家庭礼拝 2016年4月6日フィリピ2章19‐30テモテとエパフロディトを送る
賛美歌492 み神をたたえる心こそは聖書朗読 祈り 奨励説教 一分黙想 全員祈り 主の祈り 賛美歌493いつくしみ深い
起
今日の聖書の箇所には、フィリピの教会の人々だけでなく、テモテとエパフロディトと言う人の名前が出てきます。どちらもパウロのために献身的な奉仕をしていた人たちでした。
テモテと言うのは、母がユダヤ人で、父はギリシャ人であり、割礼は受けておらずギリシャ風のしつけと教育を受けていました。そのテモテとパウロがパウロの伝道旅行の時に出会った時に、パウロはテモテがイエス・キリストの奉仕に役立つ人であることに気が付いたのです。この時から、パウロとテモテは非常に親しい間柄となって、パウロはテモテを「主にあって愛する私の子」と呼んでいました。テモテは、フィリピでも、テサロニケでも、コリントやエペソでもパウロと一緒にいました。ローマの獄中でも一緒だったのです。ですからパウロが手紙を出す時にはテモテと連名で出されることが多かったのです。このフィリピ人への手紙ももちろんそうですが、テサロニケ人への手紙第一、第二の手紙やコリント人への第二の手紙、コロサイ人への手紙、などで連名で出されているのです。さらにはローマ人への手紙を出す時には、テモテもパウロに加わってて挨拶を送っているのです。
テモテは、とてもパウロに忠実な人でした。ですから、パウロが自分の代わりに誰かを派遣する時には、代わりにテモテが送り出されたのです。テモテはどこにでも喜んで使わされる人であり、パウロが安心して福音をゆだねて遣わすことの出来る人だったのです。このように、テモテはパウロの手となり足となって働いたのです。
もう一人のエパフロディトはフィリピの教会から遣わされた人でした。フィリピの教会の人々が、パウロが獄に捕らわれていると聞いて、パウロのために何かしてあげたいと思い、エパフロディトに頼んで贈り物を持って行ってもらい、そのままパウロに付き添って奉仕する予定でした。もちろんエパフロディトは言われてやっていることだけではなく、自分からもその危険な奉仕を買って出たのです。獄に捉われている人のお世話をすると言うのは、その人も同じ仲間だとされて死刑になる危険性もあったのです。ですが、エパフロディトはその危険な奉仕を買って出たのです。ところが不運な事に、パウロのいる場所までは来ることが出来たのですが、病気になってしまって、それこそ死ぬほどの重い病気になってしまったのです。パウロも自分のためにやってきた奉仕者が、死ぬほどの重い病気になったことをとても心配しました。ですが、幸いにしてその命はとりとめましたが、その体は十分な体力を回復しなかったのです。エパフロディトは自分が病気になって、パウロのために何もしてやれないことを、フィリピの人々に知られてしまったことを気に病んでいました。パウロは何とか元気になってくれたエパフロディトを無事なうちにフィリピに返してやろうと思っていましたが、エパフロディトはこのまま帰ったのでは、フィリピの人々に合わせる顔がない事を悔やんでいたのです。それで、パウロはフィリピの人々に、エパフロディトは自分のために命を懸けて奉仕してくれたことを感謝し、フィリピの人々が温かくエパフロディトを迎えてくれるように、この手紙にしたためたのです。この手紙の第一の目的はそこにあったのです。そしてもう一つ、テモテもそちらに行くのでよろしくとの挨拶をしているのです。テモテとエパフロディトが一緒に行ったかどうかは分かりません。エパフロディトは病気で気が弱くなってしまったのか、しきりに故郷に帰りたがっていたので、パウロは大急ぎで、彼を送りますと書いています。テモテに関しては、パウロ自身の事の見通しがつき次第すぐ、テモテを送りますと書いているので、多分エパフロディトの後から行ったのではないかと思います。
この手紙はこのように実務的な用事から書かれた面と、フィリピの教会の教育指導的な面をもって書かれたところがある手紙なのです。この背景を抑えて、では本文に入ります。
承
パウロはまず、テモテをフィリピの人々のところに送ることを語り、テモテがどのような人なのかを紹介しています。19節と20節です。
フィリ 2:19 さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています。
フィリ 2:20 テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。
まず、パウロはテモテをなぜフィリピの人々のところに派遣するのかを言いました。それは、フィリピの教会がいろいろな考え方で、分裂し争いが起こっていることを心配しているからです。パウロはそう直接言わずに、「私はあなた方の様子を知って力づけられたいのです。」と言っています。すなわち、派遣したテモテから、フィリピの教会の人々は今一つになって、イエス様に従おうとしていますよ、という知らせを得たいと言う事を、主イエスによって希望していると言う事なのです。テモテは獄にいるパウロに代わって、正しい福音の在り方をフィリピの人々に伝える役割を持っていたのです。テモテが行くのは、エパフロディトを弁護するためだけではありませんでした。そして、テモテこそ私と同じ思いを懐いて、親身になってあなた方の事を心にかけていますから、私だと思って、テモテの話を聞いてください、という意味の事を言っているのです。
そしてパウロは、テモテが信頼できる人物であり、事情が整い次第そちらに送り、また自分も間もなく自由になってそちらに行こうと考えていることを言いました。21節から24節です。
フィリ 2:21 他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。
フィリ 2:22 テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。
フィリ 2:23 そこで、わたしは自分のことの見通しがつきしだいすぐ、テモテを送りたいと願っています。
フィリ 2:24 わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています。
ペトロはテモテのすばらしさを言うために、「ほかの人は皆、イエス・キリストの事ではなく、自分の事を追い求めています。」と言いました。その様な人々がいたために、今フィリピの教会は分裂しそうになっているのです。ですがテモテはそうではない、「確かな人物であり、息子が父に仕えるように、彼は私と共に福音に仕えました。」とパウロは言って、テモテが自分の事よりも、イエス・キリストの福音を求めていることを述べました。
そしてパウロは自分の事の見通しがつき次第すぐ、テモテを送りたいと願っている、と言いました。これは多分裁判で、無罪になる見通しが付いたらと言う意味だと思います。そしてパウロ自身も間もなく自由になってそちらに行けると、主によって確信していると言いました。
転
そして25節からは、ところで、という言葉でエパフロディトの事を語りだしました。
フィリ 2:25 ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、
フィリ 2:26 しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。
それは、せっかくフィリピの教会の人々が、パウロのために奉仕させるために送り込んだエパフロディトを送り返す話でした。パウロは、このまま返すと、エパフロディトがフィリピの人々に非難されるのではないかと思って、一生懸命よくやってくれたことを可能な限り持ち上げて、弁護しています。「彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれました。」とさえ言って持ち上げているのです。決して、不満をもって送り返すのではないことを述べているのです。なぜ送り返すのかの理由については、「しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。」と言いました。まず、エパフロディトは病気になってしまい、パウロの役に立っていないことをフィリピの教会の人々に知られてしまって、非難されているのではないかと、心苦しく思い悩んでいるのです。その一方で、故郷を懐かしみ、早くみんなのところに帰りたいと思っていたのです。病気のせいで、気が弱くなっていたのかもしれません。家族がいたのかもしれません。
その病気について、パウロはこう言いました。27節と28節です。
フィリ 2:27 実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。
フィリ 2:28 そういうわけで、大急ぎで彼を送ります。あなたがたは再会を喜ぶでしょうし、わたしも悲しみが和らぐでしょう。
エパフロディトの病気は、実際ひん死の重傷だったのだと言うのです。エパフロディトはローマに来て、当時流行っていた伝染病にかかったのではないかと言っている人もいます。ですが、神様は彼を憐れんで命を助けて下さったとパウロは言います。それは彼だけでなく、私をも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださったと言います。すなわち、パウロのために派遣された人が自分よりも先に死んでしまうとしたら、それはパウロにとっても悲しい事であり、そうならないように、神様は憐れんでくださって助けて下さったと言っているのです。きっとパウロも一生懸命に熱心にその回復を祈ったのだと思います。
だから、大急ぎで、エパフロディトを送り返し、あなた方と再会できるようにします。そうすれば、エパフロディトの悲しみは取り除かれ喜ぶことが出来るでしょう。そうすれば私も悲しみが和らぎます、と言っているのです。パウロにとって、エパフロディトがそばに残って悲しい顔をされることの方が、つらい悲しみだったのです。
パウロはもう一度念を押して、エパフロディトを暖かく迎い入れてくれるようにフィリピの人々に願いました。29節と30節です。
フィリ 2:29 だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。
フィリ 2:30 わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです
エパフロディトの有様を知って、多分フィリピの教会の中には、彼を非難し、軽蔑する人もいたのだと思います。だからパウロはあえてこう言ったのです。「主に結ばれているものとして、大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。」パウロは、彼の目的は失敗したかもしれないが、主に結ばれたものとしての行為は、歓迎すべきものであり敬うべきものであると言いたかったのです。それは、エパフロディトがパウロに奉仕することで、フィリピの教会の人々が出来ない分を果たそうとし、キリストの業に命をかけ、死ぬほどの目にあったのは、主に固く結ばれている信仰者だったからなのだと言ったのです。パウロはその結果よりも、その動機に重きを置いていたのです。
結
パウロはどんな状況の中にあっても、人を思いやることが出来る人でした。もしかするとエパフロディトは役に立つどころか、迷惑だけをかけたのかもしれません。ですが、パウロがエパフロディトが安心して故郷に帰れるように言い添えて手紙を書いたのです。
それどころか、パウロはフィリピの教会の状況をとても心配していたのです。教会が分裂するようなことになりはしないだろうか、イエス・キリストのもとに一つとなることが出来るだろうかと心配していたのです。ですがパウロは、その様になってはいけない、なんとかしなさいと言うのではなく、もうすぐテモテを派遣するので、テモテの口から、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいのですと言っているのです。パウロは、どこまでも低姿勢に、このような私にどうかみんなが一つになっていると言う、良い知らせを聞かせて、安心させてくださいと言ってその願いを語っているのです。パウロは人に何かをしてもらう事ではなく、そこに神様が働いてくださって、良くしてくださるのを期待しているから、このような言い方をするのです。パウロの姿勢にはすべてこのことが見られます。人に期待するのではなく神様に期待しているのです。そしてその良い結果はその人たちから聞いて共に喜ぶのです。神様の働きを賛美し崇めているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。パウロはエパフロディトとフィリピの教会の人々に多くの配慮をしました。自分が獄に捉われて、自分の事を心配しなければならない状況なのに、エパフロディトやフィリピの教会の人々を思いやることが出来ました。それはそこに神様の御手が働いていることを信じることが出来たからです。自分の力でしようとするのではなく、神様に信頼し委ねることが出来たからでした。神様、どうか、私たちもあなたに委ねることが出来ますように。自分の力でしようと、心配したり恐れたり、イラついたりすることがありませんように。ただあなたが働いてくださって、良い知らせを与えて下さることを信じていくことが出来ますように。
この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇フィリピの信徒への手紙)>>
◆テモテとエパフロディトを送る
フィリ 2:19 さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています。
フィリ 2:20 テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。
フィリ 2:21 他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。
フィリ 2:22 テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。
フィリ 2:23 そこで、わたしは自分のことの見通しがつきしだいすぐ、テモテを送りたいと願っています。
フィリ 2:24 わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています。
フィリ 2:25 ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、
フィリ 2:26 しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。
フィリ 2:27 実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。
フィリ 2:28 そういうわけで、大急ぎで彼を送ります。あなたがたは再会を喜ぶでしょうし、わたしも悲しみが和らぐでしょう。
フィリ 2:29 だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。
フィリ 2:30 わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです。