家庭礼拝 2017年1月18日ルカ4章31-44 多くの病人を癒す
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起
いよいよイエス様は、ガリラヤ地方に行って本格的な宣教を始めました。そして、そこにいた漁師たちを弟子にして、カファルナウムでいろいろな癒しを行いました。汚れた霊に取りつかれた男の人を癒し、シモンすなわちペトロの姑を癒し、集まって来た病人を癒したのです。先週の聖書の箇所で、イエス様がナザレで受け入れられなかったときの話に、「カファルナウムでいろいろな事をしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ」というに違いないとイエス様が言ったその癒しの出来事とはこの時の出来事なのです。ですから、ナザレよりも先にカファルナウムでの宣教と癒しの働きがあったのです。
いつ弟子たちがイエス様の弟子になったのかは、福音書によって微妙に違いがあります。ルカはガリラヤのカファルナウムでの宣教と多くの病人の癒しの後に、漁師を弟子にしたことが書かれていますが、この弟子にする話が起こる前にすでに、ペトロの姑の癒しなどをして、そこでもてなされていますから、この時すでにペトロは弟子になっていたはずです。ペトロ自身が語ってマルコに書き取らせたマルコによる福音書では、ガリラヤ伝道を始めてすぐに4人の漁師を弟子にする話が書かれています。4人とはシモンと、アンデレの兄弟と、ヤコブとヨハネの兄弟です。そしてその後カファルナウムに行っていろいろな癒しをしたことが書かれていて、シモンの姑の癒しもその中の出来事です。本人がそう言っているのですから、きっとマルコに書かれているように、まずすぐに4人が弟子となって、その後の癒しの奇跡の出来事を目撃したのだと思います。
ついでに言っておきますと、シモンの姑がいやされた話がありますが、これはシモンすなわちペトロには妻がいたと言う事です。その妻の母親が姑めです。イエス様の弟子の中で、ただ一人の妻帯者であることを知っておいた方が良いでしょう。
ここの箇所からしばらく、イエス様の癒しの奇跡が続きます。その癒しの中には悪霊を追い出す癒しも含まれます。ここでキーワードになるのはイエス様の権威ある言葉です。病気はイエス様の権威ある言葉によって癒され、悪霊たちもイエス様の権威ある言葉によって追い出され、人々はそれを見て心から驚き、イエス様の評判はどんどん広がっていったのです。
承
では、聖書に従って、読んでいきたいと思います。最初は31節と32節です。
ルカ 4:31 イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。
ルカ 4:32 人々はその教えに非常に驚いた。その言葉には権威があったからである。
イエス様はまず、カファルナウムという町に行きました。ここはガリラヤでも交通の要衝にある大きな町でした。イエス様のガリラヤ伝道の拠点となるところです。というのもイエス様の弟子となるペトロの実家があるのもこの近くだったので、よくそこに泊まって、活動をしていたのです。イエス様はそのカファルナウムで、安息日には人々を教えておられたと書かれています。どこで教えていたかというと、どの町にもある、会堂すなわちシナゴクと言うところで教えていたのです。このような会堂では、安息日になると係りの人が聖書を開いて、先生と言われる人たちに聖書の話をしてもらっていたのです。その中にイエス様も入って、神の国の事を語っていたのです。
ところがその会堂に行くと事件が起こりました。悪霊に取りつかれた男が大声で騒いでいたのです。33節から35節です。
ルカ 4:33 ところが会堂に、汚れた悪霊に取りつかれた男がいて、大声で叫んだ。
ルカ 4:34 「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
ルカ 4:35 イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った。
悪霊に取りつかれた男が、何を言って騒いでいたかというと「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」と言っていたのです。まだ人々はイエス様が何者かは分かっていませんでした。弟子たちもそうでした。偉い先生くらいに思っていたのです。ですが、悪霊はイエス様の事を知っていたのです。イエス様の正体は分かっている、といったのです。それは、神の聖者だと言う事なのです。なぜたちは騒いでいたかというと、イエス様が来ると自分たちが滅ぼされるのではないかと恐れていたのです。するとイエス様はまず、黙れ、と言ってそれ以上語ることを許しませんでした。イエス様が何者かを語ることは、まだその時が至っていなかったのです。そして、この人から出ていけ、といったのです。当時は悪霊が取りつくことによって、いろいろな精神的な病や肉体的な病が現れると思われていました。ですからそのような悪魔祓いによって病気を治す職業的な人々もいたのです。イエス様は、一言この人から出ていけ、とお叱りになると、悪霊はその男の人を人々の中に投げ出して、何の傷もおわせずに出ていったというのです。
人々はそれを見て驚きました。いったい何に驚いたのでしょうか。36節と37節です。
ルカ 4:36 人々は皆驚いて、互いに言った。「この言葉はいったい何だろう。権威と力とをもって汚れた霊に命じると、出て行くとは。」
ルカ 4:37 こうして、イエスのうわさは、辺り一帯に広まった。
人々はその癒しに驚いたのではないのです。きっと他の悪魔祓いによって悪霊を追い出しているのを見たこともあるのでしょう。いろいろな儀式やまじないによって時間をかけて癒していったのだと思います。ですがイエス様は、一言この人から出ていけ、と言っただけなのです。人々が驚いたのはこの言葉の力なのです。この言葉はいったいなんだろう、と言って驚いたのです。その言葉には権威と力とがこもっていて、汚れた霊を追い出すことが出来たからです。
このイエス様の癒しの出来事のうわさは驚きをもって迎えられ、ガリラヤ地方一帯に広まったのです。この噂は、先週話したイエス様の故郷のナザレまで広まっていたのです。
転
イエス様はこの会堂での宣教の務めを終えて、シモンの家に向かいました。38節と39節です。
ルカ 4:38 イエスは会堂を立ち去り、シモンの家にお入りになった。シモンのしゅうとめが高い熱に苦しんでいたので、人々は彼女のことをイエスに頼んだ。
ルカ 4:39 イエスが枕もとに立って熱を叱りつけられると、熱は去り、彼女はすぐに起き上がって一同をもてなした。
先ほども言いましたが、この時すでにシモン、ペトロはイエス様の弟子となっていたので、イエス様はその家でもてなしを受けることになったのです。その家に入ると、シモンの姑が高い熱に苦しんでいたと言います。その地方に多かった、マラリヤではないかという人もいます。シモンはその事を知っていたのか知らなかったのか、分かりませんが、イエス様にその姑の癒しをお願いしたのはシモンではなく、その家の他の人々でした。もしかしたら、その姑の娘、すなわちペトロの奥さんだったかもしれません。その人々は、イエス様に特別の癒しの力があることを聞いて、イエス様にその姑の癒しを頼んだのです。イエス様は、その枕元に立って何をしたかというと、熱を叱りつけたというのです。悪霊を叱りつけたのではありません。湖で、突風が吹いてきたときに、風と波とをしかりつけたように、熱をしかりつけて去らせたのです。イエス様は自然現象のようなことまで従わせることが出来たのです。そしてその姑の熱はすぐに下がりました。そして彼女のしたことはすぐに立ち上がって一同をもてなしたというのです。私たちが、神様から癒しや恵みをいただいたら、すぐに立ち上がって、感謝の奉仕をしなければならないと言う事です。単に、癒しや恵みを喜んで感謝しているだけではなく、立ち上がって奉仕することがなければ、本当の感謝とは言えないのです。
この様な奇跡の癒しが行われているのに、人々がそれに驚かないはずがありません。その日の夕方には大変なことになってきました。40節と41節です。
ルカ 4:40 日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た。イエスはその一人一人に手を置いていやされた。
ルカ 4:41 悪霊もわめき立て、「お前は神の子だ」と言いながら、多くの人々から出て行った。イエスは悪霊を戒めて、ものを言うことをお許しにならなかった。悪霊は、イエスをメシアだと知っていたからである。
イエス様の癒しの力の事が広まって、夕方になるといろいろな病気で苦しむ病人たちが、イエス様のもとに連れてこられました。どうして夕方になって、急に続々と集まって来たかというと、この日は安息日だったからです。安息日には遠くまで出かけたり、仕事をしたり、病気の人を直したりしてはいけなかったので、病人をつれてくることが出来なかったのです。ユダヤの一日は夕方から夕方までなので、日が暮れると次の日となって、もう安息日ではなくなるので連れてきたのです。実は、イエス様が会堂で汚れた霊に取りつかれた人を癒したのも、シモンの姑の熱病を癒したのも、律法からいうと律法違反なのです。もしここに律法学者がいたならばきっとイエス様は批判されるのです。ですが、まだこの時には律法学者やパリサイ人からは目を付けられていなかったので、イエス様は自由にそれをやっていたのです。
さて、イエス様は集まった病人たちの一人一人に手を置いて癒してあげました。その中には悪霊によるものもありました。そうすると悪霊はわめきたてて、「お前は神の子だ」と言いながら病人から出ていったというのです。ですが、イエス様はそれらの悪霊にものを言うことをお許しにならなかったのです。会堂で癒した悪霊に取りつかれた人のように、黙れ、と言って黙らせて、イエス様がメシアであることを語らせようとはしなかったのです。まだその時が来ていなかったからです。
さて次の日です。イエス様は同じ所に留まることをしないで、他の町々にも宣教をするために出かけようとしていました。42節から44節です。
ルカ 4:42 朝になると、イエスは人里離れた所へ出て行かれた。群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた。
ルカ 4:43 しかし、イエスは言われた。「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」
ルカ 4:44 そして、ユダヤの諸会堂に行って宣教された。
イエス様はいつも、行動する前には静かに神様に向かって祈りを捧げました。自分の為すべきことを神様に尋ねていたのです。この日の朝もイエス様は、祈りのために人里離れた所へ出ていかれたのです。すると群衆がイエス様を探し回りました。そしてイエス様を見つけると、自分達から離れていかないようにとしきりに引き留めたのです。これは一見、人々がイエス様を信じて、ひれ伏しているように見えるのですが、そうではないのです。人々はイエス様の癒しの力を自分たちだけのものにしたかったのです。それで自分達から離れていかないようにと止めたのです。ですがイエス様には神様から託された使命がありました。この使命についてイエス様はいつも神様に尋ね、祈っていたのです。イエス様の使命は、「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」と言う事なのです。イエス様は、神様から遣わされてきた方なのです。そのことを理解していた人はどれほどいたでしょうか。イエス様の使命は癒しを行う事ではないのです。イエス様の使命は、神の国の福音を告げ知らせることなのです。イエス様はそのことを人々に語ってから、いろいろの町をめぐり、ユダヤの書会堂に行って、神の国の福音を述べ伝えたのでした。
結
イエス様の本格的な神の国の宣教がガリラヤで行われました。そこではイエス様の多くの癒しの奇跡が行われ、人々はそのイエス様の権威ある言葉に驚いて、その事をその地方一帯に言い広めました。ですが、人々はまだ、イエス様の語る神の国の福音にではなく、イエス様の癒しの奇跡に驚いていたのです。イエス様は、その宣教の進め方を神様に祈りつつ、神様に聞きながら行っていたのです。イエス様は、奇跡の力によって人々に宣教しようとしていたのではないのです。イエス様が奇跡の癒しをしたのは、苦しんでいる人々に対するあわれみのためなのです。むしろ奇跡の癒しは、人々に誤解を与え、神の国の宣教の障害にさえなっていたのです。イエス様がナザレで奇跡の癒しを行わなかったのはその事もあるのです。信仰にとって大切なのは、奇跡ではなく、信じて自分を神様に委ねることです。神様を信じない自分の罪を悔い改めて、神様を信じるようになることなのです。それが実は奇跡の業なのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、あなたはイエス様をこの世にお遣わしなり、神の国の福音を述べ伝えさせました。ですが人々の関心は、神の国よりも癒しの奇跡の力にあったようです。イエス様の権威ある言葉の力に驚き、その評判はガリラヤ中に広まりました。ですがイエス様を本当に理解する人々はまだ現れませんでした。むしろ悪魔がそのことを一番理解し恐れていたのです。神様、私たちも信仰にとって一番大切な事を忘れることがありませんように。サタンが告白した、あなたは神の子、メシアですと言う言葉こそ、大切な事でした。この事を忘れることなく、人間的な思いに惑わされることがありませんように。この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ルカによる福音書)>>
◆汚れた霊に取りつかれた男をいやす
ルカ 4:31 イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。
ルカ 4:32 人々はその教えに非常に驚いた。その言葉には権威があったからである。
ルカ 4:33 ところが会堂に、汚れた悪霊に取りつかれた男がいて、大声で叫んだ。
ルカ 4:34 「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
ルカ 4:35 イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った。
ルカ 4:36 人々は皆驚いて、互いに言った。「この言葉はいったい何だろう。権威と力とをもって汚れた霊に命じると、出て行くとは。」
ルカ 4:37 こうして、イエスのうわさは、辺り一帯に広まった。
◆多くの病人をいやす
ルカ 4:38 イエスは会堂を立ち去り、シモンの家にお入りになった。シモンのしゅうとめが高い熱に苦しんでいたので、人々は彼女のことをイエスに頼んだ。
ルカ 4:39 イエスが枕もとに立って熱を叱りつけられると、熱は去り、彼女はすぐに起き上がって一同をもてなした。
ルカ 4:40 日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た。イエスはその一人一人に手を置いていやされた。
ルカ 4:41 悪霊もわめき立て、「お前は神の子だ」と言いながら、多くの人々から出て行った。イエスは悪霊を戒めて、ものを言うことをお許しにならなかった。悪霊は、イエスをメシアだと知っていたからである。
◆巡回して宣教する
ルカ 4:42 朝になると、イエスは人里離れた所へ出て行かれた。群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた。
ルカ 4:43 しかし、イエスは言われた。「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」
ルカ 4:44 そして、ユダヤの諸会堂に行って宣教された。