家庭礼拝 2016年9月7日Tテサロニケ4:13−5:11主は来られる

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起 

先週の箇所では、「兄弟達、神に喜ばれる生活をしなさい。聖なるものとなりなさい。そして、私が命じておいたように、落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように務めなさい、」と教えました。というのも、主の再臨の時が近い、この世での生活ももう終わりだと浮足立った考え方が広まっていたからでした。そして、それに伴って色々な不安や疑問も出てきたのです。

今日の聖書の箇所では、パウロがテサロニケの人々に、終末の時、主の再臨の時の事を熱心に教えています。それも具体的にありありと教えています。テサロニケの人々は、パウロが以前にも教えてくれた、主の再臨の事をはっきりと覚えていました。そしてその日が、もうすぐやって来ると信じていたのです。ですから中には、もう仕事もしないで、その事だけを考えて、浮足立って生きている人々もいたのです。ですが、年老いた人の中には、自分が生きている内に主はやって来られないかもしれない、もし自分が死んだならどうなるのだろうと心配する人々もいたのです。実際に主の再臨を待ち望みつつ、それに間に合うことなく先だった人もいたのです。テサロニケの人々は、そのような信仰者はどうなるのだろうか。いくら熱心に主を待ち望んでも、それに間に合わなかったら、救われないのだろうかという不安を感じる人々もいたのです。

パウロはこのようなテサロニケの人々の疑問に答えるように、この主の再臨の事を書いているのです。そして安心しなさい。主を信じる者は、生きているものも死んだものも皆救われます。ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励まし合い、お互いの向上に心がけなさい、と励まし続けたのです。

この時点では、パウロ自身も主の再臨が間もなくやって来ると考えていたようです。パウロの答えるその手紙の中にも、そのような切迫感が伝わってきます。この手紙には、主の再臨に関する大切なことがいろいろと語られています。私たちもこの事を意味をしっかりと受け止めていきたいと思います。

パウロはまず、テサロニケの人々の大きな疑問についてまず答えます。13節です。

1テサ 4:13 兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。

その疑問と言うのは、主の再臨を待ち望みながらも、既に眠りについてしまった人、すなわち死んでしまった人たちはどうなるのか、という疑問です。パウロは、その事については、希望を持たない他の人々の様に嘆き悲しんではいけない、ぜひ次の事を知ってほしいと、詳しく語り始めました。それは死者の復活の事についてでした。14節から18節です。

1テサ 4:14 イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。

1テサ 4:15 主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。

1テサ 4:16 すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、

1テサ 4:17 それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。

1テサ 4:18 ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。

 パウロはまず、イエスが死んで復活されたことを言いました。それを私たちは信じています、と言いました。そして、神様は同じように、イエス様を信じて眠りについた人たちをも、イエス様と一緒に導きだしてくださる、というのです。まず、イエス様の復活を信じ、そして次にイエス様を信じて眠りについた人々の復活を信じるのです。

そして、パウロは旧約聖書に書かれている、主の再臨の時の事を語り聞かせます。それは、まず合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。と、語り出しました。これはパウロが聖霊によって教えられたことを言っていると言うよりも、旧約聖書にもとづいて語っているのです。そしてその時死んだ人々の復活が起こると言うのです。パウロはこう言います。「すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。」このように、まず死んだ人たちが復活し、次に生きている者たちが、復活した人々と一緒に雲に包まれて引き上げられて、空中で再臨の主と出会うのだと言うのです。死んだ人たちの復活が優先されているのです。そして、「このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。」と、信じる者たちが生きているものも死んで復活したものも何時までも主と共に居ることが出来ると教えたのです。これほど具体的に終末の時の再臨の主との出会いが描かれているところはありません。テサロニケの人々は、この言葉を聞いて、その事をありありと思い描いたと思います。そしてたとえ再臨の前に自分たちが死んだとしても復活して、再臨の主に出会えるのだ、そして救われるのだと喜んだと思います。そしてパウロは、今述べた言葉によって励まし合いなさい、と希望をもって励まし合う事を教えたのです。

そしてパウロはテサロニケの人々にその再臨の時がいつやって来るのかを語りました。5章の1節から3節までです。

1テサ 5:1 兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。

1テサ 5:2 盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。

1テサ 5:3 人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。

パウロは、その時と時期についたはあなた方には書き記す必要はありませんと言いました。それは人間にはわからないからです。イエス様でさえもこう言いました。マルコによる福音書13章の32、33節には「その日、その時は、誰も知らない。天使達も子も知らない。父だけがご存知である。気を付けて目を覚ましていなさい。そのときがいつなのか、あなたがたにはわからないからである。」と言っているのです。イエス様でさえも知らない、神様だけが知っていると言っているのです。そしてイエス様が教えて下さったように、その時は、「盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。」と言いました。いつかは分からないが必ずやって来ると言うのです。そんなことを忘れてしまって、その時はもう来ない、もう無事だ、安全だと言っているその矢先に、突然破滅が襲うと言っています。その事をパウロは、私たち人間が妊婦と同じように、その時の生みの苦しみを通り過ぎなければならないことを言っているのです。

 ですがパウロは、イエス・キリストを信じる者は信じないものとは違う事が起きることを言います。何が違うのかと言えば、信じる者は光の子であり、信じないものは暗闇にいるものだと言うのです。4節から6節です。

1テサ 5:4 しかし、兄弟たち、あなたがたは暗闇の中にいるのではありません。ですから、主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはないのです。

1テサ 5:5 あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。

1テサ 5:6 従って、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。

この様に、光の子の信者たちは暗闇にいるのではなく、昼の中にいるのです。ですから、その主の日が、盗人のように突然あなた方を襲う事はないと言います。それは日々信仰によって、主のもとにある覚悟が出来ていると言う事だと思います。その信仰によって生きることをパウロは、「ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。」と言って信仰によって聖なる生き方をすることを励ましているのです。

そしてパウロはその事を別の表現で、こうも言いました。7節と8節です。

1テサ 5:7 眠る者は夜眠り、酒に酔う者は夜酔います。

1テサ 5:8 しかし、わたしたちは昼に属していますから、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶり、身を慎んでいましょう。

信仰の無いものは、夜の闇の中で、主が来られることを知らずに眠り、酒に酔うもの、すなわちこの世の事に捉われて、良い気持ちになっているものは、その闇の中で酔っているので、この人たちも主が来られることを知らずに酔っているだろうと言うのです。ですが、イエス・キリストの信仰を持つものは昼に属していると言います。信仰と愛とを胸当てとして付けて、救いの希望を兜としてかぶって、いつもその時に備えて、身を慎んで、主のこられるのを待ち望むことが出来るのだと言うのです。闇にいる者のように眠りこけたり、酒に酔ったりすることなくしっかりと目を覚まして、待ち望むことが出来るから、決してその時は突然やって来るようなものではないと教えているのです。

パウロがこのように、主の再臨の時、裁きの時を語ると、中にはその時を恐れる人々もいたのではないかと思うのです。パウロは、主の再臨は決して私たちを裁くためではなく、救いにあずからせるためにあるのですよと、その事の意味を教えました。9節から11節です。

1テサ 5:9 神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。

1テサ 5:10 主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。

1テサ 5:11 ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励まし合い、お互いの向上に心がけなさい。

 パウロはテサロニケの信者たちを安心させようとしてこう言いました。「神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。」私たちは主の日は裁きの日だと思い、その時に多くの苦しみがやって来るかもしれないので、その日は来ないでほしいと思っているところがあります。ですがパウロは、神様は私たちを怒りで滅ぼされようとしているのではなく、イエス・キリストの救いにあずからせようとしているのですよ、主の日は救いの日なのですよと言いました。それは、イエス様が私たちのために死なれたからであって、そのため、私たちは生きていても死んでいても主と共に生きることが出来るようになったのですよと教えました。ですから主の日を恐れることなく、待ち望みなさい、そして互いに励まし合い、互いに向上するように心がけなさいとテサロニケの信者を励まし続けました。

 主の再臨については、人間の考えではなかなかわからないところがあります。誰もこの事をはっきりと説明できる人はいないのです。ですが一つだけイエス様も、パウロもはっきり言っていることは主の再臨は必ず起こる、と言う事です。それが、いつ、どこで、どのように起こるのかは分かりません。私たちは、イエス様が語り、パウロが語った、この主の再臨を待ち望み、たとえ死んでも主と共に生きる信仰の歩みを目指していくものです。そのためには、パウロが言うように、私達もまた、「信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶり、身を慎んで」この人生を歩んでいきたいと思うのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。主の再臨の事は、頭で考えてもなかなか分かるものではありません。それはいつ来るのかは、誰もわかりません。ですが、パウロはその日は必ず来る。盗人が夜やって来るように、来ると言います。それはイエス様も同じように言いました。神様、私たちはその事についてははっきりとわかりませんが、私たちはその日が来ても驚くことも、逃げることもせずに、その日が、私たちの救いのために用意されている日であることを信じて、その日を待ち続けることが出来ますように。その日は私たちがたとえ死んでもやってきます。どうかその事を受け入れ信じていくことが出来ますように。そして、あなたと共にある日を待ち望むことが出来ますように。

この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

 


<<聖書の箇所(新約聖書:◇テサロニケの信徒への手紙一)>>

 ◆主は来られる

1テサ 4:13 兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。

1テサ 4:14 イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。

1テサ 4:15 主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。

1テサ 4:16 すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、

1テサ 4:17 それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。

1テサ 4:18 ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。

1テサ 5:1 兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。

1テサ 5:2 盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。

1テサ 5:3 人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。

1テサ 5:4 しかし、兄弟たち、あなたがたは暗闇の中にいるのではありません。ですから、主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはないのです。

1テサ 5:5 あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。

1テサ 5:6 従って、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。

1テサ 5:7 眠る者は夜眠り、酒に酔う者は夜酔います。

1テサ 5:8 しかし、わたしたちは昼に属していますから、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶり、身を慎んでいましょう。

1テサ 5:9 神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。

1テサ 5:10 主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。

1テサ 5:11 ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励まし合い、お互いの向上に心がけなさい。