家庭礼拝 2016年7月6日コロサイ4章2-18節結びの言葉 

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起 

今日で、コロサイの信徒への手紙は最後となります。パウロはこの手紙の最後に、いろいろパウロに関係した人たちの名前をあげて、コロサイの人々によろしくと言っています。本当に短い言葉の中に、人と人とを結び合わせる、絆を感じさせる言葉です。

パウロの手紙は、単にその教会に宛てただけではなく、それを多くの教会の中で回し読みされていたようです。ですからそこにはその教会独自の事と、信仰独自の事が書かれているのです。そしてその手紙を読んだ人々は、それを自分たちの事として、パウロの手紙を読んでいたのです。

もともとこの手紙は、コロサイの教会に蔓延し始めた、グノーシスと言う異端思想に染まらないように、パウロが正しい信仰の在り方を説いた手紙でした。パウロは残念ながら、このコロサイの教会には一度も行ったことがありませんでした。それどころか、パウロは今獄中にあってこの手紙を書いているのです。ですがそのように不自由な生活の中でも教会を励まし、指導し、一人一人の事情を捉えて、暖かい挨拶を送っているのです。パウロの教えには、教理的な教えをしっかりと説いたうえで、その教理的な教えにのみ捉われることなく、一人一人の生き方を大切にする、人間としての温かさがありました。今日はそのパウロの人柄を感じさせる最後の挨拶の場面となります。

パウロはこの手紙を閉じるにあたって、一つの勧めをしています。それは祈りを大切にしなさいと言う事です。祈りなさいと勧め、祈ってくださいと願っているのです。2節から4節です。

コロ 4:2 目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。

コロ 4:3 同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が御言葉のために門を開いてくださり、わたしたちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、わたしは牢につながれています。

コロ 4:4 わたしがしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈ってください。

パウロが、コロサイの人々に勧めている祈りとは、その祈りの内容よりもその姿勢です。いつも神様の方に心を向けて祈りなさいと言う事です。そして、その祈りは、目を覚まして感謝を込めて、ひたすらに祈ることなのです。集中力の無い漫然とした祈りではなく、心を込め、感謝を込めて、神様に思いを集中して祈りなさいと言う事なのです。この祈りをひたすら祈りなさいと教えました。思いをつくし、力をつくし、精神をつくして祈るのです。目を覚まして祈りなさいと言う事では、イエス様のゲッセマネの祈りの時に、弟子たちが不覚にも眠ってしまったことを思い出します。私達はただ祈ることよりも、本当に目を覚まして神様を見つめて祈ることが求められているのです。

そしてパウロはその祈りを私たちのためにも祈ってくださいと願いました。パウロは今、牢に捕らわれて不自由な生活をしているので、そこから早く解放されるようにと願っていたのでしょうか。パウロが願っているのはそうではないのです。自分の事よりも神様の計画が実現されるように、と祈ってくださいと言う事なのです。神様が御言葉の宣教のために障害を取り除いてくださり、パウロ達が、キリストの秘められた計画、すなわち福音を語ることが出来るように、祈ってくださいと言うことなのです。パウロはその福音宣教のために、私は牢に繋がれているのですとさえ言っているのです。

パウロ程の信仰者が、人々のために祈るだけでなく、自分のためにも祈ってくださいとお願いしているのはとても謙虚な姿勢です。その様に願うのは弱さのしるしと思われるのを嫌って、願わないような人ではないのです。どんな人でも自分一人でできることなど出来ないのです。神様のもとで、一人一人が助け合って生きているのが人間の世界です。ですから、私のためにも祈ってくださいとお願いするのは、私たちが主にあって一つとなるために、大切な事なのです。

そしてその後で、こうも言いました。5節6節です。

コロ 4:5 時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。

コロ 4:6 いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。

 この言葉は、周りがキリスト教を信じていない人々が多い時に、どのように対応していったらよいのかを教えています。それは、私たちが、日本と言う異教の世界の中で、クリスチャンとしての生活をしていくのに似ています。その中で、ある宗派の人々のように、キリスト教のすばらしさを解いて、新しい改宗者を手に入れるように努力するのか、それとも、もっと自然に、その社会に溶け込みながら、キリストの信仰を現しながら生きていくべきなのかを教えているのだと思います。パウロは後者の方を教えているのだと思います。時を良く用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい、という言葉は、性急に信仰へ引っ張り込もうとなどしないで、時間をかけて、じっくりと、あなたの生きざまを見せながら、その人が自然とキリストの教えにひかれていくように、しなさいと言う事だと思います。そして、語る言葉も、直接的な説得の言葉を用いるのではなく、塩で味付けされた快い言葉で語りなさいと教えます。信仰は決して説得されて信じるようになるものではありません。むしろ普段の言葉の中に、キリストの信仰に裏打ちされた、しっかりした言葉を用いなさい、そうすれば、それを聞く人々は、自分が説得されたのではなく、自分でそう考えたのだと思うようになるでしょうと言う事だと思います。そう考えると一人一人に対してどう答えていったらよいのかがわかるでしょうと言うのです。

さて、パウロの手紙はいよいよ最後の挨拶に入ります。いろいろな人の名前をあげて、紹介していきます。まず最初はティキコとオネシモです。7節から9節です。

コロ 4:7 わたしの様子については、ティキコがすべてを話すことでしょう。彼は主に結ばれた、愛する兄弟、忠実に仕える者、仲間の僕です。

コロ 4:8 彼をそちらに送るのは、あなたがたがわたしたちの様子を知り、彼によって心が励まされるためなのです。

コロ 4:9 また、あなたがたの一人、忠実な愛する兄弟オネシモを一緒に行かせます。彼らは、こちらの事情をすべて知らせるでしょう。

 まずティキコです。ティキコはコリントの信徒ではありません。パウロと共に働いていて、パウロが牢に捕らわれている間も、パウロの世話を焼いて、いろいろと事情を知っている人です。ですから、ここに書き表されていない、パウロの様子については、ティキコがいろいろ話すでしょう、と言ったのです。パウロはティキコの事を、主に結ばれた愛する兄弟、忠実に仕える者、仲間の僕です、と言ってコリントに行ってからも、パウロの良き協力者として受け入れてくれるように言っているのです。ティキコは一人で行くのではありませんでした。オネシモも一緒でした。オネシモはコリントにいるフィレモンと言う人の奴隷でしたが、そこを逃げ出して、パウロのところに来ていたのです。ですが、パウロに説得されて、フィレモンのところに帰ろうとしていたのです。ですからティキコはこのオネシモをも無事にコリントのフィレモンのところに連れていく役目も負っていたのです。ですがパウロはオネシモの事を奴隷のオネシモを、と言わずに、忠実な愛する兄弟オネシモを一緒に行かせます、と言いました。そしてどうして帰ることになったのかの事情を、本人がフィレモンにすべて説明するでしょうと言っているのです。この出来事の詳しい事は、同時に出された、フィレモンへの手紙の中に詳しく書かれています。この次の学びとして、この手紙を学んでいきたいと思っています。

つぎには、アリスタルコとマルコの事が書かれています。どちらも、あなた方によろしくと言っていますと、手短に書かれていますが、この二人にも深い背景があります。10節です。

コロ 4:10 わたしと一緒に捕らわれの身となっているアリスタルコが、そしてバルナバのいとこマルコが、あなたがたによろしくと言っています。このマルコについては、もしそちらに行ったら迎えるようにとの指示を、あなたがたは受けているはずです。

 このアリスタルコは、非常に控えめにパウロの世話をずっとしていた人です。決して奴隷ではありません。ですがパウロが捕えられた時、ずっとパウロの側で世話をするためには、パウロの奴隷として登録せざるを得ませんでした。それでパウロの奴隷として、一緒に捕らわれの身となっているのです。パウロのためにどこまでも尽くしていきたいと言う思いが現れています。次にマルコの事が書かれていますが、このマルコはマルコによる福音書を書いたマルコです。ペトロに気に入られて、ペトロからいろいろイエス様の事を聞きながら、このマルコによる福音書を書いたのです。ですが、パウロとバルナバが第一回の伝道旅行に行ったときにバルナバのいとこで、助手として連れて行かれたマルコが、途中で勝手に帰ってしまったことにパウロはとても怒ってしまい、第二回の伝道旅行にもバルナバはマルコを一緒に連れていきたかったのですが、パウロはそれを許さず、別々に行くことになったのです。それ以来、パウロとマルコは仲たがいしていたのですが、この時は、既にパウロとマルコの和解が出来ていたのです。ですが、マルコについての悪いうわさが既に教会に知られていたので、パウロはわざわざ、マルコがもしそちらに行ったら迎える様にとの指示を、あなた方は受けているはずです、と言って、疑わず受け入れるようにと言っているのです。もしこの言葉が無かったら、マルコは仲間として受け入れられなかったかもしれないのです。

このほかにも、私たちにはなじみのない、ユストやエパフラス、ルカやデマスやニンファ、アルキポと言う人の名前も出てきてそれぞれに、よろしく伝えてくださいとかよろしくと言っていますと言って、その交わりの内にあることを語ってます。

この中でも私たちになじみの深いのは、愛する医者ルカと呼ばれたルカです。ルカはルカによる福音書を現したルカであり、病弱なパウロのためにいつも寄り添って、その健康を見ていたのです。そして、彼は、異邦人のための福音書をルカによる福音書として表しました。彼もまた、最後までパウロに寄り添っていた人なのです。

パウロは手紙の最後の方でこのような事を語っています。これはこの手紙がどんな性格のものであるかを語っているものです。16節です。

コロ 4:16 この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください。

 この手紙はコロサイの信徒へあてた手紙なのですが、あなた方のところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように取り計らってください、と言っています。ですからパウロの手紙は、何々の信徒への手紙と名前がついていても、そこだけでなく皆で回し読みをするような性格の手紙だったのです。それはライディキアから回って来る手紙を、あなた方も読んでください、を言うようにまた別の所から回って来る手紙もあるのです。ではラオディキアの信徒への手紙というものがあったのかと言うとそれは何とも言い難く、エペソの信徒への手紙が回って来たのではないかと言う説もあるのです。

そして一番最後にはこう書かれています。18節です。

コロ 4:18 わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します。わたしが捕らわれの身であることを、心に留めてください。恵みがあなたがたと共にあるように。

パウロの手紙は基本的に口述筆記なのです。パウロは目も悪くやっと見える程度だったので、字を書くのも大変でした。ですからパウロが語る言葉を誰かに書き留めてもらって、手紙を書いていたのです。そして一番最後に自分で字を書き署名しているのです。それが、ここで言っている、私パウロが、自分の手であいさつを記します、と言う事です。ここの箇所は自分で書いたのです。そして、自分が捕らわれの身であることを、心に止めて下さい、と言って、祝福の言葉の、恵みがあなた方と共にあるようにと言って、手紙を終えるのです。

 これでコロサイの信徒への手紙が終わりました。コロサイの人々が、間違った信仰へと入り込まないように、パウロは細心の注意をもって、コロサイの人々に忠告しました。そして一人一人をどんなにか思い、信仰の実を結ぶことを願っているかを語りました。そして最後の挨拶には、なんとフィレモンへの手紙のオネシモが出てきたり、マルコ福音書のマルコや、ルカ福音書のルカも出てきました。みんなで、パウロを支えていたのです。パウロの周りには、このように信仰の輪が出来ていました。単に信仰の正当性を語るのではなく、愛によって結ばれた人間同志の、主の前に一つとなった姿が表されているのです。そして強いはずのパウロが、コロサイの人々に、自分は捕らわれの身です、どうか私のためにも祈ってくださいと、皆と同じ立つ位置に立って、言葉を語っているです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。コロサイの信徒の手紙の学びを導いてくださり感謝いたします。パウロの手紙の一つ一つを丁寧に読んできておりますが、どうかこれからもあなたの恵みと導きのもとで、信仰の恵みを与えられますように。そして私たちが、互いに祈り合い、支え合って生きていくものでありますように。どうかあなたの御心がなりますように。

この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 


<<聖書の箇所(新約聖書:◇コロサイの信徒への手紙)>>

◆勧めの言葉

コロ 4:2 目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。

コロ 4:3 同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が御言葉のために門を開いてくださり、わたしたちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、わたしは牢につながれています。

コロ 4:4 わたしがしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈ってください。

コロ 4:5 時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。

コロ 4:6 いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。

◆結びの言葉

コロ 4:7 わたしの様子については、ティキコがすべてを話すことでしょう。彼は主に結ばれた、愛する兄弟、忠実に仕える者、仲間の僕です。

コロ 4:8 彼をそちらに送るのは、あなたがたがわたしたちの様子を知り、彼によって心が励まされるためなのです。

コロ 4:9 また、あなたがたの一人、忠実な愛する兄弟オネシモを一緒に行かせます。彼らは、こちらの事情をすべて知らせるでしょう。

コロ 4:10 わたしと一緒に捕らわれの身となっているアリスタルコが、そしてバルナバのいとこマルコが、あなたがたによろしくと言っています。このマルコについては、もしそちらに行ったら迎えるようにとの指示を、あなたがたは受けているはずです。

コロ 4:11 ユストと呼ばれるイエスも、よろしくと言っています。割礼を受けた者では、この三人だけが神の国のために共に働く者であり、わたしにとって慰めとなった人々です。

コロ 4:12 あなたがたの一人、キリスト・イエスの僕エパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。彼は、あなたがたが完全な者となり、神の御心をすべて確信しているようにと、いつもあなたがたのために熱心に祈っています。

コロ 4:13 わたしは証言しますが、彼はあなたがたのため、またラオディキアとヒエラポリスの人々のために、非常に労苦しています。

コロ 4:14 愛する医者ルカとデマスも、あなたがたによろしくと言っています。

コロ 4:15 ラオディキアの兄弟たち、および、ニンファと彼女の家にある教会の人々によろしく伝えてください。

コロ 4:16 この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください。

コロ 4:17 アルキポに、「主に結ばれた者としてゆだねられた務めに意を用い、それをよく果たすように」と伝えてください。

コロ 4:18 わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します。わたしが捕らわれの身であることを、心に留めてください。恵みがあなたがたと共にあるように。