点があるのです。ですからその欠点を新たにやり直すために、第二の契約が現れ、新しい大祭司イエス様が現れたのです。イエス様は神様によって新しい契約の上で制定された、新しい大祭司なのです。
転
この事について、神様はどういっているのかをこう語りました。8節から10節です。
ヘブ 8:8 事実、神はイスラエルの人々を非難して次のように言われています。「『見よ、わたしがイスラエルの家、またユダの家と、/新しい契約を結ぶ時が来る』と、/主は言われる。
ヘブ 8:9 『それは、わたしが彼らの先祖の手を取って、/エジプトの地から導き出した日に、/彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らはわたしの契約に忠実でなかったので、/わたしも彼らを顧みなかった』と、/主は言われる。
ヘブ 8:10 『それらの日の後、わたしが/イスラエルの家と結ぶ契約はこれである』と、/主は言われる。『すなわち、わたしの律法を彼らの思いに置き、/彼らの心にそれを書きつけよう。わたしは彼らの神となり、/彼らはわたしの民となる。
まず神様は、イスラエルの家、またユダの家と新しい契約を結ぶときが来ると言いました。ですから律法による契約は永遠にあるものではなく、その内に変えられることが予定されていたというのです。その新しい契約がどのようなものであるかを、神様はこう語りました。『それは、わたしが彼らの先祖の手を取って、/エジプトの地から導き出した日に、/彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らはわたしの契約に忠実でなかったので、/わたしも彼らを顧みなかった』と言いました。
その新しい契約とは、モーセが与えた契約のようなものではないというのです。ユダヤ人たちは、神様の契約に忠実でなかったので、神様はユダヤ人たちを顧みることをしないというのです。そして、神様がイスラエルと新しく結ぶ契約はこのようなものだと言いました。『すなわち、わたしの律法を彼らの思いに置き、/彼らの心にそれを書きつけよう。わたしは彼らの神となり、/彼らはわたしの民となる。』
それまでの律法は、石の板に刻まれたもので、それを守らなければならないというものでした。ですがイスラエルの人々はそれを完全には実行できなかったのです。それに対して、新しい律法は彼らの思いに置き、彼らの心にそれを書きつけると言うのです。ですからそれはそれまでの律法のように外から押し付けられ、守らなければならないというようなものではなくて、神様の思いを心の中において、自らそれをやろうとするものであると言う事です。この律法は互いに愛し合いなさいと言う事です。神様を愛し、隣人を愛しなさいと言う事です。それは押し付けられてすることではなく、神様の思いを知って、自ら行いなさいと言う事なのです。その様にして神様は、わたしは彼らの神となり、/彼らはわたしの民となる、と約束したのです。
この新しい契約を行うようになると、どのような事が起こるかをこう語りました。11節から13節です。
ヘブ 8:11 彼らはそれぞれ自分の同胞に、/それぞれ自分の兄弟に、/「主を知れ」と言って教える必要はなくなる。小さな者から大きな者に至るまで/彼らはすべて、わたしを知るようになり、
ヘブ 8:12 わたしは、彼らの不義を赦し、/もはや彼らの罪を思い出しはしないからである。』」
ヘブ 8:13 神は「新しいもの」と言われることによって、最初の契約は古びてしまったと宣言されたのです。年を経て古びたものは、間もなく消えうせます。
この新しい契約をしたものは、神様を直接知るようになります。それまでは祭司を通してしか知ることが出来ませんでした。ですから本当はどんな方であるか分からずに、その律法を守れば知ることができると思っていたのです。ですが、もうその必要はなくなり自分の同胞に「主を知りなさい」と言って教える必要はなくなるのです。なぜならば、神様は愛であり、愛する者には神様が宿り、愛する者は神様を知るようになるからです。この様に愛することを知った人々は、小さなものから大きなものに至るまで、すべて私を知るようになると神様が約束してくださっているのです。そして神様は私たちの不義を赦して下さり、私たちの罪を思い出すこともしないというのです。神様はこのイエス様との新しい契約によって、最初の契約は古びてしまったと宣言されているのです。この古びてしまった契約はまだ残っているけれども間もなく消え失せます、と言いました。
結
このへブル人への手紙は、何度か言いましたが、教会に対する迫害の中で、こんな苦しい目に合うならば、キリスト教になるのではなかった、前のユダヤ教に戻った方がいい、と考える人々に対して、古い教えに戻ってはいけない、神様は新しい契約をイエス様と結ばれたのだから、その契約の内に留まりなさい。古い契約は間もなく消え失せるものだから、それに戻ってはいけないと一生懸命説得しているのです。そのためにイエス様の優位性を強調し、イエス様が新しい大祭司であることを述べ、イエス様が新しい契約の下で現れた方であるから、しっかりとイエス様とつながっていなさいと訴えているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。あなたはイエス様との新しい契約の中で、私たちを救いへと導こうとしてくださいました。私たちはイエス様を通して直接神様を知ることができるようになりました。私たちが互いに愛し合うものとなれば、そこに私たちは神様を見出すことができるのです。自分の力で一生懸命律法を守ろうとしても神様を知ることの出来なかった人々は、イエス様の恵みによって、神様を知ることができるようになり、その迫害にもかかわらず信仰を守り通すことができました。私たちも互いに愛し合う事の中に神様を見出し、神様のみ声を聞くことができますように。その事を与えてくださいました。イエス様に感謝し賛美いたします。主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヘブライ人への手紙)>>
◆新しい、優れた約束の大祭司
ヘブ 8:1 今述べていることの要点は、わたしたちにはこのような大祭司が与えられていて、天におられる大いなる方の玉座の右の座に着き、
ヘブ 8:2 人間ではなく主がお建てになった聖所また真の幕屋で、仕えておられるということです。
ヘブ 8:3 すべて大祭司は、供え物といけにえとを献げるために、任命されています。それで、この方も、何か献げる物を持っておられなければなりません。
ヘブ 8:4 もし、地上におられるのだとすれば、律法に従って供え物を献げる祭司たちが現にいる以上、この方は決して祭司ではありえなかったでしょう。
ヘブ 8:5 この祭司たちは、天にあるものの写しであり影であるものに仕えており、そのことは、モーセが幕屋を建てようとしたときに、お告げを受けたとおりです。神は、「見よ、山で示された型どおりに、すべてのものを作れ」と言われたのです。
ヘブ 8:6 しかし、今、わたしたちの大祭司は、それよりはるかに優れた務めを得ておられます。更にまさった約束に基づいて制定された、更にまさった契約の仲介者になられたからです。
ヘブ 8:7 もし、あの最初の契約が欠けたところのないものであったなら、第二の契約の余地はなかったでしょう。
ヘブ 8:8 事実、神はイスラエルの人々を非難して次のように言われています。「『見よ、わたしがイスラエルの家、またユダの家と、/新しい契約を結ぶ時が来る』と、/主は言われる。
ヘブ 8:9 『それは、わたしが彼らの先祖の手を取って、/エジプトの地から導き出した日に、/彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らはわたしの契約に忠実でなかったので、/わたしも彼らを顧みなかった』と、/主は言われる。
ヘブ 8:10 『それらの日の後、わたしが/イスラエルの家と結ぶ契約はこれである』と、/主は言われる。『すなわち、わたしの律法を彼らの思いに置き、/彼らの心にそれを書きつけよう。わたしは彼らの神となり、/彼らはわたしの民となる。
ヘブ 8:11 彼らはそれぞれ自分の同胞に、/それぞれ自分の兄弟に、/「主を知れ」と言って教える必要はなくなる。小さな者から大きな者に至るまで/彼らはすべて、わたしを知るようになり、
ヘブ 8:12 わたしは、彼らの不義を赦し、/もはや彼らの罪を思い出しはしないからである。』」
ヘブ 8:13 神は「新しいもの」と言われることによって、最初の契約は古びてしまったと宣言されたのです。年を経て古びたものは、間もなく消えうせます。