家庭礼拝 2015年10月14日マタイ24章1‐28神殿の崩壊を予告する
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起
イエス様が、律法学者達やファリサイ人たちを「あなたたちは不幸だ」と7回も繰り返していった後、エルサレムのために嘆いたところが先週の箇所でした。どんなにイエス様が、ユダヤ人たちが悔い改めることなく滅ぼされていくのを悲しみ憐れんだかを示すものです。
そして、今日の箇所はそこの神殿を出て行った後、オリーブ山で語った言葉が中心です。ですから、ここはイエス様と弟子たちの間の密度の濃い話となります。この24章の話は、「小黙示録」とも言われる箇所で、黙示録で語られているような、終末に関する出来事を予言している話が中心なのです。それは世の終わり、主の再臨を語っている場所であり、そういった意味では、キリスト教信仰が何を目標にしているかを明確に語っているところでもあります。
私達の信仰の、しばしば起こる間違いは、この世での救いを目的にしてしまうと言う事です。この世で生きている間、無事で、平和で、豊かで、無病息災であるように願い、それがかなえられることが救いであり幸せだと考えていることです。ですから私たちの祈りもつい、そのような事を求めた祈りとなります。ですが、この24章を見れば、この世のものには苦しみがあり、そしてそれらはすべて通り過ぎるものであり、そしてその後に、神様のみ前に招かれて、神の民として迎えられる、と言う事を言っているのです。私たちのこの世での苦しみや苦難はどんなものであれ、終末の後に来る救いと許しを考えれば、喜びを持って耐えることが出来るものだと言うのです。その先取りされた、喜びをもって、この世をしっかりと生きていくのがイエス様の教えて下さっている道であり、私たちの本当の信仰なのです。この世の救いを最終目標にしてはいけないのです。その事を教えてくれるのがこの24章の言葉です。
承
さてイエス様がユダヤ人たちとの論争を終えて、神殿の境内を出ていくとき、ガリラヤの田舎から出てきた弟子達は、その建物の壮麗さに感動して、こう言ったのです。1節と2節です。
マタ 24:1 イエスが神殿の境内を出て行かれると、弟子たちが近寄って来て、イエスに神殿の建物を指さした。
マタ 24:2 そこで、イエスは言われた。「これらすべての物を見ないのか。はっきり言っておく。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」
実はマタイによる福音書では何と言ったかは書かれていません。ただ、弟子たちが近寄ってきて、イエスに神殿の建物を指さした、と書かれています。なんといったのかを想像してみてください。簡単に想像できると思います。マルコ13章一節では弟子のひとりがこう言っています。「先生。これはまあ、何とみごとな石でしょう。何とすばらしい建物でしょう。」と書いてあります。田舎には大きな建物などないのですから弟子の驚きは当然の事です。その弟子達には、この素晴らしい建物が永遠に続く都の様に思われたのです。ですがイエス様はそこに永遠ではないもの、滅ぶべきものを見ていたのです。そして言ったのです。「これらすべての物を見ないのか。はっきり言っておく。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」イエス様はその素晴らしい神殿の崩壊を予言したのです。それは、「見かけだけではなくすべてのものを見なさい。崩壊された姿も見なさい。」と言ったのです。実際にその神殿は崩壊しました。イエス様が予言してから40年後の事です。ローマによって、焼き落とされ崩壊したのです。そしてユダヤの国はそれから2千年近くも消滅し、第二次世界大戦後にイスラエルの国が出来るまで、流浪の民となってしまったのです。
このイエス様の神殿が崩壊すると言う話は弟子達にも強いインパクトを与えました。そしてとても気になったのです。それでイエス様が、オリーブ山で休んでおられる時に、そばにきて秘かにその事を聞いたのです。3節です。
マタ 24:3 イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」
弟子たちがやって来て、秘かに言ったと言うのですから、弟子達は大勢で聞きに来たのではないのです。その事を聞きに来たのはマルコによる福音書では、ペトロ、ヤコブ、アンデレ、ヨハネの4人であると書かれています。弟子達は、その神殿の崩壊はいつ起こるのかと言う事とその時の前兆はあるのかと聞きました。この事がとても気になったのです。この事はマルコにもルカにも書かれています。ですが、このマタイにだけ、「あなたが来られて世の終わる時には」と言う風な聞き方をしています。ですがこの時点での弟子たちに、イエス様の復活と再臨そして終末と言った系統だった考え方はまだなかったのではないかと思います。後の時代に書かれたので、そのような思想が付け加えられたのではないかと思います。弟子達はいつ起こるのか、その前兆は何かと尋ねた時、イエス様はこう答えました。
マタ 24:4 イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。
マタ 24:5 わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。
マタ 24:6 戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。
マタ 24:7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。
マタ 24:8 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。
イエス様は、その時には注意しなさいと弟子たちに忠告しました。何を注意するのかと言うと一つは、人に惑わされないようにと言う事と、もう一つは慌てないようにと言う事でした。大変なことが起こった時に冷静に沈着に行動するようにと言っているのです。
惑わされないようにと言うのは、『わたしがメシアだ』というものが大勢現れるから、それに惑わされるなと言う事です。慌てるな、というのは戦争の騒ぎや戦争のうわさが出るからあわてるな、と言ったのです。ですがそれはまだ世の終わりではなくて、起るに決まっていることが起こることだから、決して慌てるなと言うのです。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。」と言って、それらが起こったからと言って終末が始まったと思ってはいけないと言っているのです。まだ生みの苦しみの始まりなのです。このような時代と言うのは何時の事なのでしょうか。それはイエス様が天に上られてからずっとこの状態が続いているのです。ユダヤの国ではエルサレム神殿が崩壊し、世界中で、数えきれないほどの争いが起こり、今の時代もまたその延長にあるのです。ですが、まだそれは生みの苦しみなのです。本当の終末はこれから来るのです。その時一体何が起こるのでしょうか。弟子たちが訪ねたどんな前兆が起こるのでしょうか、イエス様はこう答えました。9節から14節です。
マタ 24:9 そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。
マタ 24:10 そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。
マタ 24:11 偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。
マタ 24:12 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。
マタ 24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
マタ 24:14 そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」
イエス様は、まずあなたたちはどうなるかを言いました。それは苦しみを受け、殺される、そしてあらゆる民に憎まれる、と言います。これがイエス様がクリスチャンのこの世にあって受ける報いだと言うのです。私たちが期待している救いの姿と如何に違っているかを理解できるでしょうか。あなたたちは殺されるとさえ言っているのです。それではほかの人々はどうなのでしょうか、イエス様はこう言うのです。「多くの人がつまづき、互いに裏切り、憎み合い、人を惑わし、不法がはびこり、愛が冷える」これがこの世の現実となると言っているのです。今の時代はまだそこまで行っていないから大丈夫なのでしょうか。ですが今紛争の起っている地域では、まさしくこのことが起こっているのかもしれません。ですがイエス様は、「しかし、最後まで耐え忍ぶものは救われる。」と言いました。イエス様の再臨の時を信じ、神様による救いを信じて、最後まで耐え忍ぶものは救われる、と言っているのです。イエス様の救いとはこのような救いなのです。苦しみの無い平和な世界が救いなのではなくて、争いや苦しみの中にあっても再臨の時を信じて、その時にはもう救われていることを信じて、最後まで耐え忍ぶものが救われると言っているのです。イエス様の救いとはこのような救いなのです。この世の苦しみを超えた世界に、救いの喜びを感じる救いなのです。そして、その終わりの時は、御国の福音が全世界に述べ伝えられてから起こるのだと言うのです。
この事を聞いて、それならば終わりの時が来ないように、御国の福音が全世界に伝わらない方がいいと思うのでしょうか。それではイエスの弟子にはなれません。イエスの弟子達は、その終末の時が早く来るようにと命を掛けて世界中にその福音を伝えようとしたのです。その再臨の時を待ち望んだのです。これが本当のクリスチャンなのです。
転
さて、弟子たちが訪ねた前兆に関する答えはまとめるとこうなります。第一の前兆は偽キリストが現れると言う事です。第二の前兆は戦争が起こると言う事です。第三の前兆は天災が起こると言う事です。第四の前兆は迫害が起こると言う事です。これらの事はもうすでに起こったのでしょうか。その時私たちはどうしたらよいのでしょうか。イエス様はこう言ったのです。15節から21節です。
マタ 24:15 「預言者ダニエルの言った憎むべき破壊者が、聖なる場所に立つのを見たら――読者は悟れ――、
マタ 24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
マタ 24:17 屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。
マタ 24:18 畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。
マタ 24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。
マタ 24:20 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。
マタ 24:21 そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。
イエス様は、神殿が汚され崩壊するときが来たならば、とにかく逃げろ、何も取りに帰ってはいけない、すぐに逃げろと言います。それと戦えとは言いません。大きな苦難がやって来るからとにかく逃げなさいと教えているのです。戦える相手ではないのです。
そしてこう言ったのです。22節から28節です。
マタ 24:22 神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。
マタ 24:23 そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『いや、ここだ』と言う者がいても、信じてはならない。
マタ 24:24 偽メシアや偽預言者が現れて、大きなしるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちをも惑わそうとするからである。
マタ 24:25 あなたがたには前もって言っておく。
マタ 24:26 だから、人が『見よ、メシアは荒れ野にいる』と言っても、行ってはならない。また、『見よ、奥の部屋にいる』と言っても、信じてはならない。
マタ 24:27 稲妻が東から西へひらめき渡るように、人の子も来るからである。
マタ 24:28 死体のある所には、はげ鷹が集まるものだ。」
イエス様は、神様は選ばれたもののために、その苦難の期間を縮めて下さると言います。ですが、その間、偽メシアや偽預言者が現れて、その選ばれた人々をさえも惑わそうとするのだと言いました。どのようにして惑わすかと言えば、「大きなしるしや不思議な業」を行って人々を惑わすと言うのです。この様なイエス様のように大きなしるしや不思議な技を行っている人を見たら、誰でも惑わされるに違いありません。だから、メシアが現れたと人々が言っても、それを信じてはいけないし、従ってもならないと言うのです。イエス様が現れるのは、稲妻が光るように、一瞬のうちにこの世にやって来ると言うのです。だから人々の噂に惑わされてはいけないと言いました。
結
イエス様は神殿の崩壊を予言しました。見かけの壮麗な姿だけではなく、滅びの姿も見ていました。そしてイエス様は弟子たちに、終末の時が来るまでに何が起こるのか、そして終末の前兆は何なのかを詳しく教えました。第一の前兆は偽キリストが現れると言う事。第二の前兆は戦争が起こると言う事。第三の前兆は天災が起こると言う事。第四の前兆は迫害が起こると言う事でした。私たちの本当の救いの前には多くの困難や苦しみがあるのです。私たちの救いはこの世にあるのではないのです。今の生活が良くなることではないのです。私たちの救いは、この世が去った後、神様のみ前で、イエス様によってすでに救われていると言う事を確信できることの救いなのです。その救いの確信によって、今の世での人生を神様に委ねて、いきいきと生きることが出来ると言う救いなのです。くれぐれも取り違えてはならないのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。私たちはこの世での救いばかりに心を奪われていました。この世での生活が楽になることが救いだと思い違いをしていました。ですが、イエス様はこの世では苦しみがあることを言っています。終末の時を迎えるときには大きな苦しみがやって来ることを語りました。ですが、私たちには、神様のみ前に出るときにイエス様と共に進み出て、救われることの希望が与えられています。この世の苦しみがいかに激しいものであっても、私たちにはその希望と喜びがあることを教えられました。神様どうか、イエス様が教えて下さった信仰を正しく受け入れていくものでありますように。自分勝手に解釈して、都合のよい信仰に溺れることがありませんように。どうかイエス様のみ心に適いますように。
この祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
<<聖書の箇所(新約聖書:マタイによる福音書)>>
◆神殿の崩壊を予告する
マタ 24:1 イエスが神殿の境内を出て行かれると、弟子たちが近寄って来て、イエスに神殿の建物を指さした。
マタ 24:2 そこで、イエスは言われた。「これらすべての物を見ないのか。はっきり言っておく。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」
◆終末の徴
マタ 24:3 イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」
マタ 24:4 イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。
マタ 24:5 わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。
マタ 24:6 戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。
マタ 24:7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。
マタ 24:8 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。
マタ 24:9 そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。
マタ 24:10 そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。
マタ 24:11 偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。
マタ 24:12 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。
マタ 24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
マタ 24:14 そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」
◆大きな苦難を予告する
マタ 24:15 「預言者ダニエルの言った憎むべき破壊者が、聖なる場所に立つのを見たら――読者は悟れ――、
マタ 24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
マタ 24:17 屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。
マタ 24:18 畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。
マタ 24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。
マタ 24:20 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。
マタ 24:21 そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。
マタ 24:22 神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。
マタ 24:23 そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『いや、ここだ』と言う者がいても、信じてはならない。
マタ 24:24 偽メシアや偽預言者が現れて、大きなしるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちをも惑わそうとするからである。
マタ 24:25 あなたがたには前もって言っておく。
マタ 24:26 だから、人が『見よ、メシアは荒れ野にいる』と言っても、行ってはならない。また、『見よ、奥の部屋にいる』と言っても、信じてはならない。
マタ 24:27 稲妻が東から西へひらめき渡るように、人の子も来るからである。
マタ 24:28 死体のある所には、はげ鷹が集まるものだ。」