家庭礼拝 2018年4月4日テモテ第二1章1‐18委ねられているものを守る

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起 

今日からテモテへの手紙第二が始まりますが、この手紙は4章だけの短い手紙です。この手紙もまた、エフェソ教会で、異端と戦う、テモテに励ましの言葉を送り、その信仰をしっかりと守っていくようにと語っているのです。テモテと言う人はどのような人なのかは良く分かりませんが、年は若いが信仰深く、謙遜で、純真で、多くの奉仕をしているようです。ですが、引っ込み思案で、ストレスのために胃を痛めてしまうような繊細な人のように描かれています。ですから、パウロの様な強い宣教者にとっては、ちょっとじれったくなるようなところがあって、パウロはテモテを時々叱咤激励しているところがあるのです。

この手紙を出した時、パウロはどこにいたのでしょうか。1章の16節17節を見ると

2テモ 1:16 どうか、主がオネシフォロの家族を憐れんでくださいますように。彼は、わたしをしばしば励まし、わたしが囚人の身であることを恥とも思わず、

2テモ 1:17 ローマに着くとわたしを熱心に探し、見つけ出してくれたのです。

と書かれているように、パウロはローマで囚人となっていたのです。ですがこの囚人と言うのは比較的自由に人に会うことも出来たし、牢屋ではなく自分の家を借りて、軟禁状態になっているようです。ローマ兵がそこを監視しているのです。ですが、囚人であることには変わりがないので、何時呼び出しが来て、死刑を実施されるかもわからないのです。その様な緊張感のある生活の中で、パウロはエフェソ教会のテモテに励ましの手紙を出しているのです。なぜパウロが囚人になっているのかはわかりません、ですが、それまでパウロを支持してくれた仲間の人達が皆パウロを離れていったようです。15節にはこう書かれています。

2テモ 1:15 あなたも知っているように、アジア州の人々は皆、わたしから離れ去りました。その中にはフィゲロとヘルモゲネスがいます。

イエス様の時にもイエス様を支持していた弟子たちが、どんどん離れていった時期がありましたが、それと同じようなことがパウロにも起こっていたのです。パウロは、そのような状況の中で、テモテにし委ねられたものをしっかりと守るようにと伝えいるのです。

では聖書の言葉を読んでいきましょう。まず最初にいつものように挨拶から始まります。1節と2節です。

2テモ 1:1 キリスト・イエスによって与えられる命の約束を宣べ伝えるために、神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから、

2テモ 1:2 愛する子テモテへ。父である神とわたしたちの主キリスト・イエスからの恵み、憐れみ、そして平和があるように。

 パウロは、テモテのような親しい間柄の人であっても、きちんと自己紹介と挨拶を欠かしません。ここでは何と自己紹介しているかというと、「キリスト・イエスによって与えられる命の約束を宣べ伝えるために、神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから、」と言っています。キリスト・イエスによって与えられる命の約束とは何のことでしょうか。これは永遠の命の約束です。イエス・キリストを信じることによって与えられる永遠の命を述べ伝えるために、パウロは自分が使徒として、神様から直接任命されたのだと、はっきり意識しているのです。

そしてテモテには、愛する子テモテと呼びかけ、父である神とわたしたちの主キリスト・イエスからの恵み、憐れみ、そして平和があるように、と祈ったのです。この言葉は私たちが、クリスチャンに対して出す手紙にも添えて、書くことができる祝福に満ちた言葉です。

 テモテはエフェソ教会で苦労をしているようです。その事を知ったパウロはこう書き送りました。3節と4節です。

2テモ 1:3 わたしは、昼も夜も祈りの中で絶えずあなたを思い起こし、先祖に倣い清い良心をもって仕えている神に、感謝しています。

2テモ 1:4 わたしは、あなたの涙を忘れることができず、ぜひあなたに会って、喜びで満たされたいと願っています。

 ここにはパウロがどんなにモテモテの事を愛し、心配し、いつも祈っているのかが書かれています。そして、私は、あなたの涙を忘れることができず、というほど、テモテの辛い気持ちを推し量って、ぜひあなたにあって、喜びで満たされたいと願っているというのです。その中でも、テモテの信仰を思い起こして、こう言っています。5節と6節です。

2テモ 1:5 そして、あなたが抱いている純真な信仰を思い起こしています。その信仰は、まずあなたの祖母ロイスと母エウニケに宿りましたが、それがあなたにも宿っていると、わたしは確信しています。

2テモ 1:6 そういうわけで、わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃えたたせるように勧めます。

 パウロは、テモテに与えられている純真な信仰がどのようなものであるのかを思い出させようとしています。その信仰は自分だけのものではなく、祖母ロイスから伝えられ、母エウニケに受け継がれ、そしてその信仰が子供であるテモテにも受け継がれたものであると言う事です。その上に、パウロが按手して、教会の執事として、良き働きが出来るようにと与えられた神様の賜物があるのだから、ますます信仰を燃え立たせて励むようにと激励しています。この様にパウロが言っているという事は、テモテが少し、牧会に疲れて、後ろ向きになっていたのかもしれません。

 さてここからは、パウロの本論に入ります。テモテの少し引っ込み思案な姿勢に活を入れるように、パウロはこのように言うのです。7節から10節です。

2テモ 1:7 神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。

2テモ 1:8 だから、わたしたちの主を証しすることも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。

2テモ 1:9 神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、

2テモ 1:10 今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。

 8節に書かれているように、パウロは今囚人となっています。そのために教会員の人々の中には、そのような囚人にかかわりを持つことを恥として、離れていくものもあり、又臆病になって、距離を置くものも出てきたのです。それに対して、パウロは、「神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。」と言ったのです。ですから、そのような外見や、この世の考えにに捉われるのではなく、聖霊によって、力と愛と思慮分別を働かせなさいと言っているのです。そして、「わたしたちの主を証しすることも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。」と言いました。キリストを信じると言う事は、囚人として磔になったイエス様を信じると言う事であり、その事を宣教して囚人となっているパウロを信じると言う事です。この様な囚人を信じることにためらいを感じる人たちもいたのです。ですが、聖霊によって神の力に支えられ、福音のためにパウロと共に苦しみを忍んでくださいとお願いしているのです。パウロは信じることによっていいことがあるよと言っているのではなく、信じることによって被る恥や苦しみを忍んでくださいとお願いしているのです。信仰をもつものにはこのような覚悟が必要なのです。

 そして私たちが信仰を持つようになった理由を言います。それは私たちが自分から信仰を持とうとしたからではなく、神様のご計画と恵みであったと言います。そしてすべては神様のご計画であり、その事は救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです、と語ります。そして、キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現して下さったというのです。そしてこの不滅の命こそ、パウロが述べ伝えている、約束の命なのです。この約束の命は福音の中に現れており、死を超えた永遠の命なのです。パウロは、この福音のために自分は使徒に任命されたと言います。11節と12節です。

2テモ 1:11 この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました。

2テモ 1:12 そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。

 パウロは、約束の命を伝える福音のために、宣教者、使徒、教師に任命され、そのために自分はこのような苦しみすなわち囚人となるような扱いを受けていると語りました。ですがパウロはそれを恥じてはいないというのです。なぜならば、パウロは自分が信頼している方、すなわちイエス・キリストを知っており、私に委ねられているものすなわち、約束の命を伝える福音を、キリストの再臨の時までイエス様は守って下さると信じているからだというのです。すなわち、自分がどうなろうとも最後までその福音は守られるだろうというのです。だから、自分のしていることは無駄にはならないのだと言う事なのです。自分が囚人になっているのは、神様の働きをするためなのだから、少しも恥ではないと言っているのです。

 パウロは、一通り自分の使命について言い終わると、振り返って、テモテに忠告します。13節と14節です。

2テモ 1:13 キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。

2テモ 1:14 あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。

 パウロは、自分が囚人となってもキリストの福音を述べ伝えるために、その苦難を受け入れ、人々に永遠の命を述べ伝える決意を語りましたが、テモテに対しても、私から聞いた健全な言葉を手本としなさい、と言いました。それはただ形だけ言葉に従うのではなく、キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって行いなさい、と言っているのです。そして、テモテに委ねられている、その信仰を、私たちの内に住まわれる聖霊によって、守りなさい、と言いました。この言葉がパウロのこの手紙の結論なのです。周りが何と言おうと、どうなろうと、あなたの内にある正しい信仰を、聖霊によって、守り通しなさいと言う事なのです。それほど、テモテの周辺は信仰がぐらついてきていたのです。パウロが捉われたことによって、去って行く人々はいたし、グノーシス的な異端を語ることによって、正しい信仰から遠ざかる者もいたのです。その中にあって、パウロが認めるテモテの正しい信仰を聖霊によって守り通し、人々に伝えていきなさいと言う事なのです。

 パウロは、教会から多くの人々が去って行った中にも、忠実に自分に従ってくれた人の事をも紹介して、テモテを励ましました。15節から18節です。

2テモ 1:15 あなたも知っているように、アジア州の人々は皆、わたしから離れ去りました。その中にはフィゲロとヘルモゲネスがいます。

2テモ 1:16 どうか、主がオネシフォロの家族を憐れんでくださいますように。彼は、わたしをしばしば励まし、わたしが囚人の身であることを恥とも思わず、

2テモ 1:17 ローマに着くとわたしを熱心に探し、見つけ出してくれたのです。

2テモ 1:18 どうか、主がかの日に、主のもとで彼に憐れみを授けてくださいますように。彼がエフェソでどれほどわたしに仕えてくれたか、あなたがだれよりもよく知っています。

 パウロは、ここで、アジア州の人々は皆、私から離れさりました、と言っています。アジア州の多くの教会が壊滅的な状態になったのかもしれません。「その中にはフィゲロとヘルモゲネスがいます。」と個人名を出して裏切られた思いを語っています。きっとこの二人はパウロの忠実な支持者でよい働きをしていたのかもしれません。それにもかかわらず、パウロが捕らわれの身となると、パウロから去って行ったことに驚きと悔しさをにじませているのかもしれません。だからテモテにはしっかり信仰に立つようにと励ましているのです。でもその様な去って行く人たちの中に、オネシフォロと言う人がいました。この人はパウロが囚人となったことを恥とも思わず、ローマまで探しに行って、パウロを見つけだし、パウロを励ましていたというのです。オネシフォロはエフェソでもパウロに良く仕えてくれたことをパウロは感謝しています。そして、「主がかの日に、主のもとで彼に憐れみを授けてくださいますように。」と祈りました。もしかすると、このオネシフォロはすでに亡くなっていたのかもしれません。というのも、パウロは「主がオネシフォロの家族を憐れんでくださいますように。」と最初に家族のために祈っているからです。そして最後にオネシフォロのために祈っているのです。これはすでに亡くなったオネシフォロの家族を思いやって、主が哀れんでくださいますようにと祈ったのかもしれません。パウロはこのオネシフォロの信仰をあげて、テモテに、同じように信仰を持って行きなさいと言う事を語っているのです。

 パウロのいなくなった後の教会は本当に大変なことになっていたようです。その中にあって、パウロから期待され、パウロの後継者として、その教会を守って行かなければならないテモテには大きな負担が生じていたかもしれません。パウロは捕らわれ囚人となり、教会からは人々が離れ去り、又残っている人たちは異端的な教えを広めようとしていたのです。その中で正しい信仰を守り通すのは大変な事だったのです。ですが、聖霊によって導かれ、その信仰を固く守り続けなさい、とパウロは励まし続けます。パウロは囚人になったが決して恥じてはいけない、オネシフォロの様に恥じることなく私を探し続け励ましてくれた人もいるのだからと語っていたのです。

 


(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、テモテの第二の手紙を学び始めましたが、どうかしっかりと学びとおすことが出来ますように。いろいろな困難の中にあって信仰を守り通すことの大切さを教えられました。この様にして、私たちの信仰が伝えられてきたことを感謝いたします。そして私たちも、主の教えを恥じることなく大胆に述べ伝えて、信仰による歩みを、歩み通すことが出来ますように、導いてください。

この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(新約聖書:◇テモテへの手紙二)>>

 

◆挨拶

2テモ 1:1 キリスト・イエスによって与えられる命の約束を宣べ伝えるために、神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから、

2テモ 1:2 愛する子テモテへ。父である神とわたしたちの主キリスト・イエスからの恵み、憐れみ、そして平和があるように。

◆ゆだねられているものを守る

2テモ 1:3 わたしは、昼も夜も祈りの中で絶えずあなたを思い起こし、先祖に倣い清い良心をもって仕えている神に、感謝しています。

2テモ 1:4 わたしは、あなたの涙を忘れることができず、ぜひあなたに会って、喜びで満たされたいと願っています。

2テモ 1:5 そして、あなたが抱いている純真な信仰を思い起こしています。その信仰は、まずあなたの祖母ロイスと母エウニケに宿りましたが、それがあなたにも宿っていると、わたしは確信しています。

2テモ 1:6 そういうわけで、わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃えたたせるように勧めます。

2テモ 1:7 神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。

2テモ 1:8 だから、わたしたちの主を証しすることも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。

2テモ 1:9 神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、

2テモ 1:10 今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。

2テモ 1:11 この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました。

2テモ 1:12 そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。

2テモ 1:13 キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。

2テモ 1:14 あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。

2テモ 1:15 あなたも知っているように、アジア州の人々は皆、わたしから離れ去りました。その中にはフィゲロとヘルモゲネスがいます。

2テモ 1:16 どうか、主がオネシフォロの家族を憐れんでくださいますように。彼は、わたしをしばしば励まし、わたしが囚人の身であることを恥とも思わず、

2テモ 1:17 ローマに着くとわたしを熱心に探し、見つけ出してくれたのです。

2テモ 1:18 どうか、主がかの日に、主のもとで彼に憐れみを授けてくださいますように。彼がエフェソでどれほどわたしに仕えてくれたか、あなたがだれよりもよく知っています。