家庭礼拝 2018年4月11日テモテ第二2章1‐13キリスト・イエスの兵士として

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今日の聖書の話は、パウロがテモテに、イエス・キリストの兵士として、強く立派に生きなさい、という話をしています。兵士は自分の考えによってではなく、司令官の指示通りに忠実に勇敢に行動します。この時の司令官はイエス・キリストです。そのイエス様の指示に忠実に勇敢に従って行きなさい、と言う事を言っているのです。

どうしてパウロは突然こんなことを言い出したのでしょうか。それはテモテ第一1:15にも書いてあるように、アジア州の人々が皆、パウロから離れて、その宣教の戦いがますます苦しくなってきたからです。そして、そのパウロが牢獄に繋がれている間、エフェソの教会を守るテモテに、強くなりなさい。キリスト・イエスの立派な兵士になりなさい、と鼓舞しているのです。いったいパウロは、テモテにどのようにして強くなりなさいと言っているのでしょうか。そして立派な兵士として、どのようにしなさいと言っているのでしょうか。それを今日の2章から聞き取っていきます。

それでは2章の1節2節です。

2テモ 2:1 そこで、わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい。

2テモ 2:2 そして、多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人々にも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい。

 私たちが強くなる方法は色々あるかもしれません。いろいろな訓練方法があり、それを実施していく意志の強さなども必要かもしれません。パウロはテモテに、キリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさいと言いました。これは自分の努力によって強くなるのではないと言う事です。神様に委ね、イエス様に委ね、そこから与えられる恵みによって強くなりなさいと言うのです。頑張って強くなるのではなく、イエス様に祈って、委ねて与えられる恵みによって強くなりなさいと教えているのです。これがクリスチャンの強くなり方です。私たちも強くなりたいならばこのようにすべきです。強くなるのではなく、強くさせてもらうのです。神様に願って、強い人間にしてもらいましょう。

パウロはテモテに強くなってどうしろと言っているのでしょうか。それは、テモテがパウロから聞いたことを、他の人々にも教えることの出来る忠実な人々に教えて委ねなさいと言っているのです。すなわち、強くなって、パウロから聞いたことを忠実な人々に教え続けなさいと言うのです。何を教えるのでしょうか。テモテは多くの証人の面前でパウロから聞いたことを教えなさいと言われていますが、この事は何を意味しているのでしょうか。これはテモテ第一の6章12節にもあるように、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです、と言われた時のことを言っています。これはどうもテモテの洗礼式のようです。その時にパウロが多くの証人の前でテモテに言ったのは、「正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を負い求めなさい。信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。」と言う事を言ったのです。その事を、他の忠実な人々、特に教えることの出来る人たちに教え委ねなさいと言ったのです。パウロは、テモテに諦めることなく強くなって、教え続けなさいと教えたのです。私たちは、信仰によって自分が救われることで精いっぱいになっていますが、パウロはそうではなくて、完全な人間を目指して、「正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和」を負い求めなさい、と言ったのです。私たちには、まだまだなすべき、追い求めるべき目標があるのです。

そしてまた、強くなったら、キリスト・イエスの立派な兵士になりなさいと言いました。なぜ兵士なのでしょうか。3節と4節です。

2テモ 2:3 キリスト・イエスの立派な兵士として、わたしと共に苦しみを忍びなさい。

2テモ 2:4 兵役に服している者は生計を立てるための仕事に煩わされず、自分を召集した者の気に入ろうとします。

 パウロがテモテに強くなって兵士になりなさいと言ったのは、イエス様のために戦う強い兵士になりなさいという意味だけではなく、まず、私と共に苦しみを忍びなさい、と語りました。兵士は司令官の命令を遂行するためにどんな苦しみをも忍び実行します。それをパウロもその兵士だから私と共に苦しみを忍んでくださいと言っているのです。パウロは捕えられた兵士として、今牢獄に繋がれているのです。そのパウロの苦しみを共に忍んでくださいと言っています。もう一つの意味は、普通の生活をする人は、生活するためにいろいろ仕事をして収入を得ようとしますが、兵役に服している人は、生活に必要なものはすべて与えられているので、ただ一つ与えられた指令を実行する事だけを考えます。自分を招集してくださった司令官の気に入るようにだけ考えるからです。だから、テモテもその様に、兵士のようにただ、イエス様の招きに応じて兵士のようにその、使命を全うしなさいと言う事を言っているのです。生活の事はすべて神様に委ねなさい、と言う事なのです。

さらにパウロはクリスチャンの生き方を、兵士に続いて、競技をする者や、農夫に例えました。これは何を意味するのでしょうか。5節から7節です。

2テモ 2:5 また、競技に参加する者は、規則に従って競技をしないならば、栄冠を受けることができません。

2テモ 2:6 労苦している農夫こそ、最初に収穫の分け前にあずかるべきです。

2テモ 2:7 わたしの言うことをよく考えてみなさい。主は、あなたがすべてのことを理解できるようにしてくださるからです

パウロは、この三つの譬えの、兵士、競技者、農夫から何を言おうとしているのでしょうか。それは兵士は苦しみを忍んで使命を達成し、司令官から栄誉を得ることを喜びとし、競技者は、苦しい訓練を積んで、規則に従って競技をして、栄冠を受けることを目標とし、農夫は、労苦して耕し、季節を超えて待ち続けて、収獲を得る喜びを待ち望むことができることを言っているのです。この三つの共通していることは、苦しみを通して、最後には希望と喜びが得られることを言っているのです。パウロはそのことをよく考えてみなさい。主は、あなたがすべての事を理解できるようにしてくださる、と、語りました。苦しみに振り回されることなく、希望をもって最後の収穫を得るものとなりなさいと言う事です。

 パウロはここまで、私の言う事をよく考えてみなさいと言う調子で、テモテに教え諭ていましたが、ここから、突然、イエス・キリストの事を思い起こしなさいという調子に代わります。8節から10節です。

2テモ 2:8 イエス・キリストのことを思い起こしなさい。わたしの宣べ伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです。

2テモ 2:9 この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。

2テモ 2:10 だから、わたしは、選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます。彼らもキリスト・イエスによる救いを永遠の栄光と共に得るためです

 パウロは、私の延べ伝える福音によれば、というような言い方で、イエス様は、ダビデの子孫で、死者の中から復活された、と言いました。これは、ちょっと持って回ったような言い方なので、普通の言い方に変えれば、こうなります。それは、「私はこう信じて福音を述べ伝えています。この方はダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです。」という言い方が直接的な語り方なのです。これはパウロの信仰告白なのです。パウロの福音の中心には復活されたイエス様が居られるのです。そしてパウロは、その復活されたイエス様を伝えるために、苦しみを受け、犯罪人の様に鎖につながれているというのです。ですがそれでもパウロには希望がありました。なぜならば、パウロの肉体は鎖につながれているけれども、神様の言葉は繋がれていない、と言う事です。たとえ誰がどんなことをパウロにしようと、殺してしまおうとも、神様の言葉はつながれることなく、世界中に広まっていく、という確信がありました。ですから自分のしていることは決して無駄にはならず、どんどんその教えが世界中に広がっていくことに喜びを感じていたのです。

 ですからパウロは獄中にあってもこのように言うことが出来ました。「だから、わたしは、選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます。彼らもキリスト・イエスによる救いを永遠の栄光と共に得るためです。」パウロには、このように希望がありました。ですから、信仰者たちのためにあらゆることに耐え忍ぶことが出来たのです。それはキリスト・イエスによる救いを共に得て、永遠の栄光へと共に至ることができるという喜びのためでした。

 そしてパウロは、一つの詩を紹介しました。多分それは当時教会の中で歌われていた讃美歌か、共に朗読していた信仰告白のようなものだったと思います。11節から13節です。

2テモ 2:11 次の言葉は真実です。「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、/キリストと共に生きるようになる。

2テモ 2:12 耐え忍ぶなら、/キリストと共に支配するようになる。キリストを否むなら、/キリストもわたしたちを否まれる。

2テモ 2:13 わたしたちが誠実でなくても、/キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を/否むことができないからである。」

 ここには4つのことがキリストと対比されて書かれています。最初は、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるです。二つ目は、耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。三つ目は、キリストを否むなら、キリストも私たちを否まれる。四つ目は、私たちが誠実でなくても、キリストは常に真実である。なぜこの四つを取り上げているのでしょうか。他のことではなくて何故この四つなのかです。それは、教会がさらされている迫害や異端との戦いに最後まで信仰を持って歩んで行くための心構えが書かれているのです。最初の言葉は、「キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる。」ですが、これが中心の言葉です。その迫害や異端との戦いの中で、たとえ死んでしまっても、信仰をもって死んだのならば、またキリストと共に復活して生きるようになるという希望を述べているのです。これが基本的な姿勢です。次の二つ目から四つ目は具体的な迫害や異端との戦いに処する方法です。二つ目は、耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる、と語りました。これは迫害や争いなど、どんな苦難があっても最後まで耐え忍ぶならば、最後は、キリストと共に支配することができると云う希望を語っているのです。三つめはそのような戦い苦難の中で、最後まで忍耐することなく、キリストを否定するようなことをするならば、キリストも私たちを否定するだろうと言う事を言っています。これは主に異端との戦いの中で、異端の話に惑わされて、正しい信仰を捨ててしまう人びとに対して警告しているのです。四つ目は、私たちが誠実でなくても、キリストは常に真実である。と言っていますが、私たちは、周りの状況に振り回されて、不安になったり恐れたりして、誠実にイエス様に従うことができない時もあるのです。ですが、イエス様は常に真実であって、その教えは確かなものである事を語りました。パウロはここで歌われている讃美歌の言葉が、「次の言葉は真実です。」とパウロの信仰告白を重ねて、語っているのです。テモテが、キリストの兵士となって、この言葉に忠実にてたかってほしい、従ってほしいと願って語っているのです。

 

 パウロは、厳しい教会運営に携わるテモテに、愛情を持ってそして厳しくイエス・キリストの兵士として、イエス様に忠実に従って、歩んで行くように励ましました。パウロもまた、牢獄に捕らわれの身となっているのにもかかわらず、私と共に、苦しみを忍びなさいと言いました。そして最後まで信仰を守り通せば、必ずその報いが与えられイエス様と共に生きるものになると、その希望を与えました。このテモテに与えた励ましの数々は、テモテだけでなく、当時何処の教会でも苦しんでいた信徒たちを励ましたのです。そして、牧会をどのように進めたらよいのかの基準をこの手紙は与えているのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、パウロが与えたテモテへの言葉は、その後ずっと、教会の牧会指針として受け継がれ、信仰者の歩むべき道筋を示してきました。そして今の私たちにとってもその言葉は受け継がれています。神様、どうか私たちもキリストの兵士として、その覚悟をもって、あなたに従って行くことが出来ますように。「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、/キリストと共に生きるようになる」との約束を信じて生きることが出来ますように。どうか私たちに与えられたこの信仰を後世の人達にも伝えることが出来ますように、あなたが恵みを与えてください。私たちはイエス・キリストの恵みによって強くなれます。どうか約束の恵みをいただいて強いものとなることが出来ますように。

この祈りを、主、イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。

 

 

 

 


<<聖書の箇所(新約聖書:◇テモテへの手紙二)>>

◆キリスト・イエスの兵士として

2テモ 2:1 そこで、わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい。

2テモ 2:2 そして、多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人々にも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい。

2テモ 2:3 キリスト・イエスの立派な兵士として、わたしと共に苦しみを忍びなさい。

2テモ 2:4 兵役に服している者は生計を立てるための仕事に煩わされず、自分を召集した者の気に入ろうとします。

2テモ 2:5 また、競技に参加する者は、規則に従って競技をしないならば、栄冠を受けることができません。

2テモ 2:6 労苦している農夫こそ、最初に収穫の分け前にあずかるべきです。

2テモ 2:7 わたしの言うことをよく考えてみなさい。主は、あなたがすべてのことを理解できるようにしてくださるからです。

2テモ 2:8 イエス・キリストのことを思い起こしなさい。わたしの宣べ伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです。

2テモ 2:9 この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。

2テモ 2:10 だから、わたしは、選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます。彼らもキリスト・イエスによる救いを永遠の栄光と共に得るためです。

2テモ 2:11 次の言葉は真実です。「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、/キリストと共に生きるようになる。

2テモ 2:12 耐え忍ぶなら、/キリストと共に支配するようになる。キリストを否むなら、/キリストもわたしたちを否まれる。

2テモ 2:13 わたしたちが誠実でなくても、/キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を/否むことができないからである。」