家庭礼拝 2016年5月25日コロサイ1章1‐8節 神への感謝
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起
フィリピ書に続いて、今日からコロサイ書を学びますが、フィリピ書と同じく4章までしかない短い書簡です。パウロにしては短い書簡ですが、これが普通の手紙だとしたら随分長い手紙だと思います。フィリピはアレクサンダー大王の父フィリッポスが建設した町で、非常に豊かな町でした。ギリシャの北部の海岸近くにありますが、今度のコロサイはトルコの内陸部に位置する小さな町です。紀元前は近くの大きな町のラオディキヤやヒエラポリスと並んで栄えていたのですが、パウロが宣教したころはこの二つの町の繁栄の中にあって、だんだんさびれていった町なのです。そのあと大地震などもあり復興できずに、今ではその場所がどこなのかはっきりとは分からなくなっている小さな町なのです。
パウロは、このコロサイには行ったことがありません。なぜこの町にクリスチャンがおり、教会があったかと言えば、パウロがトルコの西の海岸にあるエフェソで宣教をしていた時に、パウロのところに来てその教えを学んでいった人がいたのです。その人の名は今日の7節に出てくるエパフラスです。このようにパウロのところにきて学んで行って、いろいろな地方にその教えを広めていった人々がいたのです。近くの大都会のラオデキヤやヒエラポリスには家の教会が出来ていました。
パウロはまだ行ったことの無いコロサイの教会ですが、エパフラスから教会の状況を聞いて心配したパウロがこの長い手紙を書いて、正しい信仰を持つようにと語り掛けているのです。パウロのいるエフェソからこのコロサイまでは160kmほども離れていたのですぐに行ける距離ではなかったのです。いったいこのコロサイにはどんな問題があったのでしょうか。教会と言うと、神様に守られて、皆正しい行いをして、問題など起こらなそうに思えるのですが、この聖書に書いてある教会では全て、何らかの問題が起こっています。それも分裂の危機に瀕するような大問題です。でも歴史はそのような問題を乗り越えて、信仰を継承してきました。今の教会でもいろいろな問題があります。理想的な集団を思い描いて教会に来た人は、それ等の問題につまづいて、教会を去っていきます。ですが、教会に問題がなかったことなど今まで一度もなかったのです。何度も何度も問題に突き当たり、信仰をもってその問題と戦いながら共に歩んできたのです。
ではこのコロサイにはどんな問題があったかと言えば、この教会はまず異邦人の教会であったと言う事です。当時ユダヤ人はどこにでもいましたので、この教会の核になる人たちはユダヤ人たちですが、それ以上に異邦人たちが多くて、その人たちの考え方が、教会の教えと対立するようになってきたのです。この地方ではギリシャ的な哲学や宗教の影響を大きく受けているので、必ずしもユダヤ的な信仰の純粋さを保つことは難しかったのです。このコロサイには偽教師がやって来て、悪魔の力を打ち負かすためにはイエス・キリスト以上の何かが必要であり、イエス・キリストだけでは不十分だと教えたのです。この教えはグノーシス派と呼ばれる人々の教えですが、初代教会の色々なところで蔓延していたのです。この教えと戦わなければ、キリストの教えは全くゆがんだものになってしまうのです。
パウロはこの教えと戦うために、コロサイの人々にこの手紙を書きました。パウロの手紙には教会に宛てた手紙と、教会の一部の人たちに宛てた手紙とがあります。それは手紙の出だしのあいさつで分かります。教会全体ではまだ理解できない時には限られた理解できる人たちにこのような手紙を出しているのです。そしてこのコロサイ人への手紙は限られた人々への手紙なのです。
承
では、パウロの最初の挨拶を読んでみましょう。1節と2節です。
コロ 1:1 神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロと兄弟テモテから、
コロ 1:2 コロサイにいる聖なる者たち、キリストに結ばれている忠実な兄弟たちへ。わたしたちの父である神からの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
パウロは、この行った事のも無い、手紙も出したことの無い初対面の人々に自分の意見を言うにあたって、自分はどんな資格でこのような事を言うのかを語っているのです。それは「神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロ」と自己紹介しており、パウロは神様の使徒としての資格でこの手紙を出しますと言っているのです。それは単なる一般的な人の意見とは違うのだと言う事なのです。そしてテモテの名も出てきましたが、フィリピの手紙の時と同じように、テモテは何時もパウロと共に居て、この手紙の口述筆記をしたりして、パウロを支えていました。パウロもテモテもコロサイには行ったことがないのですが、コロサイに教会を作った、エパフラスとは、エフェソでテモテとも懇意になっていたに違いないのです。そのエパフラスからコロサイの教会の人々に兄弟テモテの名前も知らされていたので、パウロの名と一緒に兄弟テモテからという言葉も入ったのだと思います。
そしてこの挨拶からは、この手紙が教会全体に宛てられたのではなく、「コロサイにいる聖なる者達、キリストに結ばれている忠実な兄弟達へ」となっていますから、この教会にはまだキリストとしっかり結ばれておらず、むしろキリストに敵対するような人々もいたのではないかと思います。パウロはまず、このような、キリストに結ばれている忠実な信者に対して、この手紙を書いて励まそうとしているのです。そして困難にあるこれらの信者に対して、わたしたちの父である神からの恵みと平和が、あなたがたにあるように、と祝福しているのです。
転
さて、パウロは挨拶が終わって、パウロがこのコロサイの信徒のためにどのように思っているかを語り始めました。3節と4節です。
コロ 1:3 わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。
コロ 1:4 あなたがたがキリスト・イエスにおいて持っている信仰と、すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。
パウロは、初めに「わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。」と言いました。パウロはまだ見知らぬ人々のために祈り、神様に感謝をしていると言うのです。このような言葉を聞いて、コリントの人々は、きっとパウロの事をとても身近に感じたと思うのです。どうして、パウロが神様に感謝しているかと言うと、それは、「あなたがたがキリスト・イエスにおいて持っている信仰と、すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。」と言うのです。この信仰と愛、これこそがパウロが何よりも大切にしているものです。パウロの書簡にはこの言葉が繰り返し語られています。コリントの教会にいる人々の内で、しっかりとイエス・キリストに繋がる信仰を持っている人々がおり、その愛をもって信仰をしている人々の事を聞いて、パウロはとても喜んだので、神様に感謝したと言うのです。いったい誰がこの信仰を伝えたのでしょうか。それはエパフラスだと思います。エパフラスはコリントとエフェソのパウロとの間を取り持って、いつもその状況をパウロに教えていたのです。そして、教会の中に間違った教えを教える人々もいるが、正しい信仰をもって、イエス・キリストに従っている人々もいることを教えたのです。そして、偽教師たちに悩まされていることを伝えたのだと思います。
そして、パウロはこのコリントの人々が持ち続けた信仰と愛がどのようなものであるかを5節でこのように言うのです。
コロ 1:5 それは、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました。
その信仰と愛は、あなた方のために天に蓄えられている希望に基づくものである、というのです。信仰者の持っているキリストに対する信仰と、人に対する愛は自分で考えだして出てくるものではなく、天に対する希望によって生まれてくるものだと言う事です。その希望とは何かというと、福音と言う真理の言葉、それは神様が私たちの罪を赦され、愛してくださっていると言う希望に基づくものなのです。この希望があるから、人はキリストに対する信仰と人に対する愛を迷うことなく実践することが出来ると言う事なのです。
ここでパウロの良く語る言葉、信仰と愛と希望と言う言葉のセットがそろいました。これはキリスト教信仰を語るうえでよく用いられてきました。「信、望、愛」と言う言葉を筆で書いて掛け軸にしている人もいます。英語で書かれた「Faith,Hope,Love」と言う壁掛けをかけている人もいます。この言葉は多くの人々に愛され、信仰の指針とされてきました。私たち信仰者は、キリストに対する信仰と人々に対する愛に生きるものなのです。そしてそれは福音によって、神様の許しの恵みが与えられていると言う希望があるからなのです。
そしてパウロはこの福音についてこう言うのです。6節から8節です。
コロ 1:6 あなたがたにまで伝えられたこの福音は、世界中至るところでそうであるように、あなたがたのところでも、神の恵みを聞いて真に悟った日から、実を結んで成長しています。
コロ 1:7 あなたがたは、この福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました。彼は、あなたがたのためにキリストに忠実に仕える者であり、
コロ 1:8 また、“霊”に基づくあなたがたの愛を知らせてくれた人です。
コロサイの人々に伝えられた福音は、同じように世界中で、実を結んで成長していると言うのです。それは神様の恵みを聞いて真に悟った日から、その実を結び成長しているのです。そしてコロサイの人々には、あなた方はこの福音をエパフラスから学びましたと、語っています。コロサイの教会はエパフラスがエフェソでパウロからその信仰を学んで、コロサイに伝えたのです。そしてパウロはこのエパフラスの事を、私たちと伴に仕えている仲間、愛する者、あなた方のためにキリストに忠実に仕える者と言って、高く評価しました。そして、その指導に従うようにと促しているのです。さらには、“霊”に基づくあなたがたの愛を知らせてくれた人とも伝えています。エパフラスはコリントの人々の愛が霊的に高められていることをパウロに伝えていたのです。
エパフラスは、コロサイにキリストの信仰を伝えるとともに、教会の状況をパウロに詳しく伝え、教会に起りつつある問題をも相談して、コリントの教会が、正しい信仰の道を歩んでいくことが出来るようにと用いられた人なのです。
世界中で、教会はこのようなエパフラスのような人々、テモテのような人々によって支えられて、その実を結んできたのです。エパフラスやテモテは教師でも伝道師でもありません。ですが、パウロを支え、パウロの教えを伝えて、教会の発展に尽くしてきた人たちなのです。教会はこのような目立たない人々によって、今日まで支えられてきたのです。
結
パウロはコロサイの教会には行った事がありませんでした。ですが、エパフラスはパウロの教えを受けながら、コロサイにキリストの福音を伝えるために大きな働きをしました。ですが、教会にはいつも何かしら問題が起こるものです。コロサイの教会にも異邦人問題が起こり、異端的教えが力を持つようになってきたのです。パウロは、コロサイの正しい信仰を持つ人々に手紙を出して、励ましました。そして、この人々が信仰と愛と希望をもって、正しい信仰を歩んでいることを聞いて喜んだのです。この人々が、ますますまっすぐに進み実を結ぶために、エパフラスは地道な働きを続けました。私たちも自分では何もできないとは言っても、エパフラスのように、人と人との仲立ちをする事は出来るかもしれません。いや、神様が用いて下さるのだから、きっとできるのだと思います。神様がそのように用いて下さることを祈ろうではありませんか。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、コロサイの手紙を学ぶことが出来て、感謝いたします。パウロは信仰と愛と希望とについて語りました。私達はイエス様に対する信仰と人々に対する愛と神様による希望によって生きるものです。私たちの生きる世界は人間の世界だけではありません。いつもイエス様を見上げ、神様を見上げて生きる世界が与えられています。神様どうか、これからも私たちがそのような信仰を持ちつつ、この世にあっては愛を持って歩んでいくことが出来ますように導いてください。そして、エパフラスのように、あなたに用いられて、人々をあなたへと導くものとなることが出来ますように用いてください。この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇コロサイの信徒への手紙)>>
◇コロサイの信徒への手紙
◆挨拶
コロ 1:1 神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロと兄弟テモテから、
コロ 1:2 コロサイにいる聖なる者たち、キリストに結ばれている忠実な兄弟たちへ。わたしたちの父である神からの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
◆神への感謝
コロ 1:3 わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。
コロ 1:4 あなたがたがキリスト・イエスにおいて持っている信仰と、すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。
コロ 1:5 それは、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました。
コロ 1:6 あなたがたにまで伝えられたこの福音は、世界中至るところでそうであるように、あなたがたのところでも、神の恵みを聞いて真に悟った日から、実を結んで成長しています。
コロ 1:7 あなたがたは、この福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました。彼は、あなたがたのためにキリストに忠実に仕える者であり、
コロ 1:8 また、“霊”に基づくあなたがたの愛を知らせてくれた人です。