家庭礼拝 2016年7月27日Tテサロニケ1:1−10
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起
新約聖書の中で一番最初に書かれたものは何だかわかるでしょうか。4つの福音書よりもパウロの手紙の方が先に書かれていたことは知っていても、どの手紙が最初だったかまで言える人はあまりいません。実は今日学ぶ、このテサロニケの信徒への手紙が、現存する一番最初の手紙なのです。もちろんこの手紙が書かれた時代には、まだ福音書というものはなかったのです。
このテサロニケと言う町は、ローマ帝国のマケドニア州の首都だったのです。マケドニアと言うのはギリシャの北側にある国で、あの有名なアレキサンダー大王が出た国です。パウロはアジアでの宣教、主には今のトルコの地域ですが、そこから海を越えていよいよヨーロッパでの宣教に入ろうとしているのです。その足掛かりになるのがこのテサロニケです。このテサロニケには温泉が沢山湧き出ていて、もともとの名前は温泉と言う意味のテルマイと言う名前でした。その後、カサンドロス王が自分の妻でありアレクサンダー大王の妹でもあるその名前をとってテサロニケと名前を付け替えました。
このテサロニケは東の小アジアと西のヨーロッパを結ぶ幹線道路の上にありましたので、ここでの文化的、宗教的影響はすぐに世界中に広まりやすいと言う状況にありました。ですから、パウロはここに宣教し教会を作ろうとしたのです。パウロはこのテサロニケで長い期間宣教をしたのではありません。実はたったの3週間ほどしかいなかったのです。と言うのも、この地で宣教を始めるとすぐにユダヤ人たちの迫害にあったのです。そのことが使徒行伝17章1−10節に書かれています。そこを読んでみましょう。
◆テサロニケでの騒動
使 17:1 パウロとシラスは、アンフィポリスとアポロニアを経てテサロニケに着いた。ここにはユダヤ人の会堂があった。
使 17:2 パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、
使 17:3 「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証した。
使 17:4 それで、彼らのうちのある者は信じて、パウロとシラスに従った。神をあがめる多くのギリシア人や、かなりの数のおもだった婦人たちも同じように二人に従った。
使 17:5 しかし、ユダヤ人たちはそれをねたみ、広場にたむろしているならず者を何人か抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ、ヤソンの家を襲い、二人を民衆の前に引き出そうとして捜した。
使 17:6 しかし、二人が見つからなかったので、ヤソンと数人の兄弟を町の当局者たちのところへ引き立てて行って、大声で言った。「世界中を騒がせてきた連中が、ここにも来ています。
使 17:7 ヤソンは彼らをかくまっているのです。彼らは皇帝の勅令に背いて、『イエスという別の王がいる』と言っています。」
使 17:8 これを聞いた群衆と町の当局者たちは動揺した。
使 17:9 当局者たちは、ヤソンやほかの者たちから保証金を取ったうえで彼らを釈放した。
この様に、テサロニケでの宣教を始めて間もなくパウロ達を迫害する暴動が起きたために、パウロ達は、ベレヤと言う町に移って宣教し、さらにはギリシャのアテネへと行ったのです。そしてこの手紙を書いたころは、当時のギリシャの最大の都市コリントにいてこのテサロニケの信徒への手紙を書いたのです。たった3週間しかいなかったテサロニケに信徒はいたのでしょうか。それがいたのです。わずかな信徒であり、しかもしっかりとその信仰が根付かないうちにパウロ達が去ってしまったので、パウロはその信徒たちの事が心配だったのです。正しく信仰が受け継がれているかどうかが心配だったのです。それで、テモテを自分の代理として、テサロニケに派遣して様子を見てもらって来たのです。そしてその様子に気がかりなことが二つあったのです。一つは、ギリシャ文化の影響を受けて、情欲の誘惑が強いと言う事、もう一つはイエス・キリストの再臨信仰に関する理解が不十分で、間違った言動をしている人々がいたと言う事です。この事を正すために、このテサロニケ人への手紙が書かれたのでした。
この手紙はパウロの現存する最初の手紙ですが、ここにもパウロ独特の手紙の書き方があります。まず挨拶をします。それも自分だけでなく協力者の名前も入れて挨拶をします。そして相手の事を祝福し、神様に感謝します。そして相手の行いや信仰の事をほめます。そしてその後で、注意すべきこと警告すべきことなどを話すのです。いきなりお説教に入るのではなく、まず相手を受け入れて、喜び感謝し、それからこのようにしてくださいと願うのです。そういわれると相手もパウロの話を受け入れやすくなるのだと思います。
承
それでは本文の挨拶から見てみましょう。1節です。
1テサ 1:1 パウロ、シルワノ、テモテから、父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。恵みと平和が、あなたがたにあるように。
パウロは自分の名前だけではなく、シルワノ、テモテと言う協同者の名前も上げて、一人で宣教をしているのではないと言う姿勢を見せています。宣教は教会全体、クリスチャン全体で行っているのです。テモテは、パウロにかわいがられて、いつもパウロと共に行動しているので、パウロの手紙には一番この名前が出てきます。ですから、皆さんも聞き覚えがあると思います。ですがシルワノとは誰でしょうか。シルワノはエルサレム出身で予言の能力を持っていた有力な伝道者であって、マケドニア地方の教会の設立の際にパウロを助けたシラスと同一人物です。シルワノはこのテサロニケの教会設立にもパウロと一緒に働いた人なのです。ですからテサロニケの教会の人々にとってはテモテも、シルワノも、よく知っている人なのです。そしてその3人から、恵みと平和が、あなた方にあるようにと言う祝福の言葉を与えているのです。
そして、パウロ達が、テサロニケの教会の人々の事をどのように思っているのかをまず語りはじめます。2節と3節です。
1テサ 1:2 わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。
1テサ 1:3 あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。
私達は、相手の事を心配しているときに、あなたのためにお祈りしています、と言う事をよく言いますが、パウロの言い方はちょっと違うのです。パウロは、「私たちは祈りのたびに、あなた方の事を思い起こして、神に感謝しています」、という言い方を良くします。祈りの方向が相手に対してではなく、いつも神様に対してなされるのです。いつも神様に感謝するところから始まるのです。そして、パウロの手紙にはいつも出てくる基本的な言葉である、信仰と愛と希望とが出てきます。これに繋がる言葉はいろいろですが、基本は信仰と愛と希望です。ここでは、「信仰によって働き、愛のために労苦し、希望をもって忍耐していることを心に留めています」、と言う事を言っています。パウロが相手を見るときの基準が、この信仰と愛と希望がどうなっているかという点で見ているのです。それが、イエス・キリストに対して、そして神様に対して、どのようになっているのかと言う視点で、相手をしっかりと見ているのです。そしてテサロニケの人々が、信仰と愛と希望とにおいてしっかりと歩んでいることを神様に感謝しているのです。
転
パウロはさらに改まって、神に愛されている兄弟達、と呼びかけてこう言います。それは、あなた方は神様に選ばれた人々なのですよと言う事を自覚させようとしているのです。4節から7節です。
1テサ 1:4 神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。
1テサ 1:5 わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。わたしたちがあなたがたのところで、どのようにあなたがたのために働いたかは、御承知のとおりです。
1テサ 1:6 そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、
1テサ 1:7 マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。
ここに福音を受け取るとはどういうことかが書かれています。福音を聞くとはただ単に言葉で聴くだけではないのです。それを理解したと言う事だけではないのです。それは力と、聖霊と、強い確信によるものなのです。私たちが御言葉を受け取る時には、そのような力と、聖霊と強い確信を受け取るのです。その様な事が起こらなければまだ本当に受け取ってはいないのです。そして、その様に受け取る者は、ひどい苦しみの中にあっても、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れて、パウロ達に倣う者、主に倣う者となるのだと言うのです。そして、この地方のマケドニア州とアカイア州にいる全ての信者の模範となるに至ったのだとパウロは断言するのです。その様にいたった最初の事は、福音を力と、聖霊と、強い確信によって受け入れたことによるのです。後は自然の流れでそうなるのです。その信仰が、自ずと行動となって表れるのです。それは人の模範となるほどのものなのです。
そしてそれからどうなったのかをパウロは続けて語ります。それは、福音と共に、テサロニケの人々がどのように変えられていったのかが、周囲の町々に伝えられていったのです。8節から10節です。
1テサ 1:8 主の言葉があなたがたのところから出て、マケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。
1テサ 1:9 彼ら自身がわたしたちについて言い広めているからです。すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになったか、
1テサ 1:10 更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。この御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りからわたしたちを救ってくださるイエスです。
先ほどの節は、福音がどのようにテサロニケの人々に受け止められたかの話でしたが、今度はその福音がどのようにテサロニケの人々から出て行って広まったかの話になります。それは、マケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対する信仰が至る所で伝えられている、というのです。このテサロニケと言う町が、幹線道路の交通の要衝にあったので、その様に自然とその噂が広まっていくのです。そしていたるところに伝えられるようになったのです。それで、パウロ達はその事に対して、何も付け加えて言う必要がないほどであると言っています。パウロ達が何かを言わなくても、その話を聞いた人たちが、その事に驚いて、彼ら自身が、パウロ達とテサロニケの人々に何が起こったのかを言い広めてくれていると言っているのです。それは、テサロニケの人々が、異教の偶像礼拝からどのように変えられていったのかを語っているのです。それをパウロは具体的にこの様に語りました。それは、
まず、パウロ達がどのように迎えられ受け入れられたか、そして、テサロニケの教会の人々が、どのように偶像から離れて、神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになったか。そして、どのようにイエス・キリストの再臨を待ち望むようになったのかを人々は語り伝えていったと言うのです。そしてパウロは、改めて確認するように、この御子イエス・キリストこそ神様が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りから私たちを救ってくださる方なのですよと、念を押しているのです。
結
パウロにとって、このテサロニケでの宣教は決して満足のいくものではありませんでした。わずか3週間しか滞在することが出来ず、迫害と暴動とによって、他の町に移らざるを得ませんでした。ですが、そこには確かに小さな信仰の芽が出ていたのです。パウロはその信仰の芽を大切に育てようとしました。そしてテモテを遣わして、その様子を聞き、そしてこのようにテサロニケの人々に手紙を書いて、これから注意すべきことを語ろうとしているのです。今日の箇所は、まずその本題に入る前に、テサロニケの人々が、いかにしっかりと福音を受け止めてくれて、その事が周りの町々に言い伝えられているかを聞いて、パウロがいかに喜んでいるかと言うことを語りました。テサロニケの人々を大いに励ましているのです。そしてこれからの信仰に何が大切なのかをこれから語ろうとしているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。今日からテサロニケの信徒への手紙を学ぶことが出来感謝いたします。パウロの最初の書簡です。そこにはパウロの熱心な宣教の思いが語られています。信仰と愛と希望の言葉も既に使われて、テサロニケの人々に語っています。テサロニケの人々に語られた福音は、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったものでした。それは生きた力となって、テサロニケの人々に良き行いをさせるに十分なものとなり、その事が周囲のまちまちで評判になるほどでした。私達の信仰もまた、力と聖霊と、強い確信をもって力強く証しし行動するものでありますように。世の人々に驚きをもって見られるほどの力強さが与えられますように。
この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇テサロニケの信徒への手紙一)>>
◆挨拶
1テサ 1:1 パウロ、シルワノ、テモテから、父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。恵みと平和が、あなたがたにあるように。
◆主に倣う者
1テサ 1:2 わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。
1テサ 1:3 あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。
1テサ 1:4 神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。
1テサ 1:5 わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。わたしたちがあなたがたのところで、どのようにあなたがたのために働いたかは、御承知のとおりです。
1テサ 1:6 そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、
1テサ 1:7 マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。
1テサ 1:8 主の言葉があなたがたのところから出て、マケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。
1テサ 1:9 彼ら自身がわたしたちについて言い広めているからです。すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになったか、
1テサ 1:10 更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。この御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りからわたしたちを救ってくださるイエスです。