家庭礼拝 2015年12月16日マタイ27章27‐66十字架につけられる

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起 

いよいよマタイによる福音書も、今日を入れてあと2回です。すなわち来週が最後となり、今年でちょうど終わると言う事です。そして今日はいよいよ、イエス様が十字架につけられる場面となります。この場面は、出来事なので、あまり解説を加えなくても理解しやすい所です。むしろあまり解説を加えないで、この出来事を一緒になって追体験することの方が大切だと思います。

この十字架の周りで行われる人間の行動と、それを苦しみながらも眺めているイエス様の心をどれだけ、現実として受け止められるかと言う事がカギになりそうです。今まで行われたこと、語られたことはすべて、この十字架に収束されてきます。どのような機会にも、微塵も自分の命を救おうとしないイエス様の決心は、ただ人々を愛し、神様の御心を行うことです。その思いを思いつつ、この最後の場面を読んでみましょう。

総督の兵士たちは、イエス様を総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めました。この部隊と言うのは600人くらいの部隊で、常時エルサレムにいるのではなく、総督ピラトもそうですが、この過越しで大勢の人間が集まった時に暴動を起こさないように、それをけん制するためにやってきた部隊です。その部隊全員を、総督官邸のところに連れて行ったイエス様の周りに集めたと言う事ですから、最も厳しい警護をしたと言う事になります。それはイエス様を処刑することが大きな暴動に繋がるかもしれないことを危惧したからなのです。

このローマ兵たちは、ユダヤ人ではありません。ですから、イエス様のことなど全く分からないのです。このローマ兵たちにとって、イエス様の罪状はユダヤの王を語ったペテン師と言う事になります。ですからそんなつもりでイエス様を嘲り、苦しめたのです。イエス様がどんなことを語り、どのような行いをしたかなど全く分からないのです。そして、ローマ兵たちはイエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱したのです。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けたました。このようにイエス様を侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行ったのです。

 ローマ兵たちは、ユダヤ人たちのように、イエス様を憎んでいたからこうしたわけではないのです。ただ面白半分に犯罪人と思っているイエス様をからかっているのです。何せ、自分はこのユダヤの王様だと思っている誇大妄想の男を捕えて、これから十字架につけるのだから、目を覚まさせてやれと思っているくらいのものなのです。わざわざ、イエス様の着ている服をはぎ取って、赤い外套を着せて、茨の冠を載せ、右手には葦の棒を持たせたのです。きっと葦の棒は王様の持つ杓の真似をしているのです。要するに着せ替え人形のように、王様の格好をさせ、自分を王様だと思っている狂人に、つかの間の王様の気分を味合わせてやろうと言うようなふざけ心で、その前にひざまずいて、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、その誇大妄想の男を馬鹿にして笑うためにそんなことをしていて遊んでいたのです。聖書には、このようにイエス様を侮辱したと書かれていますが、それはイエス様を知っている弟子達や民衆たちの思いであって、このローマ兵たちにとってはそれば侮辱でもなんでもなくただ楽しんでいただけなのです。ローマ兵たちのすることはエスカレートして、イエス様を侮辱し、唾を吐きかけ、手に持たせてあった葦の棒を取り上げて、頭をたたき続けたのです。それにしても、その時イエス様はどのような顔をしていたのでしょうか。その顔を見て、心動かされるローマ兵はいなかったのでしょうか。思い込みと言うのは恐ろしいもので、このローマ兵たちにとって、イエス様は狂人で犯罪者でしかなかったのだと思います。だからその様に、平気で残酷な苦しみを与えるような楽しみ方をし、それが終わるとまた、服を元通りに戻して、十字架につけるために引いていったのです。

実は、十字架に掛けられるものはその前にむち打たれるのです。マタイではバラバを釈放した後で、イエス様を引き渡される前にむち打ちを行っています。このむち打ちは体の皮膚が破け、これだけでも気を失ってしまうほどの苦しみなのです。それは十字架の上で傷だらけの身体を見せしめのように見せるためなのです。そしてイエス様に王様の格好をさせてからかうのはその後ですから、イエス様は血だらけで、苦しんでいる時にこのような侮辱を受けているのです。これはマルコにも同じように書かれています。それがヨハネでは、ちょっと順番が違っています。ヨハネでは、ピラトがイエス様を赦すためにむち打ちをして、その哀れな姿をユダヤ人たちに見せて、憐れまそうとするのです。その時にローマ兵たちはイエス様を王様のような格好をさせて侮辱するのです。そのイエス様をピラトはまたユダヤ人たちの前に引き出したのです。この時、イエス様は、いばらの冠と紫色の着物を着けて、出て来られたのです。するとピラトは彼らに「さあ、この人です」と言った。と書かれています。ここの場面は「この人を見よ」と言う言葉でよく知られています。讃美歌にもあります。ですがユダヤ人たちはその姿に心を動かされることなく、十字架につけろ、十字架につけろと騒ぎ立てるのです。

いずれにしてもイエス様は、十字架につけられる前には鞭うたれ侮辱され、もう息絶え絶えだったのです。しかもその前の晩にゲッセマネから連れてこられ、裁判にかけられていますから、一睡もしていないのです。そのような状態でイエス様は十字架につけられるために引き出されました。その肩にはイエス様が掛けられる十字架が乗っていました。イエス様にはその重い十字架を担いでエルサレムの坂を歩く力は残っていませんでした。しかも見せしめのためにその経路はわざと長くとってあるのです。ですからイエス様はよろよろとよろめきながら、ゴルゴタの丘にいたる坂道を十字架を背負って歩いていきましたが、力尽きて何度も倒れて前に進むことが出来なくなったのです。イエス様の周りには4人の兵士がいて、イエス様が歩けなくなったのを見ると、ちょうどそこにいた力の強そうな、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエス様の十字架を無理に担がせました。キレネと言うのはアフリカの北にある場所で、そのようなところからもエルサレムに礼拝に来るために何日もかけて、やってきたのです。それなのに運の悪いことに、ちょうどそこに居合わせたために、その十字架を無理にかつがされてしまったのです。無理にと言うのですから、自分は外国人だから他の人にさせろと抵抗したのではないかと思います。ですが、ローマ人は誰でも担ぐ人を指名できたのです。この事によってシモンはこのイエス様の十字架を担がされたのですが、マルコによる福音書では、このシモンの事を「アレキサンデルとルポスの父シモン」と呼んでいます。すなわちこの事はその息子アレキサンデルとルポスはキリストを信じる教会員となったと言う事なのです。もしかするとこのシモンもイエス様を信じるものになったのかもしれません。この十字架を担う出来事がこの家族をイエス様を信じるものへと変えていったのです。

イエス様はよろめきながらも、ゴルゴタと言うと言うところに来ました。そこは「されこうべの場所」と言う意味の場所なのです。丘の形が、されこうべすなわち頭蓋骨に似ていたからだと言われています。イエス様がそこにつくと苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたと書かれています。このぶどう酒とは十字架につけられるときの痛みを和らげるために麻酔の薬の入っているぶどう酒なのです。これはエルサレムに住む裕福な婦人が憐みのしるしとして用意したものであると言われています。ですがイエス様はそれを嘗めただけで、飲もうとされませんでした。イエス様は感覚を麻痺させるその様な薬の入ったぶどう酒を飲むよりも、はっきりとした意識で、最後を迎えられようとしたのです。

イエス様を十字架につける役割の兵隊たちは、イエス様の手のひらに釘を打ち付け、足を釘で打ち付けるかロープで縛りつけて高く掲げました。その後、くじを引いてその服を分け合ったのです。それはこの仕事をする人たちの分け前として認められていました。4人一組なので4つに分けて、それをくじで引いて分け合ったのです。そのあとこの兵隊たちの仕事は、そこに座って見張りをしていることでした。イエス様の頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」とその罪状書きが書かれていました。ヨハネによる福音書では、この事に対し、ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください」と言いましたが、ピラトは「私の書いたことはそのままにしておけ」と言ったのです。これはユダヤ人たちに対する痛烈な皮肉なのです。奇しくもこの事はキリスト・イエスの本性を書き表したものとなったのです。

イエス様の右と左には二人の強盗が一緒に十字架につけられていました。これは、イエス様がローマの法律に背いた犯罪者として裁かれたことを意味しています。イエス様の場合には、ユダヤの王と名乗るローマに敵対する謀叛を起こしたものとして裁かれていることを意味しています。ところが、実態はそうではないことを次の出来事が証明しています。それは、そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」と言ってみたり、同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱してこう言ったのです。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった、と書かれています。すなわちこの人々は、イエス様を政治犯としてではなく、自分を神の子としたことで十字架につけられているのだ、と言う事を言い表しているのです。すなわちイエス様の罪は、自分をユダヤ人の王としたことではなく、神様を冒涜したと言う罪で死刑になるのだと考えているのです。この事は罪状書きとは全く違うのです。

さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた、と書かれています。そして、三時ごろ、イエス様は大声で叫ばれて「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」といいました。これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である、と書かれています。マルコによる福音書では、イエス様が十字架にかけられたのが午前9時で、息が絶えたのが午後3時です。マタイでは昼の12時に全地は暗くなり、それが3時まで続きました。そしてその最後の時にイエス様が大声で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と言ったのです。なぜイエス様が、十字架の上で、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と言ったのかいろいろな説が出ました。イエス様が本当に神様から見捨てられたのだろうかと言う考えや、いやこれは詩編22編の賛美の歌を口ずさまれたのだと言う説もあります。これは本当の事はイエス様に聞くしかないのです。私自身は、イエス様が死の間際に詩編の賛美の歌を口ずさまれたと言うのは美しいが、リアリティがなさすぎるような気がします。むしろ、人間になられたイエス様はその最期の瞬間、神様に見捨てられたと思う瞬間があったと考えるほうが、よほど人間らしく、それでも心は神様に向けられていたと考えるほうが信仰的ではないかと思うのです。

そして、そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいたのです。この人たちもその声の意味が分からなかったのです。そして、そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとしました。言っていることが良く分からなかったのは、のどが渇いて声が良く出なかったからと考えたのです。海綿と言うのはスポンジです。そのスポンジに水をしみこませ、酸っぱいぶどう酒を含ませて飲みやすくしたものをイエス様に飲ませようとしたのです。ですが、ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言ったのです。しかし、イエス様は再び大声で叫び、息を引き取られました。今度は何を言ったのか全く分からなかったのです。ただ大きな声をあげて、息を引き取られたのです。この最後の声は最初に書いたマルコでもやはり、大声をあげて息を引き取られたとなっていますが、ルカでは、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」となっており、ヨハネでは「成し遂げられた」と言う言葉になっています。きっとこの最後の声は、何を言ったのかはわからなかったのですが、後になっていろいろ思う中で、きっと「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」と言ったのではないのか、「成し遂げられた」と言ったのではないのかと、それぞれの解釈が入ったのではないかと思います。

この様に、ついにイエス様はなくなりました。その時何が起こったのでしょうか。聖書にはこう書いてあります。51節から54節です。

マタ 27:51 そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、

マタ 27:52 墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。

マタ 27:53 そして、イエスの復活の後、墓から/出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。

マタ 27:54 百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。

 イエス様は十字架の上で息を引き取ったのですが、これは終わりではありませんでした。何かが始まる最初だったのです。まず、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けたとあります。これは神様が神殿の至聖所の垂れ幕の内側におられるのではなく、直接人々の前に来られるようになったと言う事です。今までは大祭司の取次がなければ神様とのコミュニケーションが出来なかったのが、それぞれの祈りによって直接神様にお願いする道が開かれたのです。

そして次に、地震が起こり岩が避け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なるもの達の身体が生き返った。とあります。この出来事は、実際に起こったかどうかは分かりませんが、イエス様の死が、死以上のものであることを言おうとしています。死に捉われるものではないことを言おうとしています。死んだ聖者たちが生き返ったのですから、イエス様が生き返らないはずはないのです。この時点で、生き返ることが予定されているのです。

そして、これらの出来事を見て、百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たち、すなわち異邦人のローマ兵たちでさえも、「本当に、この人は神の子だった」と言わざるを得ない感動を与えたのです。ましてや、イエス様の弟子達は逃げ出したとはいえ、どれほど大きな衝撃を与えたかははかり知れません。そしてそのことが弟子たちを、宣教に駆り立てる大きな原動力となって行ったのです。ローマ兵たちでさえ、この人は神の子だったと思ったのに、ユダヤ人たちはそれを最後まで認めることが出来なかったことが、神殿の崩壊へとつながるのです。

またそこでは、大勢の婦人たちが遠くから見守っていました。この婦人たちは、ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた人々でした。その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母がいたと記されています。弟子達は捕えられることを恐れて逃げさってしまいましたが、女性はその心配があまりなかったのか、その十字架から遠く離れてではありましたが、イエス様が息を引き取られるのを見守っていたのです。いやむしろ、イエス様を愛する思いが、彼女たちを大胆にさせていたのだと思います。ですが、ここの女性たちの中にはイエスの母マリアは含まれていません。イエスの母マリアがいたと書いてあるのはヨハネだけです。それも十字架の近くにいたとヨハネは言っています。しかもヨハネでは、イエス様は、母と、そばに立っている愛する弟子ヨハネとを見て、母に「婦人よ、ごらんなさい。あなたの子です」と言われたとさえ記しています。ヨハネが本当に母マリアと共にこの十字架の側にいたならば、イエス様が最後に言った大声は、「成し遂げられた」と言う言葉に違いありません。

イエス様は死んでしまったので、十字架からはおろされます。死体をそのまま十字架にかけて一晩中置いておくことは律法で禁じられていたのです。ですがイエス様の家族の墓はエルサレムにはありません。墓がないとその場に放っておかれ、野犬などが来て食べてしまうと言う事です。ですがこの窮地を救う人が現れました。夕方になると、アリマタヤ出身の金持ちでヨセフという人が来たのです。この人もイエスの弟子であったのです。この人がピラトのところに行って、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出ました。するとピラトは、親切にも渡すようにと命じたのです。ヨセフはイエスの遺体を受け取ると、きれいな亜麻布に包み、岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を転がしておいて立ち去ったのです。マグダラのマリアともう一人のマリアとはそこに残り、墓の方を向いて座っていました

明くる日、すなわち、準備の日の翌日、すなわちこの日は安息日なのですが、その掟を破って、祭司長たちとファリサイ派の人々は、ピラトのところに集まって、こう言いました。「閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、『自分は三日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。ですから、三日目まで墓を見張るように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て死体を盗み出し、『イエスは死者の中から復活した』などと民衆に言いふらすかもしれません。そうなると、人々は前よりもひどく惑わされることになります。」するとピラトは言ったのです。「あなたたちには、番兵がいるはずだ。行って、しっかりと見張らせるがよい。」そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいたと記されています。

 このように、イエス様の墓には祭司長たちの番兵を立て、しかも封印までして絶対に遺体を運ばれないようにしたのです。イエス様が、噂だけでも復活したなどと言われることを恐れていたのです。イエス様を絶対に神の子にはしたくなかったのです。ですがイエス様は復活して墓を出られるのです。イエス様の復活はもう誰にも止めることの出来ない神様の出来事なのです。

 このようにして、イエス様の生涯は終わりました。生まれてくるときには、馬小屋以外にいる場所がなく、死ぬときには十字架の上での場所でしか死ねなかった方なのです。ですがこの方は神様から遣わされて、私たちに愛することを教え、神様が私たちをどんなものでも愛してくださっていることを教えて下さったのです。そしてイエス様の十字架は、神様が、どんなに私たちを愛されているかのしるしなのです。その事を信じていくのがクリスチャンの生き方なのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、イエス様は十字架の上で息を引き取られました。それは神様の御心でした。その事によって、世界は新しい命に突き動かされました。その命は弟子たちを励まし、闇の中にいる人々に光を与え、悔い改めるものに喜びを与えました。私たちは、自分がいかなるものかを知ってはいません。どんなに罪深いものであるかを知ってはいません。ですが、イエス様の十字架の出来事を見るとき、自分たちの罪深さを思わされるものです。私たちはイエス様の側ではなくて、イエス様を十字架につけた側にいるのです。裏切った者たちの側にいるのです。その事を謙遜に認め悔い改めて、イエス様の十字架を見上げることが出来ますように。そしてその罪が許されますように。この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。

 

 


<<聖書の箇所(新約聖書:マタイによる福音書)>>

◆兵士から侮辱される

マタ 27:27 それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。

マタ 27:28 そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、

マタ 27:29 茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。

マタ 27:30 また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。

マタ 27:31 このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。

◆十字架につけられる

マタ 27:32 兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。

マタ 27:33 そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、

マタ 27:34 苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。

マタ 27:35 彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、

マタ 27:36 そこに座って見張りをしていた。

マタ 27:37 イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。

マタ 27:38 折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。

マタ 27:39 そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、

マタ 27:40 言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」

マタ 27:41 同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。

マタ 27:42 「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。

マタ 27:43 神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」

マタ 27:44 一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。

◆イエスの死

マタ 27:45 さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。

マタ 27:46 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

マタ 27:47 そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。

マタ 27:48 そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。

マタ 27:49 ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。

マタ 27:50 しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。

マタ 27:51 そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、

マタ 27:52 墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。

マタ 27:53 そして、イエスの復活の後、墓から/出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。

マタ 27:54 百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。

マタ 27:55 またそこでは、大勢の婦人たちが遠くから見守っていた。この婦人たちは、ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた人々である。

マタ 27:56 その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母がいた。

◆墓に葬られる

マタ 27:57 夕方になると、アリマタヤ出身の金持ちでヨセフという人が来た。この人もイエスの弟子であった。

マタ 27:58 この人がピラトのところに行って、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。そこでピラトは、渡すようにと命じた。

マタ 27:59 ヨセフはイエスの遺体を受け取ると、きれいな亜麻布に包み、

マタ 27:60 岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を転がしておいて立ち去った。

マタ 27:61 マグダラのマリアともう一人のマリアとはそこに残り、墓の方を向いて座っていた。

◆番兵、墓を見張る

マタ 27:62 明くる日、すなわち、準備の日の翌日、祭司長たちとファリサイ派の人々は、ピラトのところに集まって、

マタ 27:63 こう言った。「閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、『自分は三日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。

マタ 27:64 ですから、三日目まで墓を見張るように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て死体を盗み出し、『イエスは死者の中から復活した』などと民衆に言いふらすかもしれません。そうなると、人々は前よりもひどく惑わされることになります。」

マタ 27:65 ピラトは言った。「あなたたちには、番兵がいるはずだ。行って、しっかりと見張らせるがよい。」

マタ 27:66 そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいた。