賛美歌358子羊をばほめたたえよ聖書朗読 祈り 奨励説教 一分黙想 全員祈り 主の祈り 賛美歌361この世はみな
起
今日のベルゼブル論争と言うのは、イエス様が素晴らしい神の業を行い、人々がそのことに驚嘆しているときに、ユダヤ人指導者たちはそれを妬んで、イエス様がそのような奇跡の力を用いることが出来るのはサタンの頭ベルゼブルの力を使っているからだと、中傷したことに対して、イエス様が反論したことを言っています。いつの世の中でも、正面切って勝ち目がないと分かると、陰に回って中傷し、なんとか相手の評判を貶めようとすることがよくあります。よくあるのは、ある人が慈善の業をすると、あの人はお金が有り余って使い道に困っているのだとか、あの人は有名になりたがっている偽善家だとか言って中傷することはよくあります。それに似たことがイエス様の出来事に対しても言われたのです。
このベルゼブル論争は、イエス様がユダヤ人たちに対して、一線を画するターニングポイントに当たる所です。この論争の後、ユダヤ人指導者たちとはどんどん溝が深まり、ユダヤ人指導者の迫害が激しくなってきます。
ルカ福音書では、このベルゼブル論争はマルタとマリアの家を訪れた後ですから、エルサレムの近くにまで来ていることになります。ですがイエス様たちはすぐにはエルサレムに入らずにその周辺で、神の国を伝える宣教をしばらく続けているのです。
マタイにも、マルコにもこのベルゼブル論争の事は書かれていますが、それはエルサレムの近くではなく、ガリラヤ宣教の時に起こります。むしろ宣教の初期に起こっているのです。ルカでは、ガリラヤでのベルゼブル論争はありませんでしたが、ユダヤ人たちから、会堂での宣教を拒否されるような出来事が起こり、イエス様は外で宣教を行うようになりました。ガリラヤの時もエルサレムの時も、ユダヤ人たちの抵抗運動は起こっていたのです。その様な中で、イエス様はエルサレムに入るタイミングをずっと待っていたのです。それは、聖霊によって導かれる時を待っていたのです。
承
それでは、ベルゼブル論争の話を読んでみましょう。14節から16節です。
ルカ
11:14 イエスは悪霊を追い出しておられたが、それは口を利けなくする悪霊であった。悪霊が出て行くと、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆した。
ルカ
11:15 しかし、中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言う者や、
ルカ
11:16 イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。
イエス様は、宣教の業と癒しの業とをいつも並行して行っていました。魂を救うだけでなく、体をも軽視せずに、大切に扱おうとしているです。この時イエス様は悪霊を追い出して癒しの業を行っていました。それは口を利けなくする悪霊であったと書かれています。この時代は、原因の良く分からないものに関しては悪霊の仕業と考えることが多く、そのような悪霊を追い出して、癒しを行うと言うのはイエス様だけでなく、他にもいかがわしい悪魔払いの人はたくさんいたのです。ですがイエス様の行う、悪魔祓いは驚異的だったのです。イエス様が悪霊を追い出すと、口のきけない人がものを言い始めたのです。このようにイエス様の業は人々の驚嘆を呼び起こして、その評判はどんどん高まって行ったのです。するとそれを妬むユダヤ人たちが出てきました。そして、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言ったり、「本当に神様に遣わされたものなら、昔の預言者のように、天からのしるしを見せてほしい。」と言ったりしたのです。天からのしるしは、イエス様そのものであり、その力は神様から来ていることは、その業を見ればわかる事なのに、分かろうとしないで、悪魔の力だなどと言って、中傷するのです。
それに対してイエス様はどのように反論したでしょうか。17節から19節です。
ルカ
11:17 しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「内輪で争えば、どんな国でも荒れ果て、家は重なり合って倒れてしまう。
ルカ
11:18 あなたたちは、わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立って行くだろうか。
ルカ
11:19 わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。
このユダヤ人たちの中傷、すなわち陰口は当然イエス様に直接言ったのではないのです。ですがイエス様は、彼らの心を見抜いてこう言ったのです。もし私が、ベルゼブルの力で悪霊を追い出しているならば、悪霊が悪霊を追い出しているのだから内輪もめが起こるだろう。それならばサタンの国は成り立たないだろう。と言ったのです。そしてさらに、当時ユダヤ人たちの中にいた悪魔祓い達の事を指して、私がベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間な何の力で追い出すのか、と言ったのです。それはあなたたちの仲間も悪霊の力で追い出していることになるではないかと言っているのです。その様に言われたあなたたちの仲間は、反対にあなたたちをとんでもなく悪いものだと裁くようになるだろう、と言ったのです。
そしてさらにこう言ったのです。20節から23節です。
ルカ
11:20 しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。
ルカ
11:21 強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。
ルカ
11:22 しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。
ルカ
11:23 わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」
イエス様は、私が神の力で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。それがどうしてわからないのだと、ユダヤ人たちを責めているのです。そしてユダヤ人たちに対して、いままでは自分たちの知識や、社会的地位や、経済的地位を用いて、自分達の世界を守っていたかもしれないが、もっと強いものが来てその様なものは全部奪い去って、新しい秩序の中に入れられるだろう。その時、私に味方しないものは私に敵対し、私と一緒に働かないものは、その働きの邪魔をしているのだ、と言ったのです。
転
そしてイエス様は突然、汚れた霊が戻ってくる話をしました。この話はマタイにも書かれていますが、ルカとは順番が少し異なります。マタイでは、ベルゼブル論争があり、人々がしるしを欲しがる話をし、汚れた霊が戻ってくる話をするという順番です。ルカでは、ベルゼブル論争をし、汚れた霊が戻ってくる話をし、人々はしるしを欲しがると言う順番で話をしています。いずれにしても、ここの話は、せっかく浄められても、正しい信仰にないと、前よりもひどい状態になる。このいまの悪い時代もその様になるだろうと言う事を言っているのです。24節から26節です。
ルカ 11:24 「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。
ルカ 11:25 そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。
ルカ 11:26 そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」
このように今の時代のイスラエルは、前よりもひどい状態になって悪霊たちが中に入り込んでいると言う事を言っているのです。それはイエス様の神の業を見ても信じることも受け入れることも出来ず、悪魔の手先になってイエス様を中傷するようなことになってしまったユダヤ人たちの指導者達の責任は重いと言う事を言っているのです。汚れた霊を追い出して、魂が清められた時に、正しい信仰をそこに据えておかないで、魂を空き家にしていると、また悪霊が元って来て、喜んで住み込むのだというのです。しかも仲間の悪魔をもつれてくると言うのです。
この様な、イエス様とユダヤ人たちの論争を聞いていて、感動した女の人が叫んでこう言いました。27節と28節です。
ルカ 11:27 イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」
ルカ 11:28 しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」
この女性は明らかに興奮していました。イエス様のすばらしい受け答えに、この人こそは神の人だと信じたのだと思います。そして、このように素晴らしい人を生み、育てたその母親を賛美したのです。ですがイエス様は、その女の人を冷静にさせるようにこう言ったのです。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」これは、本当の幸いとは何かを語っているのです。何かすばらしい出来事を成し遂げたとか、持っていることが幸いなのではない、日々神様の御言葉を聞いて、それを守って生活する事こそ幸いなのである。そのような落ち着いた信仰生活こそが幸いなのであると語ったのです。
そして、そのような騒ぎの中で、人々がますますイエス様の周りに集まってきました。するとイエス様は、先ほどのベルゼブル論争の時にユダヤ人たちが言っていた、「本物の預言者ならば、エリヤがしたように天からのしるしを見せてみろ。」と言った挑発的な言葉に応えるようにこう言ったのです。29節と30節です。
ルカ 11:29 群衆の数がますます増えてきたので、イエスは話し始められた。「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。
ルカ 11:30 つまり、ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる。
イエス様の時代だけではなく、ユダヤの歴史の中では、偽預言者と言うのがたくさんいました。ですから、預言者が出たというと、その言動をチェックして、果たしてこれは本物かどうかと調べられるのです。イエス様も、サンヒドリンのファリサイ派の人々や律法学者たちにいろいろとチェックされたのです。ですがイエス様がいくら、神の業をしても、奇跡の業をしても、それを受け入れることなくただ非難だけを強めていったのです。イエス様は既に奇跡の業を行っていても、もっとすごいしるしを見せてみろ、と言って来るのです。
そこでイエス様は今の時代の者たちは邪だ、すぐしるしを欲しがる、と言った後で、その様なしるしを欲しがる人々に対して、ヨナのしるしの他にしるしは与えられない、と言いました。ヨナのしるしと言うのは、ヨナが大きな魚に飲み込まれて、三日三晩魚の腹の中にいて、ニネベで吐き出されてそこで宣教をしたことを言います。イエス様はこのヨナのしるしと言う事で、イエス様も死んで三日後に甦って人々を導くことを言っているのです。すなわち、ヨナはニネベの人々にとってしるしとなったように、イエス様は今の時代のユダヤ人にとってしるしとなるだろうと言う事なのです。でもこの事はユダヤ人たちに理解が出来るとは思えません。弟子たちでさえもこの時点では理解できなかったと思います。理解できたのは、復活の主に出会ってからなのです。その復活の主が、まさしくしるしなのです。
イエス様はさらにこう続けました。31節と32節です。
ルカ 11:31 南の国の女王は、裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンにまさるものがある。
ルカ 11:32 また、ニネベの人々は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。ニネベの人々は、ヨナの説教を聞いて悔い改めたからである。ここに、ヨナにまさるものがある。」
これはこの時代のイエス様を受け入れようとしないユダヤ人たちに対する、痛烈な非難です。昔、アフリカのシバの女王は評判になっているソロモンの知恵を聞くために遠くから旅をして、ソロモンの所に来たという話が聖書に書かれています。その故事を引いて、ソロモンの知恵を聞くためにわざわざ遠くから旅をしてきた女王がいると言うのに、あなたたちはソロモンにもまさるものがここにいるのに、少しもその言葉を信じようとはしていない、と非難しているのです。そしてそのような罪深い不信仰なものに対して、女王は、いまの時代の信じる者と一緒に立ち上がって証人となって、この不信仰なユダヤ人たちを裁き、罪に定めるだろうと言っているのです。
同じように、ニネベの人達は、ヨナの説教を聞いて悔い改めたけれども、かたくななこの時代のユダヤ人たちは、ヨナに勝るイエス様の話を聞いても奇跡を見ても、イエス様を受け入れようとせず、自分の罪を悔い改めようとはしていない。だから、終末の裁きの時には、ニネベの人達も、この時代のイエス様を信じる人たちと一緒になって、証人となって、悔い改めようとしない、かたくなな者たちを裁くだろうと言っているのです。ここではイエス様は、自分が、神の独り子であることを、間接的に伝えているのです。そして、ご自分がシバの女王よりもヨナよりもさらに優れたものであることをはっきりと言っているのです。そして、このように示されても信じないあなた方にはその責任があることを言っているのです。
結
イエス様を信じようとしないユダヤ人たちは、昔からの教えにしがみついて、現実の目の前で起こっている、神の業に目を開くことが出来ませんでした。むしろ素直にそれに心を開き信じたのは、貧しいもの、知識のないもの、権威の無い者達でした。ですからここに信仰者の陥る危険があるのです。私たちは良き信仰者になろうとしていろいろな事を学びますが、そのようなものが多くなるとその様な知識や技術に捉われて、目の前の現実や事実を受け止めることが出来なくなってしまうのです。信仰歴30年の人よりも、信仰歴半年の人の方がずっと信仰的には深いものを持っていても、それを認めることができないかもしれません。今ここにイエス様が現れても、聖書の教えにしがみついて、ここにイエス様が現れるはずはない、それは冒瀆だと考えるかもしれません。イエス様を受け入れるのは知性ではなくて、感性なのかもしれません。その感性を敏感にするために、人々の中にあって、自然の中にあって、聖霊の働きや動きを感じる感性を養うことも大切かもしれません。いつも私たちが、イエス様の存在を感じることが出来るようにと祈るものです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、ユダヤ人たちはイエス様の奇跡の癒しを見て、これはベルゼブルの力によるものだと言って、イエス様を中傷しました。それは自分たちの方が正しいと考えると、イエス様の方が間違っていると考えてしまうからです。ユダヤ人たちは熱心な信仰者でした。そして神様の教えをしっかりと守り、異端的な教えに揺らぐことがないようにと細心の注意をしていました。ですが、そこに信仰の落とし穴がありました。知識に頼るあまり、現実を見ることが出来ませんでした。神様、どうか私たちが知識に頼ることなく、あなたが示してくださいます事実に、現実に目を開き、心を開き、あなたの御業を受け入れていくものでありますように。人間のつくった教えに捉われることなく、いつも真っ白な気持ちであなたに向かい、あなたを信じていくものでありますように導いてください。
この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ルカによる福音書)>>
◆ベルゼブル論争
ルカ 11:14 イエスは悪霊を追い出しておられたが、それは口を利けなくする悪霊であった。悪霊が出て行くと、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆した。
ルカ 11:15 しかし、中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言う者や、
ルカ 11:16 イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。
ルカ 11:17 しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「内輪で争えば、どんな国でも荒れ果て、家は重なり合って倒れてしまう。
ルカ 11:18 あなたたちは、わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立って行くだろうか。
ルカ 11:19 わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。
ルカ 11:20 しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。
ルカ 11:21 強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。
ルカ 11:22 しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。
ルカ 11:23 わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」
◆汚れた霊が戻って来る
ルカ 11:24 「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。
ルカ 11:25 そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。
ルカ 11:26 そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」
◆真の幸い
ルカ 11:27 イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」
ルカ 11:28 しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」
◆人々はしるしを欲しがる
ルカ 11:29 群衆の数がますます増えてきたので、イエスは話し始められた。「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。
ルカ 11:30 つまり、ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる。
ルカ 11:31 南の国の女王は、裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンにまさるものがある。
ルカ 11:32 また、ニネベの人々は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。ニネベの人々は、ヨナの説教を聞いて悔い改めたからである。ここに、ヨナにまさるものがある。」