家庭礼拝 2015年12月25日マタイ28章1‐20復活する
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起
今日がマタイによる福音書の最終回です。2014年9月10日にイエス・キリストの系図から始まった1年半に及ぶマタイによる福音書の最終回です。それがちょうど2015年12月25日のクリスマスに最終回が出来ますことを、不思議な偶然のように感じます。
その最終回はイエス様の復活の話です。イエス様は十字架につけられ墓に葬られました。それは安息日に入るぎりぎりの時間でした。アリマタヤのヨセフが墓を提供し総督ピラトにイエス様の遺体の引き取りを願い出なければ、そのままゴルゴタの丘に十字架から降ろされて放置される運命でした。それが何とか十字架から降ろし、亜麻布に包んで墓に入れる事は出来たのですが、墓に埋葬するときに行う香油などは塗る暇も用意する暇もなかったのです。そしてそのまま墓に葬られて、入り口に大きな石を転がしておいたのです。そこにはマグダラのマリアともう一人のマリアが墓の方に向いて座っていました。墓には弟子達は来ませんでした。墓にいたのはイエス様についてきた女性だけだったのです。でも安息日の始まる前には皆家に帰ったはずです。この二人は家が墓から近かったのかもしれません。遠い人たちは安息日が始まらないうちに早めに帰ったのです。安息日が始まれば、遠くに出かけることが出来なくなるからです。
そして次の日、祭司長やファリサイ派の人々は、安息日にもかかわらずピラトの所に行って「墓に封印をし番兵を置くこと」を許可してもらいました。何故かと言うと弟子たちがイエス様の死体を盗み出して、復活したと言いふらさないようにするためでした。
そして安息日の明けたこの日から最後の章28章が始まります。
承
28章は墓の場面から始まります。1節から4節です。
マタ 28:1 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。
マタ 28:2 すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。
マタ 28:3 その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。
マタ 28:4 番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。
墓の事が気が気でなかったマグダラのマリアともう一人のマリアが安息日の明けた朝早く墓にやってきました。何をしにやってきたのでしょうか。墓は大きな石で閉じられているのにどうしようと言うのでしょうか。
一番最初に書かれたマルコによる福音書にはこう書かれています。
16:1 さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。
16:2 そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。
即ち、イエス様の死体に香油を塗るために香料を買って墓にやってきたのです。そして、マタイによる福音書では、もう一人のマリアと書かれている女性はヤコブの母マリアであることが分かります。この女性たちは、安息日が明けてすぐに香油を買いに行って、すぐにイエス様に香油を塗ろうとしたのですが、結局香油は塗ることが出来ませんでした。イエス様は既に墓の中にはいなかったのです。ですが一人だけイエス様にその葬りの香油を塗ることが出来た人がいました。思い出すことが出来るでしょうか。ベタニアで涙ながらにナルドの香油をイエス様に注ぎかけたマルタの妹マリアです。この人だけがイエス様に香油を注いで、イエス様を葬る準備をしたのです。ですからイエス様は、「はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が述べ伝えられるところでは、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」と言って祝福したのです。
この女性たちが墓に着いた時の状況は福音書によって随分記述が異なります。
マタイでは大きな地震が起こって、主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである、と書かれています。すなわち石を転がしたのは主の天使なのです。
マルコでは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」とみなで話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。それで、墓の中に入ったところ、真っ白な長い衣をまとった青年が右側にすわっているのが見えた。彼女たちは驚いた、と書かれています。すなわち、墓の石は既に転がされており、墓の中に天使が座っていたのです。地震の話はありません。番兵の話もありません。実は、祭司長たちがピラトに願って墓に番兵を置き封印をしたと言う話はマタイによる福音書にしか書かれていないのです。
それではルカによる福音書ではどうなっているでしょうか。
24:1 週の初めの日の明け方早く、女たちは、準備しておいた香料を持って墓に着いた。
24:2 見ると、石が墓からわきにころがしてあった。
24:3 入って見ると、主イエスのからだはなかった。
24:4 そのため女たちが途方にくれていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの近くに来た。
となっており、こちらも墓の石は既に転がしてあり、天子は墓の中ではなく、墓の外で女の人たちに近づいてきたと書かれているのです。
ヨハネによる福音書でも、簡潔に 「さて、週の初めの日に、マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうちに墓に来た。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。」と書かれています。
共通しているのは、「安息日の明けた朝早くマグダラのマリアが墓に来てみると墓から石が取り除けてあったと」言う事実です。それ以外の事はそれぞれに書いてあることなのです。
マタイによる福音書では、天子の事がさらにくわしく書かれています。2節から7節です。
マタ 28:2 すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。
マタ 28:3 その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。
マタ 28:4 番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。
マタ 28:5 天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、
マタ 28:6 あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。
マタ 28:7 それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」
天使は地震の後、石を転がしその上に座っていたのです。その姿は光り輝いており衣は雪のように白かったのです。番兵たちは恐ろしさのあまり震え上がり、婦人たちも恐れていました。すると天子は、「あの方はここにはおられない。復活なさったのだ。そして、先にガリラヤに行かれる、そこでお目に書かれると弟子たちに伝えなさい。」と言ったのです。イエス様が復活なさったことを、天子が宣言したのです。しかもイエス様を裏切った弟子たちを赦し、ガリラヤでまた会おうと言ってくれているのです。また、ルカとマルコでも同じように天子がイエス様の復活を宣言しています。ヨハネではちょっと違っています。マグダラのマリアが、「墓の石が取り除けてある」とペトロとヨハネに知らせに行くと、それを聞いた二人は急いで墓の場所に行って墓を確かめると確かに石が取り除けてあったのです。ですがまだ二人はイエス様が復活したことには気が付いていなかったのです。
マタイによる福音書ではその後もまだ、他の福音書にはない話が出てきます。復活のイエス様が現れるのです。8節から10節です。
マタ 28:8 婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。
マタ 28:9 すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。
マタ 28:10 イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」
その復活したイエス様は、婦人たちが天使の言ったイエス様の復活の話を聞いて喜び弟子たちに伝えるために走って戻っていくときに現れたのです。イエス様は婦人たちにあいさつし、婦人たちはその前にひれ伏したのです。そしてそこでイエス様は、天子が言ったことと同じことを言いました。それは、「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」と言う約束だったのです。
転
聖書の話はここで終わっても良いような気がします。イエス様は復活し、弟子達とガリラヤで再会する約束をしたのです。ですが聖書はここで終わりませんでした。ユダヤ人たちはイエス様が復活したなどと言う話は、信じられないし、そんなことも言わせないと考えたのです。それで、策略を練ったのです。11節から15節です。
マタ 28:11 婦人たちが行き着かないうちに、数人の番兵は都に帰り、この出来事をすべて祭司長たちに報告した。
マタ 28:12 そこで、祭司長たちは長老たちと集まって相談し、兵士たちに多額の金を与えて、
マタ 28:13 言った。「『弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った』と言いなさい。
マタ 28:14 もしこのことが総督の耳に入っても、うまく総督を説得して、あなたがたには心配をかけないようにしよう。」
マタ 28:15 兵士たちは金を受け取って、教えられたとおりにした。この話は、今日に至るまでユダヤ人の間に広まっている。
なんと祭司長たちは、イエスが復活し天子が知らせに来た話を番兵から聞いても、その事を信じなかったのです。すなわち祭司長たちはどんな大きな奇跡が起こっても信じようとしないかたくなな人間にされていたのです。それで祭司長たちはその知らせに来た兵士たちを買収しようと考えました。この人たちは神様の事を考えるのではなく、自分たちの都合の事しか考えていないのです。どのように買収しようとしたのかと言うと、「『弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った』と言いなさい、と言ったのです。ですがそうであっても、番兵たちの責任は追及され処罰されるので、「もしこのことが総督の耳に入っても、うまく総督を説得して、あなたがたには心配をかけないようにしよう。」と、その後の事まで約束して、弟子たちが死体を盗んだと言う事にしたのです。このようにして、兵士たちはお金を受け取って、教えられたとおりにしました。この話は、今日に至るまでユダヤ人の間に広まっている、と書かれていますが、皆さんはこの言葉をどのように解釈するでしょうか。私は、この番兵たちが買収されて嘘の話をしたと言う事が明るみに出て広まっているのだとばかり思っていましたが、実はそうではない解釈のあるのを知って驚きました。それは、その嘘が、今日に至るまでユダヤ人の間に広まっている、と言う理解の仕方なのです。すなわちその買収は、まんまとうまくいって、広く世界中に弟子たちが盗んだのであって復活したのではないという話になっている、と言う事らしいのです。それが当時の状況だったと言うのです。
さて、十一人の弟子たちはイエス様の約束通りガリラヤに行き、イエス様が指示しておかれた山に登りました。そして、イエス様に会い、ひれ伏したのです。しかし、疑う者もいたのです。復活されたイエス様が、生前のイエス様と同じなら、疑う人はいなかったと思います。ですが復活されたイエス様はその姿を変えられていて、話をしている内にイエス様だと分かるような状況だったのです。多分この時のイエス様もその姿を変えられていたので、まだ本当にイエス様かどうか疑っている人もいたのだと思います。復活の主を疑ったので有名なのはトマスですが、その体の釘の跡と刺し傷を見て信じるものとなりました。ですがイエス様は「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」と言いました。この事はヨハネ福音書のみに書かれています。イエス様はその姿に捉われず、見ずに信じることを求めているのです。
その復活されたイエス様は弟子たちにこう言われました。18節から20節です。
マタ 28:18 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。
マタ 28:19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、
マタ 28:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
復活されたイエス様は「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。」と言って神と等しいものであることを明言しました。そして弟子たちにただ一つの使命を与えたのです。それは「すべての民をわたしの弟子にしなさい。」と言う事です。この事だけが弟子たちに与えられた使命なのです。その方法はどのようなものかと言うと「彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」と言う事なのです。洗礼をさずけることと教えることです。ここで父と子と聖霊の名によってと言う三位一体の言葉が出てきますが、この言葉が出てくるのは福音書の中でここだけなのです。ですからこの言葉は後世になって、洗礼式の式文が取り入れられたのではないかと言われています。そして、イエス様の最後の約束は、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」と言う事なのです。
結
イエス様は復活されました。葬られた墓は空っぽでした。それは誰もが確認して、間違いのないことです。ですがイエス様はどこに行ったのでしょうか。この世的な考えではそれは分からないのです。ですから祭司長たちはイエスの弟子たちが死体を盗んだと言いふらし、弟子達は天使が現れて、イエス様が復活したと言っている、と言ったのです。ですが、弟子達には確かにイエス様が復活して現れたのです。復活のイエス様が現れたのは、イエス様を信じる人々にだけ現れたのです。その姿は一目でイエス様とわかる姿ではありませんでした。ですから疑うものもいました。ですが、弟子達はその繰り返される経験の中で、確かにイエス様は復活して、今も生きておられると言う事を実感したのです。ですからその後の弟子たちの働きは、想像を絶するような素晴らしい働きをするようになるのです。イエス様の復活の証しはその後の弟子たちの働きからわかるのです。今の世のイエス様の生きておられる証しは、クリスチャンのその働きと信仰によって証しされるのです。なぜならばイエス・キリストは私たちの内に済んでくださっており、そのイエス様の内に神様が共に居て下さっているからです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、今日でマタイによる福音書を終えることが出来ましたことを感謝いたします。ゆっくりとした聖書の学びしたが、多くの恵みを与えられました。何よりもこのように続けることができ、感謝であります。あなたの恵みと導きとがなければとても続けることが出来ないことです。自分には本当の信仰があるのだろうかと思うときもありますが、この水曜会の学びを続けていることの中に、あなたが働いてくださっており、私があなたを信じる信仰の内にあることを覚えます。倦むことなく弛むことなく、粛々とこの学びを続けることが出来ますことを感謝いたします。どうか最後の時まで、あなたの恵みの内にあって、この学びと賛美とを続けていくことが出来ますように。この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
<<聖書の箇所(新約聖書:マタイによる福音書)>>
◆復活する
マタ 28:1 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。
マタ 28:2 すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。
マタ 28:3 その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。
マタ 28:4 番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。
マタ 28:5 天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、
マタ 28:6 あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。
マタ 28:7 それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」
マタ 28:8 婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。
マタ 28:9 すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。
マタ 28:10 イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」
◆番兵、報告する
マタ 28:11 婦人たちが行き着かないうちに、数人の番兵は都に帰り、この出来事をすべて祭司長たちに報告した。
マタ 28:12 そこで、祭司長たちは長老たちと集まって相談し、兵士たちに多額の金を与えて、
マタ 28:13 言った。「『弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った』と言いなさい。
マタ 28:14 もしこのことが総督の耳に入っても、うまく総督を説得して、あなたがたには心配をかけないようにしよう。」
マタ 28:15 兵士たちは金を受け取って、教えられたとおりにした。この話は、今日に至るまでユダヤ人の間に広まっている。
◆弟子たちを派遣する
マタ 28:16 さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。
マタ 28:17 そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。
マタ 28:18 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。
マタ 28:19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、
マタ 28:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
底本に節が欠けている個所の異本による訳文
<17:21> しかし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行かない。
<18:11> 人の子は、失われたものを救うために来た。
<23:14> 律法学者とファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。だからあなたたちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる。