家庭礼拝 2018年2月28日テモテ第一4章1‐16 キリスト・イエスの立派な奉仕者
賛美歌430とびらの外に聖書朗読 祈り 奨励説教 一分黙想 全員祈り 主の祈り 賛美歌431喜ばしい声ひびかせ
起
今日の箇所は、教会にあってイエス・キリストの立派な奉仕者すなわち立派な執事になるにはどのようにしたら良いかが、書かれています。これはテモテがエフェソ教会で、奉仕者として勤めるために必要な事をパウロが教えているのです。テモテはここで奉仕者すなわち執事として語られていますが、実質は監督者すなわち長老です。パウロの代弁者としての長老で、他の長老から按手も受けているのです。ですが、パウロはここでは、奉仕者と呼んで、より実践的な奉仕をするものの心得を語っているのです。
ここで語られている奉仕者の務めは、普通奉仕者が行う、貧しい人の世話や食事の準備のことではありません。教会の中にはびこり始めた、異端との戦いを語っているのです。その異端との戦いをどのように進めたらよいのか。どの様に教会員の人々に教えたらよいのかが書かれているのです。その方法は、今でいう礼拝の持ち方であり、具体的に何をしたらよいのかが書かれているのです。ですから、この事を行うテモテはまさに教会の監督者なのです。ですがテモテはまだ若いので、当時の伝統的な教会の慣習からすれば、とてもそのような立場に立つ人ではないのです。テモテもその様に思っていたのかもしれません。ですが、パウロはテモテにあなたに与えられた恵みを大切にして、その教会の良き奉仕者として、勇気をもって務めなさいと励ましているのです。今日の聖書の箇所はまさに、教会の指導的な役割を持つ人が何を行わなければならないのかと言う事を語っている箇所です。
承
今日の聖書の箇所の初めは「しかし、」で始まります。これは3章の終わりにキリストの賛歌が歌われ福音が世界中で信じられるようになると語った言葉に対しての、「しかし」です。では1節です。
1テモ
4:1 しかし、“霊”は次のように明確に告げておられます。終わりの時には、惑わす霊と、悪霊どもの教えとに心を奪われ、信仰から脱落する者がいます。
パウロはテモテに、キリストの賛歌に歌われているように福音が世界中で信じられるようになると言ったのですが、終わりの時には惑わす霊と、悪霊どもの教えとに心を奪われ、信仰から脱落するものがいますと、警告しました。それは霊がパウロに啓示したというのです。この当時エフェソ教会には異端の教えが広まって、それが惑わす霊や悪霊の働きのように、信仰者の魂を奪い、信仰から離れていくものが広まってきたのです。パウロはそのことに終末的な思いを持ち、強い危機感を持っていました。
それでパウロは、その異端者たちが具体的にどのような事を教会で信者たちに教えているかを語り、それに対して、パウロは、それが間違っていると反論をしているのです。2節から4節です。
1テモ
4:2 このことは、偽りを語る者たちの偽善によって引き起こされるのです。彼らは自分の良心に焼き印を押されており、
1テモ
4:3 結婚を禁じたり、ある種の食物を断つことを命じたりします。しかし、この食物は、信仰を持ち、真理を認識した人たちが感謝して食べるようにと、神がお造りになったものです。
1テモ
4:4 というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。
1テモ
4:5 神の言葉と祈りとによって聖なるものとされるのです。
パウロはこの異端者たちを、偽りを語る者、偽善者と呼びます。そして彼らは自分の良心に焼き印を押されているというのです。これはどういう意味でしょうか。当時は焼き印を押されるのは、奴隷とか家畜に焼き印を押して、これは自分のものであると証明しているのです。すなわちこれは、悪霊が良心に焼き印を押して、これは自分のものだと言っているのです。そして焼き印を押されたものはその良心を曇らされていると言う事です。
この異端者たちの教えることは、結婚を禁じたり、ある種の食物を断つことを命じたりすると言います。この異端者の教えはどのようなものかと言うと、当時広まっていたグノーシスという考え方で、清いのは霊だけで、物質はすべて汚れているとする考え方なのです。神様が一番清い方で、そこからだんだんと清くないものが入り込んで、私たちの住んでいるこの物質的な世界はすべて清くないとしているのです。だから結婚して子供をつくることも清くない行為であり、食物をとってこの体を保つことも清くない行為だというのです。そして厳しい修行をして、体をいじめ、精神的な体を作って清いものになろうとするような考え方なのです。ですからこの宗教には、こうしてはいけない、ああしてはいけないという禁止の戒律が沢山あるのです。その様な禁止の戒律のある宗教はたいていどこか間違ったものになることが多いのです。
ですがパウロは、しかし、と言って反論します。パウロはまず、この食物は、信仰を持ち、真理を認識した人たちが感謝して食べるようにと、神がお造りになったものです、と言います。食べ物が清くないどころか、神様が感謝して食べるようにとお造りになったものであるのだから、それを清くないと言って食べないのは神様を冒涜しているというのです。さらにパウロはこう言いました。「というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。神の言葉と祈りとによって聖なるものとされるのです。」パウロは、物質的なものはすべて神様がお造りになったものであり、すべて良いものであると言います。そして感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないと言いました。何一つ捨てるものがないほど良いものであるというのです。なぜならば、神の言葉と祈りとによって聖なるものとされているからだというのです。
ここに大切なことが語られています。この世のことはすべて神様が作られたもので、私たちがこれが良い、あれが悪いという前に、神様がすべて良いとされたものであると言う事です。私たちが嫌う、病気や、死や、貧しさや、苦しみさえもすべて神様が作られて、何一つ捨てるものがないほど良いものなのです。なぜならばこれは神の言葉と祈りとによって聖なるものとされているのです。私たちはこの事を心にしっかり納めておく必要があるのです。そうしないと、この世のものは皆悪いと言った、悲観的、厭世的なグノーシス的な考えが出てきてしまいそれに捉われてしまうからです。神の言葉と祈りとによって、世にあるすべてのものは聖なるものとされた事に感謝しましょう。
転
パウロは、今教会に起こっている問題について語り、次に奉仕者であるテモテが何をすべきかについて語ります。6節から9節です。
1テモ 4:6 これらのことを兄弟たちに教えるならば、あなたは、信仰の言葉とあなたが守ってきた善い教えの言葉とに養われて、キリスト・イエスの立派な奉仕者になります。
1テモ 4:7 俗悪で愚にもつかない作り話は退けなさい。信心のために自分を鍛えなさい。
1テモ 4:8 体の鍛練も多少は役に立ちますが、信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、すべての点で益となるからです。
1テモ 4:9 この言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。
パウロは、「これらの事を兄弟たちに教えるならば、あなたは、信仰の言葉とあなたが守ってきた善い教えの言葉とに養われて、キリスト・イエスの立派な奉仕者になります。」と言いました。これらのこととは、この世の物は神様がすべてつくられ、良しとされたものだから、何でも感謝して食べ、結婚して、も良いのだと言う事です。そのことを教会の兄弟達に正しく教えるならば、信仰に養われて、キリスト・イエスの立派な奉仕者になれると言ったのです。そして、続けて、「俗悪で愚にも着かない作り話は避けなさい、」と言いました。俗悪で愚にも着かない作り話とは、グノーシスの人々が語っている、作り話の事です。その話とは、「清い神様は、汚れた物質に直接触ることができないので、その間に何段階かの天使達を置き、最後に、人間に直接働きかける、天使がいるという教えなのです。この教えには何の根拠もないので、作り話とされるのです。
パウロはそのような作り話に関心を持つよりも、信心のために自分を鍛えなさいと言いました。これはグノーシス主義の体系というのは、実はかなり複雑で、高度に見えたのです。今で言うと先進的で論理的に見えたのです。ですから、頭の良い人たちは、こちらの方が本当ではないかと思って、関心を持ってしまったのです。それはまるで頭の体操をしているようなものだったのです。パウロは、そんなことに心を奪われるよりも、信心のために自分を鍛えなさいと言ったのです。それは何故かというと、信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、すべての点で益となるからだ、というのです。信心すなわち信仰は、命を約束するものであるというのです。その命はこの世でも、死んでから後の世でも続く永遠の命です。信心はこの命を与えてくれるから、すべての点で益になるのだというのです。信仰とは、私たちに安全や安心や喜びを与えるだけではなく何よりも生き生きとした命を与えて下さるのだと言う事を覚えておきたいものです。そしてパウロは、この言葉すなわち、「信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、すべての点で益となる」という言葉は、真実であり、そのまま受け入れるに値しますと言いました。すなわち何の疑いもなく信じることができると言う事です。それはパウロの生き方がそれを実証しているのです。
そのことをパウロはこう語り、そして、テモテにこう命じました。10節から12節です。
1テモ 4:10 わたしたちが労苦し、奮闘するのは、すべての人、特に信じる人々の救い主である生ける神に希望を置いているからです。
1テモ 4:11 これらのことを命じ、教えなさい。
1テモ 4:12 あなたは、年が若いということで、だれからも軽んじられてはなりません。むしろ、言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となりなさい。
パウロは、自分達が苦労して、奮闘して宣教の働きをするのは、すべての人が、特に信じる人々が神様によって救われることが、実現するだろうと言う事を望んでいるからだと言います。そこまでその救いを信じていくのは、「信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、すべての点で益となる」と信じているからなのです。そして、パウロはテモテにこの事を教会員に教えなさいと言いました。異端の教えに走るのではなく、イエス・キリストを信じる信仰に留まりなさいと教えなさいと言っているのです。テモテは、教会の指導者になるには若すぎました。ですがパウロからはその信仰を高く買われていたのです。パウロは、テモテにこう言いました。「あなたは、年が若いということで、だれからも軽んじられてはなりません。むしろ、言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となりなさい。」実に、信仰は年齢ではありません。むしろ若い時に信仰を得た人は、その信仰を深くすることが出来ます。ですから年が若いと言うだけで軽んじられるようなことが有ってはいけない、とパウロは言います。年が若くても、言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となることができるのだから、それを示しなさいとパウロはテモテを励ましているのです。
さらにパウロはテモテに教会において、なすべきことを示しました。13節から16節です。
1テモ 4:13 わたしが行くときまで、聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。
1テモ 4:14 あなたの内にある恵みの賜物を軽んじてはなりません。その賜物は、長老たちがあなたに手を置いたとき、預言によって与えられたものです。
1テモ 4:15 これらのことに努めなさい。そこから離れてはなりません。そうすれば、あなたの進歩はすべての人に明らかになるでしょう。
1テモ 4:16 自分自身と教えとに気を配りなさい。以上のことをしっかりと守りなさい。そうすれば、あなたは自分自身と、あなたの言葉を聞く人々とを救うことになります。
パウロが、第一にテモテに語ったのは、まず聖書の朗読をしなさいと言う事でした。この当時聖書と言えば旧約聖書のことでしたが、新約聖書の断片も出回り始めていたのではないかと思います。その様な聖書の言葉をみんなと一緒に読むことを勧めたのです。これは今の礼拝の形の始まりです。そして勧めと教えに専念しなさいと言いましたが、これはきっと聖書朗読に続く説教のことだと思います。その説教の中で、勧めと教えが語られたのです。説教には勧めがなくてはなりません。単に何かについて語られるだけではなく、神の御心があなた方に求めているのはこの事ですと、個人の思いを変えていくような勧めが語られるのです。聖書朗読と説教、この事に専念しなさいとパウロは語っているのです。パウロはテモテに与えられた、神の賜物を信じていました。ですから、「あなたの内にある恵みの賜物を軽んじてはなりません。その賜物は、長老たちがあなたに手を置いたとき、預言によって与えられたものです。」と語っているのです。ここに、長老たちがあなたに手を置いた、というのは按手の霊を受けたと言う事で、正式に長老とか執事の職についたと言う事です。その時に、テモテの賜物は預言によって与えられたというのです。そして、パウロは繰り返しテモテに、この事に努めるように、そこから離れてはなりません、そうすればあなたはさらに進歩し、あなたをもあなたの言葉を聞く人々をも救うのですと言ったのです。
結
パウロは、テモテに教会においてなすべきことを語りました。それは聖書を読み、説教する事でした。そのことが異端の教えを斥け、正しい福音を述べ伝え、テモテ自身にも聞く教会の人々にも救いとなることを語ったのです。ですから年が若いからと言って軽んじられてはならない、雄々しく進めと励ましているのです。私たちの信仰は神の恵みの信仰です。私たちに与えられているものはすべて良いものです。これを受け入れるならば、私たちが、恐れているものはなくなるのです。それに対して、グノーシスは、この世を汚れたものとして、自分の身体さえも汚れたものとしました。それは神様が作られたものを冒涜するものです。私たちは、神様が与えて下さった恵みを全て善きものとして受け取る信仰に生きるのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、私たちはあなたによってつくられ、あなたが与えて下さるすべてのものによって生かされています。それはすべて善きものであり、感謝をささげるものであります。どうかいつもあなたの恵みを感謝して受け取り、いつも喜び賛美するものでありますように。そして、この世でも後の世でも生きる命に生きることが出来ますように。永遠の命に希望を持つものでありますように。テモテに語られた、これらの言葉が、私たちの言葉となりますように。この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇テモテへの手紙一)>>
◆背教の予告
1テモ
4:1 しかし、“霊”は次のように明確に告げておられます。終わりの時には、惑わす霊と、悪霊どもの教えとに心を奪われ、信仰から脱落する者がいます。
1テモ
4:2 このことは、偽りを語る者たちの偽善によって引き起こされるのです。彼らは自分の良心に焼き印を押されており、
1テモ
4:3 結婚を禁じたり、ある種の食物を断つことを命じたりします。しかし、この食物は、信仰を持ち、真理を認識した人たちが感謝して食べるようにと、神がお造りになったものです。
1テモ
4:4 というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。
1テモ
4:5 神の言葉と祈りとによって聖なるものとされるのです。
◆キリスト・イエスの立派な奉仕者
1テモ
4:6 これらのことを兄弟たちに教えるならば、あなたは、信仰の言葉とあなたが守ってきた善い教えの言葉とに養われて、キリスト・イエスの立派な奉仕者になります。
1テモ
4:7 俗悪で愚にもつかない作り話は退けなさい。信心のために自分を鍛えなさい。
1テモ
4:8 体の鍛練も多少は役に立ちますが、信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、すべての点で益となるからです。
1テモ
4:9 この言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。
1テモ
4:10 わたしたちが労苦し、奮闘するのは、すべての人、特に信じる人々の救い主である生ける神に希望を置いているからです。
1テモ
4:11 これらのことを命じ、教えなさい。
1テモ
4:12 あなたは、年が若いということで、だれからも軽んじられてはなりません。むしろ、言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となりなさい。
1テモ
4:13 わたしが行くときまで、聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。
1テモ
4:14 あなたの内にある恵みの賜物を軽んじてはなりません。その賜物は、長老たちがあなたに手を置いたとき、預言によって与えられたものです。
1テモ
4:15 これらのことに努めなさい。そこから離れてはなりません。そうすれば、あなたの進歩はすべての人に明らかになるでしょう。
1テモ
4:16 自分自身と教えとに気を配りなさい。以上のことをしっかりと守りなさい。そうすれば、あなたは自分自身と、あなたの言葉を聞く人々とを救うことになります。