家庭礼拝 2016年10月5日Uテサロニケ2:13-3:5祈ってください

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起 

先週の箇所では、不法の者、滅びの子についてのパウロの警告が書かれていました。それは主の日は既に来てしまったのだから、もう今の生活を続ける必要はないのだというような話を広めて、人々に動揺を与え、慌てふためいて、日常がおろそかになってしまう人々が出てしまったことに対して、騙されてはいけない、真理を信じないで不義を喜んでいるものはみな裁かれるのだと警告したのです。

それに対して、今日の聖書の箇所では、救いに選ばれた者の生き方について書かれています。信仰者としてどのように生きていったらよいのかを、パウロの勧めとして書かれています。これは私たちクリスチャンがどのように生きていったらよいのかを示している励ましの言葉です。

そして、3章に入って、パウロは私たちのために祈ってくださいと、パウロが一方的に意見を言うだけではなく、今度はテサロニケの人々の前にへりくだって、祈ってくださいとお願いしているのです。これがパウロのすごい所です。パウロがどんなに謙遜な人であったのか、そして、互いに祈ることが、どんなに大きな神様の力と恵みを受けることになるのかを教えているのです。この時、パウロはコリントにいました。そしてそこでの宣教に多くの困難を覚えていたのです。そしてその宣教がうまくいくようにと、テサロニケの人々に祈ってくださいとお願いしているのです。パウロは、人間は一人で生きられるものではなく互いに支え合って、神様の恵みによって生きるものであることを教えてくれているのです。

では、本文に入りましょう。パウロはテサロニケの教会の人々の事をこの様に語りました。13節と14節です。

2テサ 2:13 しかし、主に愛されている兄弟たち、あなたがたのことについて、わたしたちはいつも神に感謝せずにはいられません。なぜなら、あなたがたを聖なる者とする“霊”の力と、真理に対するあなたがたの信仰とによって、神はあなたがたを、救われるべき者の初穂としてお選びになったからです。

2テサ 2:14 神は、このことのために、すなわち、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせるために、わたしたちの福音を通して、あなたがたを招かれたのです。

パウロは、今まで語ってきた、主に愛されない滅びの子たちのことから、今度は主に愛されている兄弟たちについて語りました。パウロはその人々の事をいつも神様に感謝せずにはいられませんと言いました。それはそのテサロニケの人々が福音を信じて、神様を信じる者になったからというよりも、神様がテサロニケの信徒たちを救われるべきものとして、選んでくださったからというのです。テサロニケの信徒たちは、霊の力と真理とを受け入れたので、神様はその信じる者達を聖なるものとしてくださって、その人々を救われるべきものとして選んでくださったのです。私達は、クリスチャンになれたことを感謝するのではありません、神様が私たちを選んでクリスチャンとしてくださったことに感謝するのです。

神様は、主を信じる者達を、主イエス・キリストの栄光にあずからせるために、福音と言う招待状をもって、招かれたのです。その招待状である福音を信じる者は、その招きにあずかり、信じないものはその招きにあずかることはなかったのです。いずれにしても、テサロニケの教会の人々は、神様から救われるものとして選ばれたのです。そのことをパウロは神様に心から感謝しているのです。

その神様から選ばれたものが、どのように生きるべきかをパウロは語りました。15節です。

2テサ 2:15 ですから、兄弟たち、しっかり立って、わたしたちが説教や手紙で伝えた教えを固く守り続けなさい。

それは、偽りの言葉に惑わされることなく、しっかりと立って、パウロ達が説教や手紙で伝えた教えを固く守り続けなさい、と言いました。それは、現代の私たちにとってみれば、どのような事にも惑わされることなく、ただ聖書の言葉にしっかりと立って、その教えを固く守り続けなさい、と言う事です。ですがそれは言葉でいうほど簡単な事ではありません、それを実行しようとして、挫折してしまいそうになります。それほど私たちは強い人間ではないからです。無理をすればパリサイ人のような律法主義者になってしまいます。良いクリスチャンになろうとしても、なかなか思い通りにはいかないのです。そのことをパウロも良く知っていたのです。ですから自分の力で行うのではなく、神様の力に頼りなさい、その恵みを受け取りなさいと教えました。そしてパウロ自らが祈りによってこのように祈ったのです。16節と17節です。

2テサ 2:16 わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、

2テサ 2:17 どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。

 パウロの言う、しっかり立って、パウロの教えてくれた教えを固く守り続けなさい、と言う事に対して、私たちが困難の中にあっても、そのことを行うことが出来るようにパウロは主イエスと神様とに祈ってくださいました。まず、イエス様は私たちの主であると言い、神様は私たちを愛して永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えて下さる方であると宣言してから、イエス様と神様に、「どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。」と祈って下さったのです。パウロは祈りの力を信じていました。ですから、主と神様とが、あなた方の心を励まし強めてくださいますように、と祈ったことは必ず実現すると信じていたのです。ですから自分たちの力ではできないかもしれないと思っていることでも、神様が導いてくださって、実現させて下さると信じることが出来るのです。きっと、テサロニケの人々はパウロの祈りに励まされ、強められて、いつも良い働きをし、良い言葉を語るものとなったに違いないのです。私たちもそうありたいと願うものです。

さて、パウロはテサロニケの教会の人々が、パウロの教えてくれた教えを固く守り続けることが出来るように、主イエス様と神様にお祈りをささげた後で、今度は、私たちのためにも祈ってくださいと、テサロニケの教会の人々にお願いしたのです。祈りとはこのように互いに祈り支え合うものなのです。私は一人で祈るから大丈夫というようなものではないのです。神様から見れば、信仰の厚いものも薄いものも同じなのです。3章の1節と2節を見てみましょう。

2テサ 3:1 終わりに、兄弟たち、わたしたちのために祈ってください。主の言葉が、あなたがたのところでそうであったように、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように、

2テサ 3:2 また、わたしたちが道に外れた悪人どもから逃れられるように、と祈ってください。すべての人に、信仰があるわけではないのです。

パウロが祈ってほしいとお願いしたことは二つありました。一つは、テサロニケで福音が速やかに述べ伝えられたように、今パウロが宣教しているコリントでも速やかに述べ伝えられ崇められるように祈ってほしいと言う事でした。パウロはコリントの宣教に苦労をしていたのです。ですから、テサロニケでうまくいったようにコリントでもうまくいくように祈ってほしいとお願いしたのです。

もう一つは、やはりコリントの宣教に関係していることですが、パウロ達が道に外れた悪人どもから逃れられるように、祈ってほしいと言っているのです。パウロ達の宣教はいつも危険を伴っていました。それに敵対する悪人どもがいつ襲ってくるかもしれない状況だったのです。その様な精神的肉体的圧迫から解放されて、自由に宣教できるようにさせて下さいと言う事がパウロ達の願いだったのです。この二つをパウロはテサロニケの教会の人々に願ったのです。

この祈りの願いは、パウロがテサロニケの教会の人々に寄せる信頼の大きさを表しているものでもありました。パウロは、私はあなたたちをこんなにも信頼している、だから私の命ずることをきっと実行してくれるでしょうと、その期待をにじませながら次の言葉を語るのです。4節と5節です。これはさらに次の6節からの強い命令の布石となる言葉なのです。それは、こうなります。

2テサ 3:4 そして、わたしたちが命令することを、あなたがたは現に実行しており、また、これからもきっと実行してくれることと、主によって確信しています。

2テサ 3:5 どうか、主が、あなたがたに神の愛とキリストの忍耐とを深く悟らせてくださるように。

 パウロは、私たちが命令することをあなた達が現に実行しており、と言いましたが、それは2章15節の言葉です。「ですから、兄弟達、しっかり立って、私たちが説教や手紙で伝えた教えを固く守り続けなさい。」という命令を、現に実行していると言っているのです。そして、4節の言葉はさらに、「また、これからも実行してくれることと、主によって確信しています。」と続きますが、それはこれから語る6節からの命令の実行の事を含めて語っているのです。その命令をもきっと実行してくれるに違いないと確信していると言っているのです。

この様にパウロは、テサロニケの教会の人々に強く期待したり、命令したりした後には、その実現を神様に祈るのです。そして祈りによって人々を励ますのです。その祈りとは、「どうか、主が、あなたがたに神の愛とキリストの忍耐とを深く悟らせてくださるように。」という祈りでした。そしてこの祈りに続く、新たな命令が次の6節から続くのです。それは次回の話となります。

 パウロはテサロニケの人々を導くのに、強い命令の言葉をも使いましたが、そのような命令をするときには、必ず、祈りをも共に備えるのです。その命ずることが、神様の力と恵みとによって、成し遂げられるようにと言う祈りを備えるのでした。その祈りの力を、パウロは十分知っていたからでした。ですから、パウロはコリント宣教の事がうまくいくように、テサロニケの人々に祈ってほしいと願いました。これはパウロの神様のみ前にいかに謙遜であったかを物語っています。そしてそのことは、パウロがいかにテサロニケ教会の人々を信頼していたかを表すものでもありました。このように教会は互いに祈りで支え合って、発展していったのです。


(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、パウロは必死になってテサロニケの教会の人々を導こうとしました。でも最後はいつも祈りとなっています。私たちが、種を蒔いたり、水をあげたりすることはできますが、それを育てて下さるのは神様以外にはないのです。ですから、パウロは神様に、その命じたことが実現されるようにと祈るのです。私達もまた、力のないものです。自分の力でできることなどほんの少しの事です。ですからそこに神様の力が働いてくださることを祈りつつ、その成長を神様に委ねるのです。神様がどのように成長させてくださるのかを、希望を持って見守っていくのです。

私達もまた、神様に祈りをもって委ねていくことが出来ますように。その実現を信じていくものでありますように。この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(新約聖書:◇テサロニケの信徒への手紙一)>>

◆救いに選ばれた者の生き方

2テサ 2:13 しかし、主に愛されている兄弟たち、あなたがたのことについて、わたしたちはいつも神に感謝せずにはいられません。なぜなら、あなたがたを聖なる者とする“霊”の力と、真理に対するあなたがたの信仰とによって、神はあなたがたを、救われるべき者の初穂としてお選びになったからです。

2テサ 2:14 神は、このことのために、すなわち、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせるために、わたしたちの福音を通して、あなたがたを招かれたのです。

2テサ 2:15 ですから、兄弟たち、しっかり立って、わたしたちが説教や手紙で伝えた教えを固く守り続けなさい。

2テサ 2:16 わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、

2テサ 2:17 どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。

◆わたしたちのために祈ってください

2テサ 3:1 終わりに、兄弟たち、わたしたちのために祈ってください。主の言葉が、あなたがたのところでそうであったように、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように、

2テサ 3:2 また、わたしたちが道に外れた悪人どもから逃れられるように、と祈ってください。すべての人に、信仰があるわけではないのです。

2テサ 3:3 しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。

2テサ 3:4 そして、わたしたちが命令することを、あなたがたは現に実行しており、また、これからもきっと実行してくれることと、主によって確信しています。

2テサ 3:5 どうか、主が、あなたがたに神の愛とキリストの忍耐とを深く悟らせてくださるように。