家庭礼拝 2016年8月24日Tテサロニケ3:1−13テサロニケ再訪の願い

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起 

今日の聖書の箇所では、パウロがどんなにテサロニケの教会の事を心にかけ心配しているかを語っています。何とか再びテサロニケの教会を訪れて、教会の人々を励まし導きたいと願っているのです。と言うのもテサロニケの教会の人々は、まだ信仰に入ったばかりなのに、多くの苦難と迫害に直面しているからです。

パウロが、テサロニケで迫害に会いギリシャのアテネまで逃れるようにしてやって来てアテネで宣教を始めていましたが、そこでの宣教もあまりうまくは行っていませんでした。一方で、テサロニケの教会の事がとても心配でしたが、体は一つしかありません。どうしようもなくいたところに、テモテとシラスがアテネにいたパウロと合流し、やっと身動きが出来るようになったのです。パウロは自分がアテネに残ることにして、テモテをテサロニケに派遣して、テサロニケの教会の人々を励まし、そしてテサロニケの教会の人々の状況をパウロに伝えることが出来たのです。テモテが伝えてくれたテサロニケの状況は、パウロが思っていた以上に、素晴らしい状況でした。テサロニケの教会の人々は、その迫害や苦難にもかかわらず、信仰を固く保ち、しっかりとイエス・キリストを信仰していたのです。パウロは、この事を聞いて喜びに溢れました。そして、パウロ自身が再び、テサロニケに行く道を神様が開いてくださいますようにと祈っているのです。これが今日の聖書の概要です。それでは聖書に沿って、一つ一つ読み解いていきたいと思います。

最初にパウロはどうしてテモテをテサロニケの教会に派遣したのかの理由を語ります。1節から3節です。

1テサ 3:1 そこで、もはや我慢できず、わたしたちだけがアテネに残ることにし、

1テサ 3:2 わたしたちの兄弟で、キリストの福音のために働く神の協力者テモテをそちらに派遣しました。それは、あなたがたを励まして、信仰を強め、

1テサ 3:3 このような苦難に遭っていても、だれ一人動揺することのないようにするためでした。わたしたちが苦難を受けるように定められていることは、あなたがた自身がよく知っています。

 テサロニケの教会の事が心配でたまらないパウロは、合流したテモテとシラスとで相談して、テモテをテサロニケの教会に派遣することにしました。そのテモテの事をパウロは、「キリストの福音のために働く神の協力者テモテ」と呼んでおり、パウロの重要なパートナーであることを印象付けました。そしてその派遣の理由とは、「それは、あなたがたを励まして、信仰を強め、このような苦難に遭っていても、だれ一人動揺することのないようにするためでした。」と語っています。テモテの使命は、テサロニケの教会の人々が、信仰を強めて、迫害のような苦難にあっても、誰一人動揺することの無いようにすることなのです。しかもパウロは、わたしたちが苦難を受けるように定められていることは、あなたがた自身がよく知っています、とさえ言っています。私たちが信仰に入る目的は、多くの場合苦しみから解放されて、喜びに満たされたいからだと思います。もっと楽に人生を歩んでいきたいと思うからではないでしょうか。ですが、パウロは、テサロニケの人々に、あなた方が信仰に入れば、きっと苦難がやって来ると伝えているのです。テモテの使命も、その苦難の中でも誰一人として動揺しない信仰を保つようにさせるためなのです。どうしてこんなことが起こり得るのでしょうか。それはその苦難の向こう側に、その苦難以上のすばらしい喜びを希望として持つことが出来るからなのです。この世での苦しみがどんなに激しいものであっても、神の国で与えられる喜びに比べたら耐えられるものであるとの希望が与えられているからなのです。私たちの信仰にもこのような強い希望が与えられているのです。ですから、この世でのつまらない困難などは一切無視して、神様に委ねる生活をして、将来に大いなる希望を抱いて行けばいいのです。

 そしてパウロはさらにこう言ったのです。4節から5節です。

1テサ 3:4 あなたがたのもとにいたとき、わたしたちがやがて苦難に遭うことを、何度も予告しましたが、あなたがたも知っているように、事実そのとおりになりました。

1テサ 3:5 そこで、わたしも、もはやじっとしていられなくなって、誘惑する者があなたがたを惑わし、わたしたちの労苦が無駄になってしまうのではないかという心配から、あなたがたの信仰の様子を知るために、テモテを派遣したのです

パウロはこう言うのです。「あなたがたのもとにいたとき、わたしたちがやがて苦難に遭うことを、何度も予告しました。そしてその通りになったのです。」と言うのです。信仰すれば楽しい喜びの生活が出来ると教えられた人に、信仰のために苦難が訪れるならば、裏切られたと思って、すぐにその信仰を捨てるでしょう。ですがパウロは、最初から正直に、あなたたちは信仰を得れば、苦難が与えられるでしょう。ですが忍耐しなさい、あなた方は神の国ではその何倍もの喜びが与えられるのです、と教えられたので、たとえ苦難が来たとしても、その後にくる大きな喜びのために堪えることが出来るし、苦難が来たことによって、パウロの言葉がますます正しく真実であると言う事を教えてくれるようになったのです。

パウロは、預言したとおりにその苦難があなた方にやって来たでしょうと言いつつ、テサロニケの教会の人々の事が心配でしょうがなかったのです。誘惑するものが教会の人々を惑わし、信仰から離れさせてしまうのではないかと、心配したのです。それで、テサロニケの教会の人々の信仰の様子を知るために、テモテを派遣しましたとその派遣の理由を述べたのです。

さて、派遣されたテモテは、テサロニケの教会の現状についてどのように報告してきたでしょうか、それが6節に書かれています。

1テサ 3:6 ところで、テモテがそちらからわたしたちのもとに今帰って来て、あなたがたの信仰と愛について、うれしい知らせを伝えてくれました。また、あなたがたがいつも好意をもってわたしたちを覚えていてくれること、更に、わたしたちがあなたがたにぜひ会いたいと望んでいるように、あなたがたもわたしたちにしきりに会いたがっていることを知らせてくれました。

テサロニケから帰って来たテモテの報告は、心配していたパウロにとって、うれしい知らせでした。その信仰と愛とが、素晴らしい状態を保っていたのです。そしてテサロニケの人々はパウロの事をいつも好意をもって覚えていてくれたのです。苦難のために怨んでいるようなことはなかったのです。そしてパウロが会いたいと思っているように、テサロニケの教会の人々も会いたがっていると言う事を、テモテはパウロに知らせたのです。

この様なテモテからの嬉しい知らせを受けて、パウロは自分の喜びをこの様に語ったのです。7節から10節です。

1テサ 3:7 それで、兄弟たち、わたしたちは、あらゆる困難と苦難に直面しながらも、あなたがたの信仰によって励まされました。

1テサ 3:8 あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです。

1テサ 3:9 わたしたちは、神の御前で、あなたがたのことで喜びにあふれています。この大きな喜びに対して、どのような感謝を神にささげたらよいでしょうか。

1テサ 3:10 顔を合わせて、あなたがたの信仰に必要なものを補いたいと、夜も昼も切に祈っています。

 パウロはこの知らせを受けて、とても励まされたのです。パウロは色々な困難と苦難の中にありましたが、テサロニケの人々の信仰の確かさを聞いて、とても喜び励まされたのです。そして「あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです。」と言いました。パウロは、私たちは生きていると言える、という表現を用いましたが、これは私たちにとってそれは大きな生き甲斐です、と言っていることと同じです。何が生き甲斐となったのでしょうか、それはテサロニケの人々が主にしっかりと結びついていることがパウロの苦難の生活の中で、生き甲斐となった、生きる支えとなったと言う事なのです。さらに言えば、たとえパウロの命がなくなったとしても、あなたたちが信仰を持ち続けるならば私は生きている、とさえ言っているようです。

パウロは、神の御前で、あなた方の事で喜びにあふれていると言いました。パウロは神様に祈りつつ、大きな喜びと感謝を感じながら祈っていたのです。そして、どのような感謝を捧げたらよいかわからないほどだったのです。そしてパウロは、テサロニケの人々に、なんとか顔を合わせて話をすることができ、テサロニケの人々の信仰に必要なものを補うことが出来ますようにと、夜も昼も切に祈っていたのです。

 そしてパウロは、たまらなくなって、ついにこの手紙の中で、テサロニケの人々のために祈りはじめました。11節から13節です。

1テサ 3:11 どうか、わたしたちの父である神御自身とわたしたちの主イエスとが、わたしたちにそちらへ行く道を開いてくださいますように。

1テサ 3:12 どうか、主があなたがたを、お互いの愛とすべての人への愛とで、豊かに満ちあふれさせてくださいますように、わたしたちがあなたがたを愛しているように。

1テサ 3:13 そして、わたしたちの主イエスが、御自身に属するすべての聖なる者たちと共に来られるとき、あなたがたの心を強め、わたしたちの父である神の御前で、聖なる、非のうちどころのない者としてくださるように、アーメン。

 パウロが、テサロニケの人々のために祈ったことは三つありました。

一つ目は、神様とイエス様が、パウロがテサロニケに行く道を開いてくださり、再会することが出来ますようにと言う事です。それほどパウロはその再会を願っていたし、テサロニケの人々も願っていたのです。

二つ目は、主が、あなた方をお互いの愛とすべての人への愛とで、豊かに満たしてくださいますように、と言う事でした。苦難の中で恐れや敵意に満たされるのではなく、すべての人への愛で満たされることを願ったのです。それはパウロ達がテサロニケの人々を愛しているように、テサロニケの人々がすべての人々を愛することが出来るようにと言う事でした。この言葉はイエス様の言葉を思い出させます。イエス様は、私が愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさいと言ったのです。互いに愛し合いなさいだけなら、旧約の中でも言われてきたことですが、私が愛したようにと言うのが、新約の中で言われたことなのです。それをパウロは、同じように、私たちがあなた方を愛しているように、と言ったのです。

三つめは主の再臨の時に、神のみ前で、聖なる、非の打ち所の無いものにして下さるように、と言う事でした。パウロの期待は、信仰者が皆、非の打ち所の無いもの、聖なるものとなることなのです。もしかすると私たちの信仰は中途半端かもしれません。ここまでの覚悟が出来ていないのです。それほど主の再臨を重く受け取ってはいないのです。ですがパウロが語るのは再臨の時に非の打ち所の無いものとなるようにと言う事でした。それほど切実に再臨を待ち望んでいるからこそ、この世での苦難、苦しみを受けても信仰を離れることはなかったのです。私たちも見習わなければならないことだと思います。

 パウロは、テモテを通して、テサロニケの人々の信仰の状況を知らされて、大きな喜びに満たされました。テサロニケの人々は、多くの迫害や困難にもかかわらず、その信仰をしっかりと保ち、互いに愛し合う生活をしていたのです。パウロの喜びは頂点に達して、そして祈りとなったのです。神様がまた再会できる道を開いてくださるように、これからもパウロのようにイエスキリストの愛に満たされるように、再臨の時に非の打ち所の無いものとなるように、と祈ったのです。パウロの祈りは聞かれます。ですから私達も恐れずに私たちに必要なものを祈り、相手に必要な事を祈り求めていこうではありませんか。私たちにはできなくても、共に居て下さる神様がそれを叶えて下さるのです。それを信じるのが信仰です。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、私たちもあなたの御前に非の打ち所の無い、聖なるものとなって、御国に入ることが出来ますように。自分にはできないと思わず、私たちと共にあって導いてくださる神様に委ね、あなたが求めておられることを求めていくことが出来ますように。それが神の業であることを知ることが出来ますように。この世においてはどのような困難苦難があってもその先に大いなる希望があることを信じて、イエス様が教えて下さったように、互いに愛し合い、全ての人々を愛する者となることが出来ますように。そしてあなたの栄光を現すことが出来ますように。

この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

 


<<聖書の箇所(新約聖書:◇テサロニケの信徒への手紙一)>>

1テサ 3:1 そこで、もはや我慢できず、わたしたちだけがアテネに残ることにし、

1テサ 3:2 わたしたちの兄弟で、キリストの福音のために働く神の協力者テモテをそちらに派遣しました。それは、あなたがたを励まして、信仰を強め、

1テサ 3:3 このような苦難に遭っていても、だれ一人動揺することのないようにするためでした。わたしたちが苦難を受けるように定められていることは、あなたがた自身がよく知っています。

1テサ 3:4 あなたがたのもとにいたとき、わたしたちがやがて苦難に遭うことを、何度も予告しましたが、あなたがたも知っているように、事実そのとおりになりました。

1テサ 3:5 そこで、わたしも、もはやじっとしていられなくなって、誘惑する者があなたがたを惑わし、わたしたちの労苦が無駄になってしまうのではないかという心配から、あなたがたの信仰の様子を知るために、テモテを派遣したのです。

1テサ 3:6 ところで、テモテがそちらからわたしたちのもとに今帰って来て、あなたがたの信仰と愛について、うれしい知らせを伝えてくれました。また、あなたがたがいつも好意をもってわたしたちを覚えていてくれること、更に、わたしたちがあなたがたにぜひ会いたいと望んでいるように、あなたがたもわたしたちにしきりに会いたがっていることを知らせてくれました。

1テサ 3:7 それで、兄弟たち、わたしたちは、あらゆる困難と苦難に直面しながらも、あなたがたの信仰によって励まされました。

1テサ 3:8 あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです。

1テサ 3:9 わたしたちは、神の御前で、あなたがたのことで喜びにあふれています。この大きな喜びに対して、どのような感謝を神にささげたらよいでしょうか。

1テサ 3:10 顔を合わせて、あなたがたの信仰に必要なものを補いたいと、夜も昼も切に祈っています。

1テサ 3:11 どうか、わたしたちの父である神御自身とわたしたちの主イエスとが、わたしたちにそちらへ行く道を開いてくださいますように。

1テサ 3:12 どうか、主があなたがたを、お互いの愛とすべての人への愛とで、豊かに満ちあふれさせてくださいますように、わたしたちがあなたがたを愛しているように。

1テサ 3:13 そして、わたしたちの主イエスが、御自身に属するすべての聖なる者たちと共に来られるとき、あなたがたの心を強め、わたしたちの父である神の御前で、聖なる、非のうちどころのない者としてくださるように、アーメン。