家庭礼拝 2016年9月21日Uテサロニケ1:1-12キリスト来臨と裁き
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起
この第二の手紙は第一の手紙が書かれてから数ヶ月後に書かれたものとされています。あまりに短い間に、同じ人に同じような内容の手紙を書くだろうかという疑問があって、これは後の時代に第一の手紙をまねて書かれたものではないかと言う説もあるくらいです。ですが、パウロは第一の手紙を出した後に、それでも、不安を持つテサロニケの人々のために、再度同じような内容の手紙を出したのではないかとも言われているのです。
パウロの書簡を読むときには、この手紙の前には、相手からどんな手紙を受け取って、そしてこの回答の手紙を出しているのだろうかと言う事を推測することは大切な事です。というのも、パウロの手紙は、相手の質問や疑問や不安にこたえる形で手紙を書いていることが多いからです。そのパウロの回答の背後に、どんな内容の質問があったのかが分かれば、より一層その説明が生きてくるのです。
承
では、いつものように最初の挨拶から見ていきましょう。1節と2節です。
2テサ 1:1 パウロ、シルワノ、テモテから、わたしたちの父である神と主イエス・キリストに結ばれているテサロニケの教会へ。
2テサ 1:2 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
ここに書かれているあいさつ文は、第一の手紙とほとんど同じです。手紙の差出人も同じ3人で、パウロ、シルワノ、テモテとなっています。シルワノとは第一の手紙の時も説明しましたが、パウロと一緒に宣教活動をしていたシラスの事です。二人は一緒にこのテサロニケの教会に来て宣教活動をしたので、テサロニケの教会の人々も良く知っているのです。そして、テモテは、あとでパウロと合流して、パウロの使いとして、テサロニケの教会を訪れ、その様子をパウロに知らせたのです。その話をもとにして、第一の手紙は書かれました。ですから、テモテの事も、テサロニケの教会の人々はよく知っていたのです。ですからこの手紙もまた、3人の名前で出されていますが、実際にこの手紙の内容を語っているのはパウロで、パウロは目が悪いので、多分テモテに口述筆記させて書かせているのです。
第一の手紙の時は、テモテから知らされたテサロニケの教会の状況が思っていたよりも良かったのでパウロは喜びました。そして、異端の教えに流されないように、正しい信仰の在り方を、熱心に説明し、励まし、祈ったのです。
ですがそこから帰ってきたテサロニケの教会の手紙の返事は多分、まだ不安に満たされ、自信の無いものだったのではないかと思います。自分たちの信仰が本当にこれでいいのだろうかという疑問を持ちつつパウロに問いかけていたのではないかと思います。ですからパウロはそれに惑わされることのないように、テサロニケの教会の人々を励ましているのです。3節から5節を読んでみましょう。
2テサ 1:3 兄弟たち、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。また、そうするのが当然です。あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっているからです。
2テサ 1:4 それで、わたしたち自身、あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。
2テサ 1:5 これは、あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠です。あなたがたも、神の国のために苦しみを受けているのです。
テサロニケの教会の人々はどんな、不安を訴えたのでしょうか。このパウロの回答から読み取れるのは、自分たちの信仰が果たして成長しているのだろうか、迫害の中で怯えている自分たちの信仰は、本当に神の国にふさわしいものとなっているだろうか、というものではなかったでしょうか。それに対してパウロはあなた方の信仰は大丈夫です。その事を私はいつも神様に感謝しています。それは、あなた方の信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛があなた方全ての間で豊かになっているからです、と言って励ましました。そして、今あなた方が受けている迫害と苦難の中で、あなた方は立派に忍耐と信仰とを示しているので、その事を諸教会の間で誇りに思っていますと答えました。神の国のために苦しみを受けているのは、神の国にふさわしいものとして、神様が判定しているからですよ、神の国のために苦しみを受けないものこそ、ふさわしくないものなのですよと、その苦しみを前向きにとらえることを語ったのです。私達は、苦しみを受けないことを信仰の果実と考えているところがありますが、そうではないのです。むしろ、神の国のために苦しみを受けること、その事を信仰をもって喜んで受けることこそ、その信仰が良しとされている証拠なのです。
テサロニケの人々は、自分たちを苦しめるあの人たちはどうなるのでしょうか、とパウロに尋ねたのかもしれません。パウロはこう答えました。6節と7節です。
2テサ 1:6 神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、
2テサ 1:7 また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。主イエスが力強い天使たちを率いて天から来られるとき、神はこの報いを実現なさいます。
パウロの答えは因果応報です。神様は正しい事を行われるから、あなた方を苦しめる者には苦しみを、そして苦しみを受けているあなた方には休息を与えて下さると言うのです。主イエスが、天使達と共に天から来られるときに、その報いが実現すると言うのです。その報いはすぐに実現すると言うよりも、主イエスの再臨の時に実現するからその時を辛抱強く待ちなさいと言うのです。
転
そして、パウロは主イエスの再臨の時に、どのように現れるのかを、次のように写実的に表現しています。8節から10節です。
2テサ 1:8 主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。
2テサ 1:9 彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう。
2テサ 1:10 かの日、主が来られるとき、主は御自分の聖なる者たちの間であがめられ、また、すべて信じる者たちの間でほめたたえられるのです。それは、あなたがたがわたしたちのもたらした証しを信じたからです。
イエス様は、燃え盛る火の中を来られると言います。きっとこの世が滅亡しすべてが消え去ろうとしている時を現しているのではないかと思います。その時に、神様を認めない者や、主イエスの福音に聞き従わないものに罰を与えると言うのです。それはどのような罰かと言うと、主の前面から退けられ、その栄光に輝く力から切り離される、というのです。すなわち、神様から完全に見捨てられると言うのです。そして、永遠の破滅と言う刑罰を受けるだろうと言うのです。その刑罰は永遠に続くのです。一方、主を信じる者達は、主が来られるときに、主をあがめ主をほめたたえるのです。主を信じたものの報いは主を崇めほめたたえることが出来ることなのです。それは、パウロ達のもたらした証しを信じることによって、その様に褒め称えるものとなることが出来たのです。心から賛美することほど、主を信じる者にふさわしい報いはないのです。
パウロはテサロニケの教会の人々が、神を信じないものではなく神を信じ主に従うものとなることを強く願っていました。それで、その事が成就するように、パウロはいつも祈っていると言いました。11節と12節です。
2テサ 1:11 このことのためにも、いつもあなたがたのために祈っています。どうか、わたしたちの神が、あなたがたを招きにふさわしいものとしてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように。
2テサ 1:12 それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです。
パウロはテサロニケの教会の人々が、神様を信じ崇め、主に従うものとなることをいつも願い祈っていると言いました。そして手紙の中でもこう祈ったのです。「どうか、わたしたちの神が、あなたがたを招きにふさわしいものとしてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように。」それは、神様が、あなた方を、神様の招きにふさわしいものとしてくださるように、というお祈りでした。私たちは、神様に招かれて、信仰することができ、教会に集うことが出来るのです。神様が招いてくださらなければ、自分の力ではどうしようもない事なのです。それがあって初めて、神様の御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きが、成就しますようにと祈っているのです。成就するのは、自分の欲望が満たされるのではなく、善を求める願いであり、信仰にもとづく願いなのです。利己的な願いが成就されるわけではありません。ですから願うときには、自分が今どんな願いをかなえてもらおうとしているのかを吟味する必要があるのです。
というのも、私たちの願いが成就するとき、神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられるようになるためであるからなのです。その願いがかなえられた時、喜ぶのが、その人だけではなく、それを叶えて下さった方をほめたたえ喜ぶようなことを、神様は喜んで成就してくれると言うのです。ですから、祈りとは、それを実現してくださる神様が褒め称えられるような、祈りでないと成就しないと言う事です。そして、神様が成就してくださる祈りを捧げるとき、それは、あなたがたも主によって誉れを受けるようになる、と言う事なのです。神様が褒め称えられることは、自分が誉を受けることであり、自分が誉を受けることは、神様が褒め称えられることなのです。そうでなければ神様は、私たちの願いを成就してはくださらないのです。
結
パウロは、テサロニケの教会に第一の手紙を出して、あまり時間が立たないうちに、又第二の手紙を出しました。きっと第一の手紙を見て、本当に自分たちはこれで大丈夫なのだろうかと言う不安がまだ残っていたのだと思います。パウロは改めて、テサロニケの教会の人々を励まし、力づけました。そして、あなたたちの信仰は大丈夫ですよ、神様から認められ受け入れられていますよ、私もあなたたちのために祈っていますよと励まし続けたのです。テサロニケの教会の人々は、こんなにも苦難が続くのは自分たちの信仰が間違っているからではないのかと思ったのかもしれません。ですがパウロはそれに対して、「これは、あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠です。あなたがたも、神の国のために苦しみを受けているのです。」と言って、その苦難が神様から受け入れられている証拠だと言って励ましたのです。私達もまた、苦難があると罰を受けているのではないかと思い、楽をしていると恵まれているのではないかと思ってしまいます。ですが、パウロは苦難こそ神の国にふさわしいものとされている証拠であると言っているのです。私たちも喜んで苦難を受け入れられる勇気ある信仰者でありたいと思います。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。パウロはテサロニケの人々に、第二の手紙を出して励まし続けました。苦難を悪い意味にではなく、神様に正しく受け入れられている証拠として受け入れ喜ぶようにと勧められました。これを聞いたテサロニケの教会の人々はきっと、大変喜びに包まれたと思います。そして、何の迷いもなくその苦難を受け入れ、主の再臨の時を希望を持って待ち望んだのではないかと思います。神様どうか私たちも、祈りによって、恵みを与えられるだけではなく、苦難をも喜んで受け入れる信仰が与えられますように。
この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇テサロニケの信徒への手紙一)>>
◇テサロニケの信徒への手紙二
◆挨拶
2テサ 1:1 パウロ、シルワノ、テモテから、わたしたちの父である神と主イエス・キリストに結ばれているテサロニケの教会へ。
2テサ 1:2 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
◆キリスト来臨と裁き
2テサ 1:3 兄弟たち、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。また、そうするのが当然です。あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっているからです。
2テサ 1:4 それで、わたしたち自身、あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。
2テサ 1:5 これは、あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠です。あなたがたも、神の国のために苦しみを受けているのです。
2テサ 1:6 神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、
2テサ 1:7 また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。主イエスが力強い天使たちを率いて天から来られるとき、神はこの報いを実現なさいます。
2テサ 1:8 主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。
2テサ 1:9 彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう。
2テサ 1:10 かの日、主が来られるとき、主は御自分の聖なる者たちの間であがめられ、また、すべて信じる者たちの間でほめたたえられるのです。それは、あなたがたがわたしたちのもたらした証しを信じたからです。
2テサ 1:11 このことのためにも、いつもあなたがたのために祈っています。どうか、わたしたちの神が、あなたがたを招きにふさわしいものとしてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように。
2テサ 1:12 それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです。