家庭礼拝 2015年10月28日マタイ25章1‐30目十人のおとめのたとえ
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起
今日は、先週に続いて、終末と再臨に関する三つの譬え話の残り二つです。イエス様が、その終末と再臨にどのように備えていたら良いのかを、何度もわかりやすく譬え話で話されているのです。ここに語られている本当の意味を知らずにただ譬え話だけを聞いていたのでは、イエス様が3度も教えられた意味がなくなります。イエス様が私たちに語ろうとしたことを、本当に聞き取れるようにと願うものです。それだけ大切な、終末と再臨に関する話なのです。
先週語られた譬え話は、忠実な僕と悪い僕の譬え話でした。主人がどこかに出かけるときに、留守の管理人の僕に命じておいたことをよく守った僕は誰で、どのような報いを与えられたかと言う事を話した譬えでした。これはイエス様が再臨するまでの間、私たちがどのような姿勢でイエス様の再臨を待っていなければならないのかを教えています。良い僕は主人の命令を守って、日々生活していました。悪い僕は、まだ主人は帰ってこないだろうと思って、自分たちの好き勝手に暮らしていたのですが、突然主人が帰って来て、その現場を押さえられ、厳しく罰せられたと言う譬えです。要するにイエス様の再臨までの間、私たちが、信仰をもって、目を覚まして再臨の時を待っていないと、突然その時がやって来て、あなたのしていることが裁かれるかもしれませんよという警告なのです。
そして今日の10人の乙女の譬えでは、花婿が来るのが遅れたのに油断してしまった十人の乙女たちの話と、僕たちに財産を少しずつ分け与えて、自分が旅行している間に有効にそれを使うことを期待して出かけた主人の話が書かれています。
どの話もいつかやって来る主人や、花婿を、自分たちの考えでまだやって来ないだろうとか、主人が与えて下さった大切なものを大事に扱わなかった僕たちが、主人や花婿がやってきたときにその行いのために裁かれることになると言う事を語っています。これらの主人や花婿は再臨の時にやって来るイエス様です。そして、罰せられる乙女や僕たちは、イエス様を受け入れなかったパリサイ人たちや律法学者たちなのですが、私達もまた油断していると、その中に入る可能性が大きいのです。
このイエス様の再臨の時までどのように生きていたら良いのかと言うのは、目を覚まして、命じられたことをしっかりと準備して待っていると言う事です。その事は遅れてくるのかもしれないし、いつ来るのかも全く分からないからです。日々目を覚まして、信仰をもって生きていくようにとイエス様は伝えているのです。
承
さて聖書の譬えに入りましょう。最初は◆「十人のおとめ」のたとえです。1節と2節です。
マタ 25:1 「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。
マタ 25:2 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。
イエス様は、この喩えを天の国の譬えとして語りました。何度か言いましたが、この天国とは私たちの知っている、天国極楽の世界とは違います。それは神様が支配する国であり、今のこの世の中にもある霊的な国なのです。そしてここで例えられるのは、国そのものよりも、イエス様の再臨の話をしようとしているのです。イエス様の再臨は、イエス様と教会の結婚と考えていました。ですからここでの花嫁は教会であって、乙女たちではないですから誤解しないでください。私たちはこの終末と再臨と言うと、何か恐ろしいことが起きて裁かれると言う、恐ろしいイメージを懐いてしまうのですが、イエス様はこの再臨を花婿がやって来る結婚式のときすなわち喜びの時として表しているのです。ユダヤの結婚式では花婿がやってきたとき、花嫁の友達がその花婿を迎えると言う習慣がありましたから、この10人の乙女たちは花嫁の友達なのです。ですが、そのうちの5人は愚かで、5人は賢かったのです。いったい何が起こるのでしょうか。3節から5節です。
マタ 25:3 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。
マタ 25:4 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。
マタ 25:5 ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。
愚かな乙女たちは花婿がすぐ来ると思って、ともし火をともしていたのですが、それが遅れてしまったのです。困ったことに、予備の油を用意してはいなかったのです。賢い乙女たちは、花婿が遅れることも考えて、予備の油も準備してきたのです。そして花婿の来るのは遅れてしまったのです。この10人の乙女たちは眠くなって皆寝てしまいました。この話はイエス様の再臨の話をしているのですから、花婿が遅れたと言うのは、再臨の時が思っていたよりも遅くなったと言う事です。イエス様は既にこの時から再臨の時が遅くなるかもしれないことを予告しているのです。そしてイエス様の後の時代に、この再臨の時がすぐ来るかもしれないと思っていた人々は、それがなかなかやって来ないので、その信仰を失ってしまった人々も沢山いるのです。眠り込んでしまった人々も沢山いるのです。そして、花婿が真夜中についにやってきたのです。6節から9節です。
マタ 25:6 真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
マタ 25:7 そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。
マタ 25:8 愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』
マタ 25:9 賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』
真夜中に花婿がやって来て、それに気が付いた人が『花婿だ。迎えに出なさい』と叫びました。そしてそれぞれ乙女たちはともし火を明るくして、迎えに出たのです。寝ている間にともし火の油が減ってしまったので、賢い乙女たちは予備の油を注いで、迎えに出ました。ところが、愚かな乙女たちには予備の油がなかったので、今にも火が消えそうなのです。それで、賢い乙女たちにお願いして、『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』と言いました。ですが、賢い乙女たちは『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』と言ったのです。
ここでキーワードになるのは油です。これは一体何を表しているのでしょうか。これは言ってみれば深い信仰です。どんなに待ち続けても消えることの無い信仰です。ともし火は今ある信仰と言ってもいいかもしれません。見かけは同じように信仰を持っていても、待ち続ける間に消えてしまう信仰かもしれません。待ち続けるためには、もっと深い信仰が必要なのです。その様な信仰は、自分にも少し分けて下さいと言っても分けてあげられるものではありません。自分でその信仰を得なければならないのです。ですから、賢い乙女たちは自分で買ってきなさい、と言ったのです。決してケチなわけでも冷たいわけでもなく、この油は自分で得るしかないのです。そして愚かな乙女たちは油を買いに行っている間に事件が起こるのです。10節から13節です。
マタ 25:10 愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。
マタ 25:11 その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。
マタ 25:12 しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。
マタ 25:13 だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」
愚かな乙女たちは油を買いに行きました。その間に花婿は到着して、ともし火をともして用意している5人と一緒に婚宴の席に入りました。そしてその家の扉は閉じられたのです。その後で、愚かな娘たちもやって来て『御主人様、御主人様、開けてください』と言いましたが、主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えたのです。この主人とは天国の主人神様の事だと思います。神様によって締め出されたのです。
私達は、再臨の時がいつ来るかわからないから、その時まで自分たちの好きなようにしておこうと思い、イエス様の命じたことを忠実に守って目を覚ましていることが出来ないのです。そして、その時が来たら、なんとかなるだろうと思っているのです。イエス様は優しい方で許される方なのだから、その時に来れば赦してもらえるだろうと思っているのです。ですがそうではないとイエス様は言います。もう手遅れになることもあるのだと言っているのです。この愚かな乙女たちは手遅れになってしまったのです。いくら見かけの信仰を持っていても、待ち続けるだけの深い信仰がなければその時に間に合わないかもしれないのです。この話でイエス様が一番言おうとしたことはこの言葉です。13節です。
マタ 25:13 だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」
目覚めた信仰を持ち続けることが大切なのです。
転
次の譬え話は良く知られた、◆「タラントン」のたとえの話です。この話では主人は突然帰ってくるような話ではないのですが、やはり旅に出ている間に、僕たちがいかに主人の御心に忠実であったかを語る話です。14節と15節です。
マタ 25:14 「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。
マタ 25:15 それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。
ここでもこの話を天の国の話として語ります。ある主人が旅に出かけるときに僕たちを呼んで自分の財産を預けたと言うのです。それぞれの力に応じて預けたのです。一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけたとあります。ここでもこの喩えは、再臨の話として例えられているのですが、イエス様が再臨するとき、あなたは神様から預かった、信仰、能力、生命を御心に適って十分に用いたか、と言う事が問われているのです。この話はその神様から与えられる、タレント、能力には人さまざまな違いがあることを語っています。決して平等ではないのです。ですが、それはそれぞれの力に応じて与えられたものであり、能力以上の事を求めるものではないのです。このタレントを預けられた人々はどうしたでしょうか。
マタ 25:16 五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。
マタ 25:17 同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。
マタ 25:18 しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。
主人から預かったものを用いてそれぞれの僕は努力して、その力に応じて、もうけを得ました。ですからこの話では、どれだけ儲けたかではなく、それぞれの能力に応じて努力することを求められているのです。ですが一人だけ違っていました。一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいたのです。当時は銀行もあったそうで、利子は年に10%もあったそうです。ですが銀行もなければ信用もしない人は穴を掘ってお金を隠しておくのが普通だったのです。この僕はその普通の事をしたのです。
さてかなりの日が経ってから、主人は帰って来て、預けた財産の清算を始めました。19節から23節です。
マタ 25:19 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。
マタ 25:20 まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』
マタ 25:21 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
マタ 25:22 次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』
マタ 25:23 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
それぞれの僕はそれぞれの能力に応じて、その財産を増やしたのです。ですから主人から『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』と言われて、褒められました。大切なのはその持っているお金の多さではなく、少しのものにでも忠実であることなのです。問題は一タラントンを預けられた僕です。どうしたでしょうか。24節から30節です。
マタ 25:24 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、
マタ 25:25 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠して/おきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』
マタ 25:26 主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
マタ 25:27 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
マタ 25:28 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。
マタ 25:29 だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
マタ 25:30 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」
この一タラントンを預けられて、それを穴に埋めていた僕は、この主人が怖かったのです。失敗してはいけないと思っていました。失敗すれば厳しい罰が与えられると思っていました。ですから、その主人にそのように言って、穴に埋めておいたその一タラントンを主人に差し出したのです。ところが主人はそれを喜びませんでした。
さて、みなさんはこの僕の事でイエス様は何を言おうとしたと思われるでしょうか。この僕は、パリサイ人や律法学者の事を表しているのです。パリサイ人や律法学者は、神様の事を厳しい恐ろしい方だと思っているのです。ですから、神様の命じた事は何でも一つの欠けもなくそれを守って行わなければならないと思っているのです。そして多くの口伝律法を作って、その言い伝えを一つも変えずにずっと守ろうとしたのです。それはまるで、神様から与えられた、その恵みの御言葉を土の中に隠して、何も変えようとしないで、ただその事だけを守ろうとしたこの僕に似ているのです。
主人がやってきたとき、すなわち再臨の時にはこの僕は悪い僕だと言って叱られるだろうと言うのです。そして持っていたものまでも取り上げられて、もっと神様の国を言い広めるものに与えられると言うのです。
結
私たちは、再臨の時はいつ来るかわからないし、まだまだ来ないだろうと思っています。ですから、その時の備えを特にしていないし、それでも大丈夫だろうと思っています。ですがイエス様の警告は、その時は突然やって来るから注意しなさい、というものでした。あなた方は、その日その時を知らないのだからと言います。いつ主の日がやって来ても、どんなに長く待つことになっても、ともし火を消すことなく、油をいつも注ぎながら待ち続けることが出来るものでありたいと思います。その時はイエス様との婚姻の時です、喜びの時です。イエス様と一緒に喜ぶことが出来るのです。用意を怠って、門の外に締め出されることが無いようにしたいと思います。そして、待ち続けてる間は、神様から与えられた、信仰、能力、命を精一杯使って、神様の御心を現すことが出来るようになりたいものです。神様は恐ろしい方ですからと決めつけて、決まったことしかできないような信仰者にはならないように。与えられた恵みを十分に用いるものさせていただきたいと思います。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、再臨の時をおろそかに考えることがありませんように。いつも信仰をもって、目を覚ましてあなたを見上げ、心の準備をして、再臨の時を迎えることが出来ますように。あなたを待ち続ける間は、あなたに与えられた多くのタレントを用いて、あなたの御心にかなって、善き業を行うことが出来ますように。規則を守ることだけに捉われた、律法学者たちの様ではなく、あなたの御心を行う信仰者として歩ませてください。
この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
<<聖書の箇所(新約聖書:マタイによる福音書)>>
◆「十人のおとめ」のたとえ
マタ 25:1 「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。
マタ 25:2 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。
マタ 25:3 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。
マタ 25:4 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。
マタ 25:5 ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。
マタ 25:6 真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
マタ 25:7 そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。
マタ 25:8 愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』
マタ 25:9 賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』
マタ 25:10 愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。
マタ 25:11 その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。
マタ 25:12 しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。
マタ 25:13 だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」
◆「タラントン」のたとえ
マタ 25:14 「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。
マタ 25:15 それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、
マタ 25:16 五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。
マタ 25:17 同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。
マタ 25:18 しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。
マタ 25:19 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。
マタ 25:20 まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』
マタ 25:21 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
マタ 25:22 次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』
マタ 25:23 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
マタ 25:24 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、
マタ 25:25 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠して/おきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』
マタ 25:26 主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
マタ 25:27 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
マタ 25:28 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。
マタ 25:29 だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
マタ 25:30 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」