家庭礼拝 2018年6月6日 へブル 1:1-14 神は御子によって語られた

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今日から、ヘブライ人への手紙を学びますが、この手紙はなかなか難解です。パウロの手紙のようですが、パウロの手紙ではありません。それでは誰の手紙かというとそれもわかりません。いつ誰にあてた手紙なのかもわかりません。ですから、この手紙は4世紀に入るまでは聖書の正典としては含まれていなかったのです。その後この手紙のすばらしさを認めて、正典となったのですが、その後でも、あの宗教改革を行ったルターは、この手紙を正典とは認めていません。ルターはなかなか厳しい人なので、ヤコブの手紙でさえも藁の書簡と言って、正典には入れたくなかったようです。

この手紙が書かれたのは、ネロ皇帝のクリスチャンに対する迫害があったころの少し後の、紀元80年頃と言われています。ですからクリスチャンも二世代目となっています。新約聖書の書簡は大抵教会あてに書かれたものです。個人あてに書かれたものもありますが、テモテにしてもテトスにしても、その内容は教会宛と同じです。一方このへブライ人への手紙は、ロマ書やコリント書などと同じようにヘブライ人の教会にあてた手紙の様に思われますが、そうではありません。個人あてでもありません。この手紙は、迫害によってローマから逃げて外国に行った人が、そこからローマに残っている自分と同じ考えを持っている人々ヘブライ人に対し、書かれたようです。それは、一言で言うと、神様に近づこうではないかと言う事を語っているのです。そのための学びの手紙のようです。この人たちは教養と学問を身に着けていた人たちのようで、ここに書かれる話はそのレベルの高度なものになっているので、なかなか理解しがたいものになっているのです。ですが、長い間信仰者たちはこの手紙のすばらしさを理解していたので何とか、正典に入れたいと思い、この手紙をパウロのものとして、正典に入れたようです。

この様な複雑な思いのある手紙ですから、私たちには十分に理解できないかもしれませんが、信仰者たちが長年聖書の正典としたいと願っていた手紙であると言う事を、念頭においてこの学びを続けてみたいと思います。

この手紙は、手紙らしくない書き出しで始まります。パウロのような挨拶はありません。まるで、福音書の書き出しのような感じです。1節と2節です。

ヘブ 1:1 神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、

ヘブ 1:2 この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。

 書き出しはいきなり、神は、という言葉から始まります。ここでは神と予言者の関係、神とキリストの関係が対比されて書かれています。神様は私たちに語り掛けるときに、直接語りかけるのではなく、預言者や、イエス様や、神様の使いである天使を通して、語り掛けてきます。場合によっては私たちが、預言者や天使の役割を担って語り掛けている場合もあるのです。教会の説教者はそのような立場にある神様の言葉を取り次ぐ人々です。

 ここでは、かつてはこうで今はこうだと言う、その変化を語っています。それは、神様がかつては預言者を通して、先祖たちに語られました。それも多くの形、多くの仕方で語られたというのです。とにかく語り掛けるのは預言者を通してだったのです。一方今は、この作者の言い方ですと、この終わりの時代には、イエス様を通して私たちに語られたというのです。神様は、このイエス様を万物の相続者と定め、また、イエス様によって世界を創造されたというのです。イエス様は預言者と同じように神様の御言葉を語る人なのですが、根本的に違うのは、それだけでなく世界を創造し、相続することも神様から与えられていると言う事です。まさに神の子とされていると言う事です。そしてこれから後は神様は御子を通して語られているのです。

 そして、その御子についてこのように語ります。3節と4節です。

ヘブ 1:3 御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。

ヘブ 1:4 御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。

 御子イエス・キリストとはどんな方なのかを、この手紙の差出人は語ります。これは手紙と言うよりも、イエス・キリストについて書かれた論文と言った感じです。これは、イエス・キリストがどのような方なのかを簡潔に力強く語っているので、後の信仰者たちはこれを大いに参考にしたのだと思います。その思いがこの手紙を聖書の正典にしたいという思いになったと思います。手紙の作者は、御子は神の栄光の反映であり、神の本質の完全な表れであると言います。神様は目に見る事は出来ません。ですが、御子は人間の姿を取っているので見ることができます。その人格は神の栄光の反映であり、神の本質を完全に表しているというのです。ですから私たちはイエス様を見ることによって、神様を知ることができるのです。神様は目には見えませんが、イエス様は目に見える形で現れた神様なのです。イエス様は万物をその言葉によって支配し、人々の罪を清め、天に昇って神様の右の座におつきになっているというのです。御子イエスは、天使、すなわち神様の使いではありません。神様から遣わされた人ではありますが、天使とは違います。天使以上の人なのです。天使とは神様と人間とを取り持つ使者ではありますが、天使が礼拝の対象になることはありません、むしろ禁じられています。何故なら、天使は神様にのみ仕える方であって、人に仕える方ではないのです。一方、御子イエス・キリストは礼拝の対象なのです。万物を支配し、神様と同格だからです。そしてイエス様は、神様に遣わされて、人に仕える方だからです。この様な違いが天使と御子イエスとの間にはあると言う事をこの手紙は語っています。

 多分この時代には、イエス様は天使なのか、預言者なのか、本当に神の子なのかという議論がなされていたのだと思います。この作者はさらに、イエス様と天使との違いを詳しく語るのです。5節と6節です。

ヘブ 1:5 いったい神は、かつて天使のだれに、/「あなたはわたしの子、/わたしは今日、あなたを産んだ」と言われ、更にまた、/「わたしは彼の父となり、/彼はわたしの子となる」と言われたでしょうか。

ヘブ 1:6 更にまた、神はその長子をこの世界に送るとき、/「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」と言われました。

 この作者は、イエス様が、他の天使とは違う事を聖書の言葉で証明するために、「あなたはわたしの子、/わたしは今日、あなたを産んだ」という言葉や、「わたしは彼の父となり、/彼はわたしの子となる」という言葉をあげて、神様とイエス様が、父と子の特別の関係にあることを語りました。そしてまた、イエス様が天使達と違う事を、「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」と語り、天使達でさえもイエス様を礼拝する対象とされていたことを語りました。天使達とイエス様とは全く別格なのです。

 ここまでは、新約聖書の言葉の引用なので、比較的理解できるのですが、次からは旧約聖書の引用なので、分かりにくくなります。6節の言葉は詩編か申命記の言葉とされていますが、これにぴったりの言葉はないので、良く分かりません。神様が天使達に御子を礼拝せよと言われたというのです。

 その後もずっと、旧約聖書の引用で、その事によって、イエス様が、神の独り子であることを証明しようとしているのです。このように、イエス様の事を、聖書をもって、神のみ子であることを語っている書物はなかったので、この書物を聖書の正典としたかったのです。7節から9節です。

ヘブ 1:7 また、天使たちに関しては、/「神は、その天使たちを風とし、/御自分に仕える者たちを燃える炎とする」と言われ、

ヘブ 1:8 一方、御子に向かっては、こう言われました。「神よ、あなたの玉座は永遠に続き、/また、公正の笏が御国の笏である。

ヘブ 1:9 あなたは義を愛し、不法を憎んだ。それゆえ、神よ、あなたの神は、喜びの油を、/あなたの仲間に注ぐよりも多く、あなたに注いだ。」

 7節の言葉は詩編104編の4節の言葉で、ここの表現とはちょっと違っています。7節では、「神は、その天使たちを風とし、/御自分に仕える者たちを燃える炎とする」ここで、神と言われているのは御子イエスキリストです。詩篇では、「様々な風を伝令とし、燃える火を御もとに仕えさせる。」となっており、今の訳とは少しニュアンスが違います。天使達を風とし、というところは、風を伝令とし、となっており、仕える者たちを燃える炎とする、というところは燃える火を御もとに仕えさせるとなっています。要するに、イエス様は天使達を伝令に使い、また御許に仕えさせているというのです。

 9節の言葉も詩篇の言葉で、詩篇45編7節と8節です。そこにはこう書かれています。

「神よ、あなたの王座は世々限りなく、あなたの王権の笏は公平の笏

神に従うことを愛し、逆らうことを憎むあなたに、神、あなたの神は油を注がれた。喜びの油を、あなたに結ばれた人々の前で。」ここであなたと言われているのは、イエス様の事です。イエス様が神様から、油を注がれ、神様の世継ぎとされた方であることを語っているのです。

 そして次には、イエス様がいかに権威のある方なのかをやはり詩篇の102編26節から28節の言葉を引用しています。10節から12節です。

ヘブ 1:10 また、こうも言われています。「主よ、あなたは初めに大地の基を据えた。もろもろの天は、あなたの手の業である。

ヘブ 1:11 これらのものは、やがて滅びる。だが、あなたはいつまでも生きている。すべてのものは、衣のように古び廃れる。

ヘブ 1:12 あなたが外套のように巻くと、/これらのものは、衣のように変わってしまう。しかし、あなたは変わることなく、/あなたの年は尽きることがない。」

 ここでもあなたと言うのはイエス・キリストですから、御子が天地創造を行った方であり、何時までも生きられる方であること、そして、造られたものはいつか滅びてしまう事を言っています。この様にイエス様の事を旧約聖書は、あらかじめ予言していたことを語っているのです。神様とイエス様はほとんど同格なのです。

 この作者は、イエス様の権威について一通り語った後、もう一度天使との比較を語ります。それほどイエス様は天使とは違うと言う事を強調しているのです。13節と14節です。

ヘブ 1:13 神は、かつて天使のだれに向かって、/「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまで、/わたしの右に座っていなさい」と言われたことがあるでしょうか。

ヘブ 1:14 天使たちは皆、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために、遣わされたのではなかったですか。

 神様はイエス様にだけ特別に、「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまで、/わたしの右に座っていなさい」と言いました。この様な事はどの天使に対しても言ったことがなかったと言います。天使とは、ただ神様のみに仕える霊です。人間のために仕えているわけではないのです。ですが、天使とイエス様の共通点は、人間と神様の間にあって、神様のために働いていることです。天使はその神様の言われたことに仕えるだけで、人間に仕えるわけではありません。イエス様は、神様から遣わされて、救われることになっている人間のためにも仕えるために働いているのです。ですから、人間にとっての救い主はイエス様しかないのです。神様との間を取り持つ救い主はイエス様だけだとこの手紙の主は語っているのです。

 このヘブライ人への手紙では、どの福音書よりもどの手紙よりも強く、イエス様が、神様との間を取り持つ救い主であり、神様に等しい創造主であることを語っています。そして神様は、私たちにイエス様を通して語りかけたのだと言っています。イエス様をそのような方と信じて受け入れようとしている人々にとって、このヘブライ人の手紙は強い支えとなり励ましとなったに違いありません。ですから、この手紙はどうしても聖書の正典に入れてほしいという願いがあったのだと思います。それにしてもいったい誰がこの書簡を書いたのでしょうか。いろいろな説がありますが、パウロと一緒に伝道旅行をしたことのあるバルナバだと言う人もいれば、あのパウロと同格に見られたアポロであると言う人もいます。変わったところでは、ローマから逃げてきた、あのアクラとプリスキラであるとの話もあります。いずれにして、イエス様の神の御子としての存在をこれほど強く語った書物はないでしょう。そして、その神様のもとにイエス様のもとに行こうではないかと強く訴えた書簡であることを覚えておきたいと思います。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、今日からヘブライ人への手紙を学び始めましたが、今まではあまりに強烈なその主張のために敬遠していたところがありました。ですが今回学び直して、その語る言葉に印象を強くしております。どうかその語ろうとしている意図を正しくくみ取り、私たちが正しい信仰の道を歩むことができますように導いてください。色々と難しい所もありますが、どうか最後まで学びとおして、御心を知る者でありますように導いてください。この祈りを主、イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。

 


<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヘブライ人への手紙)>>

◆神は御子によって語られた

ヘブ 1:1 神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、

ヘブ 1:2 この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。

ヘブ 1:3 御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。

ヘブ 1:4 御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。

◆御子は天使にまさる

ヘブ 1:5 いったい神は、かつて天使のだれに、/「あなたはわたしの子、/わたしは今日、あなたを産んだ」と言われ、更にまた、/「わたしは彼の父となり、/彼はわたしの子となる」と言われたでしょうか。

ヘブ 1:6 更にまた、神はその長子をこの世界に送るとき、/「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」と言われました。

ヘブ 1:7 また、天使たちに関しては、/「神は、その天使たちを風とし、/御自分に仕える者たちを燃える炎とする」と言われ、

ヘブ 1:8 一方、御子に向かっては、こう言われました。「神よ、あなたの玉座は永遠に続き、/また、公正の笏が御国の笏である。

ヘブ 1:9 あなたは義を愛し、不法を憎んだ。それゆえ、神よ、あなたの神は、喜びの油を、/あなたの仲間に注ぐよりも多く、あなたに注いだ。」

ヘブ 1:10 また、こうも言われています。「主よ、あなたは初めに大地の基を据えた。もろもろの天は、あなたの手の業である。

ヘブ 1:11 これらのものは、やがて滅びる。だが、あなたはいつまでも生きている。すべてのものは、衣のように古び廃れる。

ヘブ 1:12 あなたが外套のように巻くと、/これらのものは、衣のように変わってしまう。しかし、あなたは変わることなく、/あなたの年は尽きることがない。」

ヘブ 1:13 神は、かつて天使のだれに向かって、/「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまで、/わたしの右に座っていなさい」と言われたことがあるでしょうか。

ヘブ 1:14 天使たちは皆、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために、遣わされたのではなかったですか。