家庭礼拝 2018年3月14日テモテ第一6章1‐20 信仰の戦い
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起
今日の6章で、テモテ第一の手紙は終わりになります。6章の1節と2節は、先週行った聖書の箇所5章の続きとなっているもので、本来は5章に入るものです。5章では教会の人々に対して、どのように対応していったらよいのかを、パウロはテモテにグループごとに教えました。老人に対して、若い男の人に対して、年老いた婦人に対して、若い女性に対して語りました。そして特にやもめと長老に関しては長い説明で詳しくその方法を語っていました。6章の1節と2節はその続きで、やもめと長老の次に大きな問題となってくる、奴隷の身分の人々について語っているのです。奴隷の人も多く集ってきたからです。
この様に、一人一人の個人に対して語った後で、信仰をもうけの道具としか考えない異端的な教えを広めている人々を非難しました。これは信仰という知識を金儲けの道具として、人に教えて、金銭を得ているような間違った信仰を広める人たちのことです。それに対して、ここの小見出しのタイトルとなっているのは「大きな利得」と言う事ですが、これは今の私たちの言語感覚では何を言っているのか良く分かりません。何かもっとふさわしい言葉がないかなと探してみて、「大きなもうけ」と言った方がぴったりくると思いました。すなわち異端的知識を切り売りしている人たちは、信仰というものを、もうけの道具として大きなもうけを得ていると言う事です。それに対してパウロが本当に大きなもうけとなるのは何かという事を言っているのがこの小見出しの内容なのです。ここで先にその答えを言ってしまうと、信仰を持って足ることを知ることほど大きなもうけはない、と言う事なのです。儲けようとするものはいくら儲けても満足を知らず、信仰をもつものは足ることを知ることによって、大金持ちになったような儲けを知ることができると言う事なのです。信仰を持つことが一番得な事だと言う事なのです。
そして最後の言葉は、テモテに対して、信仰の戦いを立派に戦い抜きなさいと語りました。信仰の戦いとは何をすることなのでしょうか。その事は聖書を読みながら一緒に考えていきたいと思います。結局パウロはテモテにいろいろな事を語り教えましたが、最後には、この信仰の戦いを立派に戦い抜きなさいと檄を飛ばしているのです。
承
では先ほど説明した、6章の1節と2節から始めます。これは5章の続きの話です。
1テモ
6:1 軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒涜されないようにするためです。
1テモ
6:2 主人が信者である場合は、自分の信仰上の兄弟であるからといって軽んぜず、むしろ、いっそう熱心に仕えるべきです。その奉仕から益を受ける主人は信者であり、神に愛されている者だからです。
パウロは、教会にとって一番大きな問題のやもめの話をした後、次に大きな問題の長老に対する話をした後で、三つ目に重要な奴隷の話をしているのです。教会にはやもめがたくさん集まってきたように、奴隷たちも教会にたくさん集まってきたのです。それは、教会が、貧しいものや虐げられたものを助け、支えてくれるからでした。奴隷と言うと、私たちは奴隷船や、農場で鞭うたれながら働く奴隷の様子をイメージしてしまいますが、どうも当時の奴隷と言うのはもっと自由が与えられていたようです。自分たちで、その主人の家を離れて、教会に集うことが出来たのですから、かなり大きな自由です。ですから、今で言うと、奴隷と言うよりも、地主に対する小作農民のような感じだったのかもしれません。ですが奴隷と言うのはその主人の持ち物であり、殺すも生かすも売り飛ばすもその主人の意のままだったのです。
奴隷ややもめたちが教会に集まってきた理由は、教会がそのような貧しい人々虐げられた人々を助け支えてきた言う事だけではなく、神様の前に、イエス様の前には皆兄弟であるという教えがあったからです。これは素晴らしい教えなのですが、時には間違った受け取り方をするものもいたのです。皆神様の前には兄弟なのだから、主人の言う事を聞かなくても大丈夫とか、主人も自分も同じなのだから、対等にしていいのだと思うような、思い上がった奴隷も出てきたのです。この様な奴隷が社会的に間違いを犯すことは教会がこの世にあって、危険な存在と見られかねないところもあったのです。パウロは1節でこう語りました。
1テモ
6:1 軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒涜されないようにするためです。
パウロは、奴隷も主人も神様の前には同じ身分だとは言いませんでした。奴隷は自分の主人を十分尊敬しなさいと言ったのです。パウロは、奴隷は奴隷の身分のままで、一生懸命仕事をし、その主人をも尊敬し、皆から、クリスチャンの奴隷は良く働き忠実であるとの評判を得られるようにしなさいと言っているのです。そうでないと、キリスト教を信じる奴隷はとんでもないやつらだ。そんな教えを広めている、あのクリスチャンたちも、信じている神様も、皆とんでもないやつらだと言って、非難するようになるからだというのです。そして続けて、こう言ったのです。2節です。
1テモ
6:2 主人が信者である場合は、自分の信仰上の兄弟であるからといって軽んぜず、むしろ、いっそう熱心に仕えるべきです。その奉仕から益を受ける主人は信者であり、神に愛されている者だからです。
その奴隷の主人が信者でない場合はいろいろ問題があるにしても、その主人が信者であるときも問題は起こったのです。それは同じ信者であると言う事で、平等ではないか兄弟ではないか、お互いに助け合うべきではないかと、主張し始めて、その主人を軽んじてしまうような事態が起こっていたのです。パウロはそのような奴隷に対しては、そのように主人を軽んじることなく、むしろいっそう熱心に仕えるべきである、と言っているのです。なぜならば、その主人は神様に愛されて信者になっているのだから、その主人に熱心に仕えることによって、神様に仕える者となりなさい、と教えたのです。奴隷の身分のままで、熱心に主人に仕えることこそ神様の栄光を現すことだと教えたのです。
パウロは、いろいろテモテに教えてきましたが、その教えを皆にも教えて勧めなさいと言いました。というのも教会には、違った教えが広まってきたからです。3節から5節です。
これらのことを教え、勧めなさい。
1テモ
6:3 異なる教えを説き、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉にも、信心に基づく教えにも従わない者がいれば、
1テモ
6:4 その者は高慢で、何も分からず、議論や口論に病みつきになっています。そこから、ねたみ、争い、中傷、邪推、
1テモ
6:5 絶え間ない言い争いが生じるのです。これらは、精神が腐り、真理に背を向け、信心を利得の道と考える者の間で起こるものです。
教会にありながら、教会の教えと異なる教えを語り、イエス様の御言葉にも従わず、信心に基づく教えにも従わない人たちがいました。それはギリシャ的な文化の影響を受けた人たちでした。その人たちは自分たちの方が良く知っていると言って、その知識を振りかざし、他の人からは先生と呼ばれて、その知識で儲けている人々がいたのです。というのも当時の教会はまだ礼拝の形が整わず、誰でも語れる人は前に出て、好きなように語ることが出来たのです。そこでは弁舌のさわやかな人たちが喜ばれ、信仰は二の次になってしまうことがあったのです。ですからそのような人たちは、自分こそが一番良く知っているものだと思い上がり、信仰などは何も知らず、人の語る話には議論や口論を吹きかけて、自分の存在を高めようとしていたのです。そのために自分を有利にしようとして、ねたみや、争いや、中傷や、邪推や絶え間ない言い争いが生じていたのです。パウロはこのような事は、精神が腐り、真理に背を向け、信心を金儲けの道と考えている人たちの間に起こっていることだと非難しているのです。
それに対して、信仰をもつものの道はどのような道なのかをパウロは語ります。6節から8節です。
1テモ
6:6 もっとも、信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です。
1テモ
6:7 なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。
1テモ
6:8 食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです。
6節の言葉の利得とはちょっと分かりにくい言葉です。もっとわかりやすい言葉は無いかと、リビングバイブルを開いてみると、全く違った書かれ方をしていました。それは、「本当の金持になりたいと思いますか。もし今、幸福で心が満ち足りているなら、あなたは既に金持ちなのです。」という聖句になっているのです。意味的にはこちらの方がずっと分かりやすいです。元の聖句をもう少しわかりやすい言葉で言い換えてみれば、「信仰をもって、満ち足りることを知るならば、それこそが何よりも大きな得になります。」と言っているのです。その理由は、私たちは何も持たずに世に生まれ、世を去る時は何も持って行くことができないからだと言います。これは物に縛られ、物質的な豊かさを得ても、この世を去る時には何も持って行けないが、心に信仰を持っていればそれをもって、豊かな気持ちでこの世を去ることができると言う事です。だからパウロは言うのです。食べるものと着るものがあれば、私たちはそれで満足すべきですと。満足を知る者こそ、本当に豊かなものである事を語っているのです。
それとは反対に、金持ちになろうという欲望を持っている人にはいろいろと、悪いことが起こるとパウロは語っています。9節と10節です。
1テモ
6:9 金持ちになろうとする者は、誘惑、罠、無分別で有害なさまざまの欲望に陥ります。その欲望が、人を滅亡と破滅に陥れます。
1テモ
6:10 金銭の欲は、すべての悪の根です。金銭を追い求めるうちに信仰から迷い出て、さまざまのひどい苦しみで突き刺された者もいます。
パウロは、金持ちになろうとするものが、誘惑や、罠や、無分別で有害な様々な欲望に陥るといいます。その欲望が、人を滅亡と破滅に陥れるとさえ言います。お金が悪いわけではありません。金持ちが悪いわけではありません。お金を愛すること、捉われること、金持ちになろうとすることがいけないのです。お金に捕らわれずに、お金を持つことができるならば、正しいお金の使い方が出来るのです。それこそお金で神様の栄光を現すことも出来るのです。ところが、金銭の欲を持つものは、すべての悪の根源となります。金銭を追い求めるうちに、信仰を離れてしまい、さまざまのひどい苦しみに陥ってしまう人もいるのです。お金に捉われてはいけないのです。満足することを知らないといけないのです。
転
最後に、パウロはテモテ自身の事について語り出しました。テモテ自身がどのように歩んだらよいのかを語っているのです。この言葉は最後には祈りとなっています。11節から14節です。
1テモ 6:11 しかし、神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。
1テモ 6:12 信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。
1テモ 6:13 万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。
1テモ 6:14 わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。
パウロはテモテに、めったに聞かない言葉で呼びかけました。それはモーセやイエス様に呼びかけられた言葉です。それは「神の人よ」と呼びかけたのです。それほどパウロはテモテに大きな期待を懐いていたと考えても良いかもしれません。そして、テモテに、今言ったようなこの世で物質的に豊かになる事でなく、正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさいと言ったのです。神様に対しては、正義、信心、信仰、愛、そして自分自身に対しては忍耐と柔和を追い求めなさいと言ったのです。これをすることが信仰の戦いなのだと言います。そして永遠の命を得なさいと言いました。その永遠の命を得るために、あなたは神様から召し出されて、公に信仰を告白したのだというのです。私たちもこの永遠の命を得るために、正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求める信仰の戦いをしなければなりません。私たちが持っているものの中で、何が後の世まで持って行くことができるものなのかをよく考えなければなりません。それを辛抱強く行っていくのが信仰の戦いです。
そしてテモテにもう一度守るべき言葉を語ります。それは、「わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。」と言う事です。落ち度なく、掟を守ることが大切なのです。
そしてパウロは神様を賛美して、こう語ります。
1テモ 6:15 神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、
1テモ 6:16 唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。
それはイエス様が必ず再臨すること、そして神様がどのような方であるかを語り、神様に誉と永遠の支配がありますようにと祈ったのです。
これでパウロの話はいったん終わるのですが、パウロはまだ心配らしく付けたしの様に今度は金持ちの人の事を語りました。17節から19節です。
1テモ 6:17 この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。
1テモ 6:18 善を行い、良い行いに富み、物惜しみをせず、喜んで分け与えるように。
1テモ 6:19 真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くようにと。
パウロは色々な人の事を、それぞれ取り上げて言って来たのですが、金持ちの人がどうしたらよいのかをまだ語っていないことに気が付いたのかもしれません。教会には貧しい人ばかりでなく、金持ちの人達も集ってきたのです。この時代はたとえ金持ちであっても、不安な事ばかりだったのです。それでパウロはこの金持ちたちにこう言いました。高慢になってはいけない、本当の豊かさを与える神様に望みを置きなさい、と言ったのです。そのためには物惜しみせず、喜んで分け与えるようにしなさいと言いました。それが、まことの命を得る、堅固な基礎となると語ったのです。
そして本当の最後にもう一度テモテに釘を刺すようにこう言うのです。20節と21節です。
1テモ 6:20 テモテ、あなたにゆだねられているものを守り、俗悪な無駄話と、不当にも知識と呼ばれている反対論とを避けなさい。
1テモ 6:21 その知識を鼻にかけ、信仰の道を踏み外してしまった者もいます。恵みがあなたがたと共にあるように。
パウロはテモテに、知識を売り物にしている人たちを相手にしてはいけない。その人たちの中には信仰の道を踏み外してしまった人たちもいます。と言って、信仰の道に立つことを言い残したのです。
結
パウロは、教会のあらゆる人たちの事を思い起こしながら、どのような事に注意して、教会運営をして行ったらよいかをテモテに語りました。教会には多くの問題がありました。最初に寡婦の問題、次に長老の問題、そして奴隷の問題、欲望に捉われた人たち、そして富んでいる人たちと、それぞれに必要な事を細かに語っていきました。そしてテモテには信仰にしっかりと立って、信仰の戦いを続けなさい、そして永遠の命を得なさいと励ましているのです。教会は救いを求めてくるところですが、その教会もまた、多くの問題をはらんでおり、信仰がなければとても乗り切れるものではありません。でもそこに神様の御業が現れ、教会はその導きによって、現在まで、多くの困難を乗り越えて、生きてきているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、教会が多くの問題を抱えつつもパウロのような信仰の指導者によって導かれて、その困難を乗り越えて来たかを良く学ぶことが出来ました。そしてその中に私たちの為すべきこと、信仰の戦いを続けることが語られて来ました。神様、どうか私たちに出来るかどうかではなくて、あなたの御業が現れることを信じて、あなたに委ねて歩むことが出来ますように。どうかあなたのみ心のままに歩ませてください。そしていつも喜びに満ちて、神の栄光を賛美するものでありますように。
この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇テモテへの手紙一)>>
1テモ 6:1 軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒涜されないようにするためです。
1テモ 6:2 主人が信者である場合は、自分の信仰上の兄弟であるからといって軽んぜず、むしろ、いっそう熱心に仕えるべきです。その奉仕から益を受ける主人は信者であり、神に愛されている者だからです。
◆大きな利得
これらのことを教え、勧めなさい。
1テモ 6:3 異なる教えを説き、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉にも、信心に基づく教えにも従わない者がいれば、
1テモ 6:4 その者は高慢で、何も分からず、議論や口論に病みつきになっています。そこから、ねたみ、争い、中傷、邪推、
1テモ 6:5 絶え間ない言い争いが生じるのです。これらは、精神が腐り、真理に背を向け、信心を利得の道と考える者の間で起こるものです。
1テモ 6:6 もっとも、信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です。
1テモ 6:7 なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。
1テモ 6:8 食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです。
1テモ 6:9 金持ちになろうとする者は、誘惑、罠、無分別で有害なさまざまの欲望に陥ります。その欲望が、人を滅亡と破滅に陥れます。
1テモ 6:10 金銭の欲は、すべての悪の根です。金銭を追い求めるうちに信仰から迷い出て、さまざまのひどい苦しみで突き刺された者もいます。
◆信仰の戦い
1テモ 6:11 しかし、神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。
1テモ 6:12 信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。
1テモ 6:13 万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。
1テモ 6:14 わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。
1テモ 6:15 神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、
1テモ 6:16 唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。
1テモ 6:17 この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。
1テモ 6:18 善を行い、良い行いに富み、物惜しみをせず、喜んで分け与えるように。
1テモ 6:19 真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くようにと。
1テモ 6:20 テモテ、あなたにゆだねられているものを守り、俗悪な無駄話と、不当にも知識と呼ばれている反対論とを避けなさい。
1テモ 6:21 その知識を鼻にかけ、信仰の道を踏み外してしまった者もいます。恵みがあなたがたと共にあるように。