家庭礼拝 2016年9月14日Tテサロニケ5:12−28結びの言葉

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今日で、テサロニケ第一の手紙は終わります。これが終わったら、第二の手紙を学びます。パウロの手紙によくあるように、手紙の最後には挨拶が書かれています。そしてそこにはよくあるように励ましや勧めの言葉が書いてあります。ですが、よく見るとちょっと興味深いことが分かります。この結びの言葉の小見出しのある所にいろいろな勧めが書いてあるのですが、そこには勧めの強さが、はっきりとレベル分けして書かれているのです。

まず最初は、「お願いします」というお願いの言葉での勧めですから、これはパウロからのテサロニケの教会に対するお願いなのです。それは強いるものではないが、あなた方のため私達のためにその様にしてくれたらうれしいと言う事です。その次に書かれているのは、「勧めます」という言葉です。ここにはこのようにした方が良いですよと言う、パウロの積極的な希望的意思が伝わってきます。その次は、「祈りです。」テサロニケ教会の事を神様に祈るのですが、当然そこにはテサロニケの人々にこうなってほしいという状況が祈られているのです。それも一つの勧めと理解できるのです。そこには、パウロのために祈ってくださいと言う事も言われています。そして最後は、「主によって強く命じます」という言葉です。これは必ず行いなさいと言う命令ですから、勧め以上のものです。

この様に、パウロは手紙の最後に、テサロニケの教会の人々に行ってほしい勧めの言葉を、お願いの段階から強い命令まで、はっきりと分けて語っているのです。これを聞いたテサロニケの人々は、何が一番大事なのか、その次には何をしなければならないのかをはっきりと知ることが出来たのではないかと思います。パウロはいろいろと、勧めたり語ったりするので、あまりに多くの事を言われると何から手をつけたらいいのかわからなくなりますが、パウロはそこを、優先順位が分かるように、はっきりと区分けして語っているのです。この時代の人の、勧め方にしては、かなり現代的な感じがします。

それでは、この最後の結びの言葉の中から、最初の勧めの言葉の中の、お願いの部分を見てみましょう。12節と13節です。

1テサ 5:12 兄弟たち、あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主に結ばれた者として導き戒めている人々を重んじ、

1テサ 5:13 また、そのように働いてくれるのですから、愛をもって心から尊敬しなさい。互いに平和に過ごしなさい。

 ここでパウロがお願いしているのは、教会のリーダーたちを重んじてください。愛をもって心から尊敬してください。そして、リーダーと争うことなく互いに平和に暮らしてください、という、教会のリーダーに対する心遣いをお願いしているのです。この教会のリーダーの事を、パウロは、あなた方の間で労苦し、主に結ばれたものとして導き戒めている人々、と語っています。きっと、このような教会のリーダーと信徒の間にはいろいろな摩擦や問題があったのだと思います。リーダーの人々は、信徒を導いたり戒めたりしているのですが、それを気に入らなくて、非難する人々も居たし、反発し軽蔑する人もいたのかもしれません。ですが、そのようなリーダーの苦労を理解して、愛をもって尊敬して下さい、とお願いしているのです。どうしてお願いと言う言葉を使っているかと言うと、パウロ自身もこの教会を導き戒めているリーダーの一人だからです。自分がそこに含まれているので、それは自分に従いなさいと言うのではなく、お願いですから、尊敬して、従ってくださいとお願いしているのです。そして次に語る勧めの言葉をも、そのような気持ちで聴いてくださいとお願いしているのです。

この様にお願いをしてから、パウロはいよいよテサロニケの教会の人々に対する、勧めを本格的に語り出します。まず最初の勧めです。14節と15節です。

1テサ 5:14 兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。

1テサ 5:15 だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。

このパウロの勧めは、教会内の人間関係に関する勧めです。その人間関係から逃げないで、しっかり対応しなさいと言う勧めなのです。その人々と言うのはどのような人々かと言うと怠けている者達、気落ちしている者達、弱い者たちに対して、どのように対応したらよいかを勧めているのです。どうしてこのような事を言うかと言うと、パウロ達が伝えてきた教えが、いつの間にか外部から入って来た異端的な考え方に振り回され始めたからです。ここで言われている、怠けている者達とは、そのような異端的な教えに流されて、正統的なキリスト教の教えから離れて行ってしまった人々の事です。ですからそのような人たちに対しては、きちんと戒めなさい、そのまま放っておいてはいけないと言う意味なのです。 気落ちしている人に対しては励ましなさいと勧めています。何に気落ちしているかと言うと、再臨の日がなかなかやって来ないし、その異端的な教えを信じる人々、はそんなものは来るはずもないと言って息巻いているからです。ですからそのような気落ちしている人には、再臨の日が必ず来る、たとえ死んでも復活してその日に巡り合えると励ましなさいと言う事なのです。そして弱い者たちを助けなさい、と言いました。弱いものとは、自分の考えを持つことが出来ず、いつも回りに影響され振り回されている人々の事です。これも異端の教えに対してなのです。その様に振り回されて、苦しんでいる人々を助けなさいと教えているのです。そしてこのような戒め、励まし、助けをする場合には、すぐに結果を求めないで、忍耐強く、支えてあげなさいと言う事をパウロは勧めているのです。

そしてその時大切なのは、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい、と言う事です。それは復讐の連鎖に入ってしまうからです。そこからは何も良いものが生まれてこないのです。クリスチャンの周りには迫害や中傷がたくさんありましたのでそれに対して、同じような方法で対抗しようとすることは、クリスチャンのやり方ではないのです。パウロが教えるのは、どのような状況であっても、「お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。」と言う事なのです。これがキリスト教の教えなのです。

そして、自分自身の戒めについてはパウロは次のようにテサロニケの教会の人々に教えたのです。この言葉はとても有名なので多くの人が座右の銘として、そしていろいろな色紙に書かれた言葉として、記憶にあることと思います。16節から22節です。

1テサ 5:16 いつも喜んでいなさい。

1テサ 5:17 絶えず祈りなさい。

1テサ 5:18 どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。

1テサ 5:19 “霊”の火を消してはいけません。

1テサ 5:20 預言を軽んじてはいけません。

1テサ 5:21 すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。

1テサ 5:22 あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。

 パウロは、周りにはいろいろな問題や苦難があるかもしれない。それでもこのようにしなさいと言ってテサロニケの教会の人々に勧めた言葉です。その中でも16節から18節はよく知られた言葉で、好きな言葉にしている人も多いと思います。パウロは、いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんなことにも感謝しなさいと教えました。しかもこれは、キリスト・イエスにおいて神様があなた方に臨んでおられることです、と教えました。これは単なるパウロの勧めではなく、神様が望んでおられることなのです。この事がどのような状況で言われているかと言うと、テサロニケの人々が、非難と中傷と苦難の中にある時にこの言葉が言われているのです。ですから、この言葉は、喜べないようなときにも喜び、祈れないようなときにも祈り、感謝できないようなときにも祈りなさいと言う事です。そしてそれは自分の力でするのではなく、イエス様の恵みと導きとによって、イエス様に委ねてそのようにしなさいと言う事なのです。それが神様がテサロニケの人々に、そして私たちに望んでおられることなのです、とパウロは言うのです。

 そしてパウロは続けて、霊の火を消してはならない、預言を軽んじてはならない、良いものを大事にしなさい、悪いものから遠ざかりなさいと言いました。これはその異端の思想で霊など信じない、預言など信じない、もっと論理的なものすなわちギリシャ的な考え方にあったものを信じなさい、と教えているその教えに対抗して言っていることなのです。信仰にとって、霊的なもの預言的なものは大切な事なのです。これがなければ、イエス様の言葉も信じられないのです。ですから、パウロはその様な良いものを大事にしなさい、そして異端的な悪い教えからは遠ざかりなさいと教えているのです。

 ここまでは、パウロの勧めでした。是非こうして欲しいと言う思いをパウロはテサロニケの人々に語ったのです。そして次からはパウロの祈りに入ります。パウロはテサロニケの人々に大切な事を教えるだけでなく、神様の力が働いてくださって、テサロニケの人々が完全な人になるようにと、神様に祈るのです。私たちも、他の人にこの様にしてほしいと勧めた後は、神様にそれが実現して下さいますようにと祈るのが正しいのでしょう。それではその祈りの23節を読んでみましょう。そしてその祈りに関連した24節から26節も一緒に読みましょう。

1テサ 5:23 どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。また、あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように。

1テサ 5:24 あなたがたをお招きになった方は、真実で、必ずそのとおりにしてくださいます。

1テサ 5:25 兄弟たち、わたしたちのためにも祈ってください。

1テサ 5:26 すべての兄弟たちに、聖なる口づけによって挨拶をしなさい。

 パウロのテサロニケの教会に対する祈りは、あなた方を全く聖なるものとしてくださいますように、というものでした。私たちは人のために祈る時、その人に必要なものが満たされるようにとか、困難が取り除かれるようにとか、幸せになるようにとか祈ることがあります。でもパウロの祈りは全く違っていました。それは、聖なるものとなるようにと言う祈りでした。そして、霊も魂も体も何一つ欠けたものの無いものとなり、主の再臨の時には、非の打ち所の無いものとして下さいますようにと言う祈りでした。これほど、他の人に対して完璧な人となりますようにと祈ることが出来るのでしょうか。私たちは、人間はどうこう言っても、不完全なものであり、欠けの多いものであり、罪深いものだと言う思いでいっぱいなので、たとえ人の事であっても、その様に完全な聖なる人となることが出来るようにと祈ることなどできないのです。ですが、パウロは恐れることなくその事を神様に祈っているのです。それをして下さるのは、平和の神様ご自身がそうしてくださるのだから、そのような思いもよらない祈りを捧げることが出来るのです。それほど、パウロは神様の事を信頼しているのです。その事を、パウロは、「あなたがたをお招きになった方は、真実で、必ずそのとおりにしてくださいます。」と確信を持って言っているのです。ですから、そのような神様の恵みにあずかるために、パウロはテサロニケの人々に、「兄弟たち、わたしたちのためにも祈ってください。」とお願いするのです。このようにお願いするのは、パウロが謙遜にテサロニケの人々の信仰を信頼しているからと言うよりも、神様の力がそれほど絶大だから、テサロニケの人々が祈ってくれるその祈りで、神様はパウロ自身を聖なる完全なものにして下さると信じているのです。

そして最後にこう言ったのです。26節から28節です。

1テサ 5:26 すべての兄弟たちに、聖なる口づけによって挨拶をしなさい。

1テサ 5:27 この手紙をすべての兄弟たちに読んで聞かせるように、わたしは主によって強く命じます。

1テサ 5:28 わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたと共にあるように。

 パウロは、兄弟たちに聖なる口づけによって挨拶しなさいと言いました。これは聖徒の交わりをしなさい、もう、主の再臨の時が近いのだから、主に喜ばれる聖なるものとして過ごしなさいと言う事です。そして、最後に強く命令したのです。今までのような、お願いでも勧めでもありません。強い命令でありそれは主によってなされる命令です。それは何かというと、「この手紙をすべての兄弟たちに読んで聞かせるように、」と言う事でした。このパウロの手紙は、パウロ個人の手紙ではないのです。それは聖霊によって、神様がパウロに書かせた手紙なのです。ですからこの命令は主による命令なのです。必ず兄弟達と一緒に読んでその神様の御心を知るようにと言う命令なのです。そしてパウロの手紙は、「わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたと共にあるように。」と言う祝福の言葉で終わっています。 

 パウロはやっと、心配でたまらなかったテサロニケの人々の様子をテモテから聞いて、大いに喜びました。テサロニケの教会の人々は、パウロの教えた信仰をしっかりと持って苦難にも耐えて、主の日の来るのを待っていたのです。ですが、そこにはギリシャ文化に影響された、異端思想も入り込んできて、テサロニケの教会の人々は間違った方向に行きそうになっていたのです。そこで、パウロはこの手紙を書いて、いろいろな勧めと教えと励ましとを与えました。この手紙は、新約聖書の中で、一番最初に書かれたものです。また福音書もない時代に書かれたものです。この手紙はパウロの命令するように、「この手紙をすべての兄弟たちに読んで聞かせるように、」と言った言葉通りに、聖書の言葉として残ったのです。そして今の私達にも読んで聞かせる言葉となっているのです。それは神様の御心だったからです。

 


(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、パウロが命じたように、このテサロニケの手紙は聖書の言葉として、信徒の間に語り継がれてきました。そこには正しい信仰を伝えるために、パウロの熱心な思いが語られています。そこには苦難もありましたが喜びと希望もありました。どうか私達もまた、パウロの言葉のように、いつも歓んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんなことにも感謝しなさい、という神様が望まれている言葉をいつも心に抱いて、正しい信仰の道を歩んでいくことが出来ますように。あなたにすべてをゆだねることが出来ますように。

この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

 

<<聖書の箇所(新約聖書:◇テサロニケの信徒への手紙一)>>

◆結びの言葉

1テサ 5:12 兄弟たち、あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主に結ばれた者として導き戒めている人々を重んじ、

1テサ 5:13 また、そのように働いてくれるのですから、愛をもって心から尊敬しなさい。互いに平和に過ごしなさい。

1テサ 5:14 兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。

1テサ 5:15 だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。

1テサ 5:16 いつも喜んでいなさい。

1テサ 5:17 絶えず祈りなさい。

1テサ 5:18 どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。

1テサ 5:19 “霊”の火を消してはいけません。

1テサ 5:20 預言を軽んじてはいけません。

1テサ 5:21 すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。

1テサ 5:22 あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。

1テサ 5:23 どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。また、あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように。

1テサ 5:24 あなたがたをお招きになった方は、真実で、必ずそのとおりにしてくださいます。

1テサ 5:25 兄弟たち、わたしたちのためにも祈ってください。

1テサ 5:26 すべての兄弟たちに、聖なる口づけによって挨拶をしなさい。

1テサ 5:27 この手紙をすべての兄弟たちに読んで聞かせるように、わたしは主によって強く命じます。

1テサ 5:28 わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたと共にあるように。