家庭礼拝 2017年7月19日ルカ13章22‐35狭い戸口

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起 

 ここのところずっと、イエス様は終末の時の心得と、神の国に入るための道筋を語っています。今日の聖書の箇所も同じです。今日の聖書の箇所では、アンドレ・ジイドの小説「狭き門」の名前の由来となった箇所でもあります。また日本ではちょっと違った意味でつかわれて、受験戦争の狭き門などとも言われますが、もともとは狭き門とはこの聖書の箇所から出てきた言葉です。狭き門とはどのような意味でしょうか。競争倍率が高いという意味でしょうか、それとも見つけにくい小さな門、という意味でしょうか。それとも人間一人がやっと通れるような狭い門と言う意味でしょうか。いずれにしてもそのような狭い門を通って神の国に入りなさいと言う、神の国に至る道筋を、今日の聖書の箇所でも語っているのです。ではその狭い門の意味を、その本当の意味を今日の聖書を読みながら理解していきたいと思います。

イエス様はまだ、エルサレムに向かっておられる途上でした。もうだいぶエルサレムには近くなっているのですが、まだすぐには入ろうとせず、その周りの町や村を巡って教えていました。すると一人の人がイエス様に質問したのです。22節と23節です。

ルカ 13:22 イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。

ルカ 13:23 すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。

 その質問とは非常に単純に「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」というものです。ですがこの言葉の背景にはいろいろなことが含まれているのです。この質問は、私たちが同じような質問をするのとは違うのです。私たちの質問ならば、たくさんの信仰者がいるけれども、本当に救われて神の国に入る人は、ごくわずかなのでしょうか、という質問です。ですが、この質問したユダヤ人の考えの中には、ユダヤ人は救われるに決まっているという前提があるのです。それはユダヤ民族は神の民として選ばれた民なのだから、他の異邦人たちとは違うと言う優越感があるのです。ですからこの質問の、救われるものは少ないのでしょうか、という意味は、ユダヤ人以外に救われる人は少ないのでしょうか、という質問なのです。きっと異邦人で救われる人はごく特別な人間のごくわずかな人だけだろうという、思い込みがあるのです。

この質問に対してイエス様はどのように答えたでしょうか。24節です。

ルカ 13:24 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。

 イエス様はこの様に応えたのですが、それは質問した人に応えたのではありませんでした。23節に書かれているように、その人に応えたのではなく、周りにいた一同に言われたのです。その中には弟子たちも、異邦人もユダヤ人もいたのではないかと思います。イエス様は救われる人は少ないのかという質問に対して、狭い戸口から入るように務めなさいと答えたのです。これは答えになっているというよりも、救われる方法を語っているのです。狭い戸口から入りなさい、入ろうとしても入れない人が多いのだ、というのはどんな意味でしょうか。これはとても、含蓄のある言葉なのです。まずこの戸口、又は門と言ってもいいと思いますが、これはイエス様の事を言っているのです。イエス様は、自分の事を、私は門である、と宣言していますが、その門なのです。その門は狭いので入ろうとしても入りきれない人もいるのです、どんな人でしょうか。狭い門を通れない人と言う事で想像してみると、太りすぎて、狭い門を通れない人を思い浮かべます。次には荷物が多すぎて、そこを通れない人もいます。そうなんです、狭い門とは、競争倍率が高い事ではなくて、余計なものを持っている人は通れないような門なのです。その余計なものとは何かというと、この世における、宝物です。財産や、誇りや、権力や、体力など、この世でしか役に立たないものを神の国に持って行こうとしても持って行けないのです。ですから狭い戸口を通るためには、この世のためにとっておいたものを全部捨てて、謙遜な清貧な思いとなって、通らないと、入ろうとしても入れない門なのです。

イエス様に質問した人は、自分達ユダヤ人は救われるはずだという大きな荷物を持っていたのです。その荷物を捨てないと、狭い戸口からは入れませんよ、神の国には行けませんよと言う事を、間接的に答えていたのです。

そして神の国に入る事の喩えを用いてわかりやすく説明をしました。25節から30節です。

ルカ 13:25 家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。

ルカ 13:26 そのとき、あなたがたは、『御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言いだすだろう。

ルカ 13:27 しかし主人は、『お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ』と言うだろう。

ルカ 13:28 あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。

ルカ 13:29 そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。

ルカ 13:30 そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」

ここにはその戸口を通るためのいくつかの条件があることを教えています。一つにはその戸口には門限があると言う事です。その家の主人が戸を閉めてしまってからではもう手遅れであると言う事です。その時に、いくら私たちはあなたの弟子です。一緒にいました、思い出してくださいと言っても知らないと言われるというのです。ユダヤ人たちは自動的にその門を通れるわけではないのです。その門限が来る前に入らないと、アブラハム、イサク、ヤコブや全ての預言者たちが神の国に入っているのに、自分達は外に投げ出されてしまうと言う事です。これは自分たちはユダヤ人だからきっと神様は自分たちを知っていてくれて、何時でも入れてくれるだろうと考えているとそうではないと言う事です。たとえユダヤ人であっても悔い改めて、その狭き門に門限が来る前に入らないと外に追い出されるというのです。それだけではなく、ユダヤ人以外でも世界中の異邦人でもその狭い戸口を通るものは皆宴会の席に着くことができるようになるというのです。ユダヤ人だからと言って、特別扱いはないと言う事です。そして最後に、そこでは後の人で先になるものがあり、先の人であとになるものもあると言いました。天の国では、地上の国で、後のものとなって、人々に仕えていたものが、先の人となって上席につき、地上で、ほめそやされて先のものとなっていたものが、神の国では末席に導かれることがある、と語っています。地上の価値観と、天上の価値観では全く違うと言う事です。何よりも、神の国に入るためには、地上のものを投げ捨てて、悔い改めて、貧しいものとならなければならないと言う事なのです。

 そのような神の国に入る者の話をイエス様がしていた時に、ファリサイ派の人々がイエス様の事を心配して忠告しました。31節です。

ルカ 13:31 ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」

 このファリサイ派の人々の忠告をどのように受け取ったらいいのか良く分かりません。善意にとれば、ファリサイ派の人々の中にもイエス様の味方となって、忠告してくれる人もいたと言う事です。それは、ヘロデがあなたを殺そうとしているので、ここを早く立ち去ってください、というものです。確かにファリサイ派の人にもイエス様に共感している人々はいたので、そのように言った人もいたかもしれません。

 また悪く考えれば、イエス様を、早くエルサレムの近くから追い出したい人々が、イエス様を脅すために、ヘロデがあなたを殺そうとしているので、早く立ち去ったほうがいいですと言ったのかもしれません。でもどちらかは分かりません。

 ですがイエス様の答えはどちらであっても立ち去ることはなかったのです。イエス様はこう答えられました。32節から33節です。

ルカ 13:32 イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。

ルカ 13:33 だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。

 イエス様は、あの狐にこう言いなさい、答えたのです。狐とはずるがしこい動物です。これはイエス様を殺そうとしているという、領主ヘロデの事を指して言っているのです。イエス様の答えは、

『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。』と言ったのです。イエス様は、殺されることを覚悟しているというのです。それもエルサレム以外で死ぬことはあり得ないと考えていると言う事なのです。それまではイエス様は、悪霊を追い出し、病気をいやして、毎日自分の道を進み続け、三日目にすべてを終えると答えたのです。

 するとその様に答えた後で、イエス様はエルサレムを嘆いてこう言われたのです。34節と35節です。

ルカ 13:34 エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。

ルカ 13:35 見よ、お前たちの家は見捨てられる。言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、決してわたしを見ることがない。」

 イエス様は、とてもエルサレムを愛しておられたのです。何とかして救おうと神の国を述べ伝え、神様への執り成しを行って、神様に見捨てられないようにと願ったのです。あの実のならないイチジクの木を、何とかこのままにしてください、私が面倒を見ますからと主人に願った園丁のように、イエス様は神様にエルサレムを見捨てないでくださいと何度も願ったのです。ですが、エルサレムは、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で撃ち殺し、そして、神の一人子の自分をももうすぐ殺そうとしている。だからその時には、お前たちの家は見捨てられると知っていたのです。そのことをイエス様はとても悲しんで、私は何度お前の子らを集めようとしたか、でもお前たちは応じようとしなかったと言って嘆いているのです。イエス様の嘆きは地を震わすほどのものだったのです。愛する者が滅びていくのを見るのは耐えられない苦しみだったのです。そして、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、すなわちイエス様が復活し、再臨される時まで、もう決して私を見ることがないだろうと言ったのです。イエス様の最後の決意をこの様に語ったのです。でもユダヤ人たちにはイエス様の思いは伝わらなかったのです。

 イエス様は神様との板挟みになって、なんとかエルサレムを救おうとなさいました。ですが、ユダヤ人たちは少しもその事に気が付くことなく、ただイエス様に敵対し、排斥しようとし、地上的な思いで自分たちの支配のみを考えていたのです。イエス様の語るのは神の国です。この世の物は何も役には立たないのです。ですからこの地上のしがらみをすべて捨てて、狭き門から入りなさい。まだ時があるうちに、主人が入れてくれるうちに入りなさいと何度も呼び掛けているのです。ですが、ユダヤ人たちはイエス様の呼びかけを聞くことなく、自分たちは大丈夫だという思いにどっぷりとつかって悔い改めようとはしませんでした。そのことをイエス様はどれだけ嘆いたでしょうか。なぜならば、神様はエルサレムを滅ぼすことに決めてしまっていたからです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、私たちは神様の国に入るために、地上のものは何一つ必要ありません。貧しき者こそ幸いなのです。この地上で金持ちであったものは貧しくされ、権力のあるものは最後の者にされ、虐げられたものは高く上げられ、悲しんでいたものには喜びが与えられるのです。先のものが後になり、後のものが先になる、これが神の国の方法なのです。私たちはこの世で何を得ようとしているのでしょうか、この世の物にこだわることなくどうか、御国に入る準備をしっかりすることが出来ますように。信仰を持っていると思っているものがいかに、危険な状態にあるのかを思い起こして謙遜に生きることが出来ますように。イエス様の教えて下さっている悔い改めに従って、魂を清めていくことが出来ますように。

この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


<<聖書の箇所(新約聖書:◇ルカによる福音書)>>

◆狭い戸口

ルカ 13:22 イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。

ルカ 13:23 すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。

ルカ 13:24 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。

ルカ 13:25 家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。

ルカ 13:26 そのとき、あなたがたは、『御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言いだすだろう。

ルカ 13:27 しかし主人は、『お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ』と言うだろう。

ルカ 13:28 あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。

ルカ 13:29 そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。

ルカ 13:30 そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」

◆エルサレムのために嘆く

ルカ 13:31 ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」

ルカ 13:32 イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。

ルカ 13:33 だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。

ルカ 13:34 エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。

ルカ 13:35 見よ、お前たちの家は見捨てられる。言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、決してわたしを見ることがない。」