家庭礼拝 2015年3月11日マタイ10章16‐31迫害を予告する

  賛美歌79 みまえにわれらつどい聖書朗読  祈り 奨励説教 一分黙想 全員祈り 主の祈り  賛美歌83 聖なるかな

 

 イエス様は12人の弟子たちを、自分たちだけで宣教できるようにするために遣わそうとしていました。それは弟子訓練であるとともに、宣教の収獲のための働き手として、イエス様の代わりにその働きをしてもらうためでした。そのためにイエス様は12人の弟子に、悪霊を追い出す権能を与え、行くべきところ、語るべきこと、持って行くもの、その地についた時のことなど細かく指示を出しました。初めて弟子を遣わすので、初めて子供を旅さす親の様に世話を焼いたのだと思います。そして今日の箇所に入ります。そこには、これから弟子たちにどんな困難が起こるのかを警告しているのです。

 普通の親ならば、子供達だけで旅をさせる場合、「こうしておけば大丈夫だからね、向こうではおばあちゃんが待っているからね。」と言って、出来るだけ安心させようとするに違いありません。ですがイエス様は、そんなことは言いませんでした。正直に、「きっとあなたたちは色々な人から迫害に会うだろう。」と言ったのです。イエス様はリスクを隠すことなく正直に言ったのです。それは弟子達にも覚悟を持たせるためだったのかもしれません。そして、心構えとして言った言葉は「恐れてはいけない」と言う言葉なのです。そしてそれには理由があったのです。どうして恐れずに済むのかと言うことを教えてくれたのです。それが、今日の聖書の学びです。

 私たちの人生の中での一番の敵は、この恐れです。この恐れからすべての不幸は起こってきます。すべての罪の源もこの恐れの中にあります。私たちが利己的で、罪を犯してしまうのも、この恐れがあるからです。私たちが快楽に逃避するのも、心の底に恐れがあるからです。この恐れがなければ平安な、愛に満ちた人生を歩んでいけるのだろうなと思います。ですから、今日学ぶ「恐れるな」と言う言葉は、私たちにとっても、とても大切な言葉なのです。

では、聖書を学んでみましょう。最初は16節です。

マタ 10:16 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。

イエス様はこれから弟子たちを派遣するのですが、それはまるで、オオカミの群れに羊を送り込むようなものだ、と言いました。羊は戦う武器を持っていません。逃げ回るだけです。オオカミは鋭い牙をもって、羊たちを食べようと狙ってきます。その羊がオオカミの群れの中にやってきたらどうなるでしょう。弟子たちを遣わすことはそれほど恐ろしいことだとイエス様は言っています。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい、と言っています。ヘビはユダヤ人にとって賢さや知恵の象徴でした。イエス様は、この世の危険に対してはヘビのように賢くあれ、と言っています。オオカミのような人々に対しては決して油断してはいけないと言っているのです。一方鳩は柔和と善意の象徴なのです。イエス様は鳩のように素直になりなさいと言いました。これはオオカミに対して、鳩のように素直になりなさいと言ってるよりも、神様の導きに対して鳩のように素直に受け入れていきなさいと言うことだと思います。この二つは、一つの物事に対して、蛇のようにさとく、鳩のように素直にと言うのはなかなか難しく、矛盾しているようにも思います。ですから、この世のオオカミに対してはヘビのように聡く、神様からの導きには鳩のように素直に従っていくと考える方が自然だと思います。

さて、イエス様がそのようにヘビのように賢くあれ、鳩のように素直であれと言ったのには理由があります。この弟子たちの前には迫害があるからです。どんな迫害が起こるのかを三つの例で示しました。その迫害に対しては、蛇のように賢くあれ、警戒しなさい、と言っているのです。17節と18節です。

マタ 10:17 人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。

マタ 10:18 また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。

 まず最初の迫害は、宗教的な迫害です。地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからです、と言いました。これはきっと、律法違反者そして異端者として裁かれるだろうと言うことです。二つ目の迫害は、国家による迫害です。総督や王の前に引き出されて、彼等や異邦人に証をすることになる、と言いました。この迫害は、国家に騒乱を起こす政治犯として裁かれるだろうと言うことです。弟子たちに例えその様な罪が見いだせなくとも、イエス様の弟子として派遣されると、そのような迫害に会うだろうとイエス様は預言したのです。

その様な時にはどうしたらよいでしょうか。イエス様はそのことをも弟子たちに教えられました。19節と20節です。

マタ 10:19 引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。

マタ 10:20 実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。

 イエス様は、何をどういおうかと心配してはならない、と言いました。言うべきことは聖霊が教えてくれるからだと言うのです。この時に必要なのが、鳩のように素直な心なのです。その様に、素直に心を開いているならば、神様の霊が、あなた方の中にあって、話すべきことを話してくれると言っているのです。これがヘビの賢さと鳩の素直さの働きなのです。私達もまた、危険を伴う使命に対しては、この二つの働き、蛇の賢さと鳩の素直さを持ち合わせながら、心配することなく、進んでいくことが出来るのです。

そして、三つめの迫害は家族による迫害です。21節と22節です。

マタ 10:21 兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。

マタ 10:22 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

 イエス様は、家族による迫害では、家族の間で殺し合いが始まるだろうと言っています。そしてそのような原因になったイエス様の教えのために、あなた方はすべての人に憎まれるだろうと警告しました。弟子たちの宣教によって、イエス様を信じるようになった人は、家族の中で分裂を起こし、平和であった家庭に、不和を引き起こすからです。場合によっては殺し合いになると言っているのです。ですからそのような原因を作っているあなたたちはすべての人から憎まれ迫害されるだろうと言っているのです。ですがイエス様は、最後まで耐え忍ぶものは救われると約束されました。このような迫害の中にあって、一番必要なものは忍耐なのです。最後の時、再臨の時を待ち望んで耐え忍ぶことなのです。そうすれは、あなたは救われると約束されているのです。

さて、このような三つの種類の迫害が起こった時、どのような迫害であれどうしたらよいかをイエス様は語りました。23節から25節です。

マタ 10:23 一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。

マタ 10:24 弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。

マタ 10:25 弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」

 イエス様は、そのような迫害が起こった時には抵抗しないで逃げなさいと教えました。一つの町で迫害された時は、他の町へ逃げていきなさい、と言いました。でも心配しないでもよい、それはいつまでも続くのではなく、「あなた方がイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る」と約束されたのです。これは実現したのでしょうか。私はこれは、イエス様の十字架と復活と言う形で実現したのだと思います。弟子たちが期待していた形ではなくとも、その予言は実現したのです。イエス様が迫害されたら逃げなさいと言ったのには、イエス様が迫害されたように、弟子たちのあなた達も迫害されたなら、それで十分であると言うことを言おうとしたのです。迫害に抵抗して、命を失うことをしてはいけないと言っているのです。僕が主人以上の迫害を受ける必要はないと言っているのです。一方で、イエス様の受けられたと同じような苦しみを喜んで、引き受けるのがクリスチャンなのです。イエス様と同じ姿になる事を喜ぶのです。

転 さて、イエス様は、このような迫害が起こった時、どうしなさいと言ったでしょうか。それは、「恐れてはならない」と命じたのです。26節です。

マタ 10:26 「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。

 イエス様は、なぜ恐れてはならないと言ったのでしょうか。それは覆われているもので表されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからだと言ったのです。イエス様の弟子たちが迫害されるのは、ユダヤ教の人々からは、「あの人たちはモーセや予言者たちの教えと違ったことを教えている。」と言って迫害し、王様や皇帝達からは、「あの者たちは王や皇帝の権威を否定し、暴動を起こそうとしている。」と言って迫害され、家族の者達からは、「家の中に間違った教えを持ち込んで平和な家庭に混乱を招いている。」と言って迫害したのです。ですが、それらは真実ではなく誤解や中傷なのです。イエス様は、真実は必ず明らかになる。あなたたちのしていることは神の義にかなったことなのだから、恐れてはならないと教えているのです。いずれ、あなたたちの正しさが明らかになる、と言っているのです。そしてこう言いました。27節28節です。

マタ 10:27 わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。

マタ 10:28 体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。

 イエス様は、弟子たちに「あなたたちに教えたことは正しい事であるから、何も隠すことなく臆することなく公に語りなさい。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。」と言ったのです。ですがその結果は迫害にあって殺されるかもしれません。でもイエス様は恐れるなと命じました。それは、体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい、と言うことなのです。人を恐れない一番の方法は、人よりもはるかに力ある方、神様を信じることなのです。人は身体を殺すだけですが、神様は、魂をも殺す方なのです。神様は、イエス様を信じて従うものを、その魂において救ってくださると言うことなのです。そしてこのような例えを言いました。29節から31節です。

マタ 10:29 二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。

マタ 10:30 あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。

マタ 10:31 だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。

一アサリオンと言うのは一日の日当に相当する金額1デナリの16分の一ですから、今でいうと50円くらいの価値です。そのお金で買った、二羽の雀の一羽でさえも神様のお許しななければ死ぬことはないと言っています。あなたたちは、その雀たちよりもずっとまさっており、神様から見守られているのだから、決して恐れてはならない。全ての事を神様はご存知で、神様の許しがなければ何も起こらないのだと言って、弟子たちを励ましているのです。神様はすべてを見ています

 イエス様が弟子たちを派遣するのは、とても危険な事でした。羊をオオカミの群れの中に送り込むようなものでした。ですが当時はまだそれほど迫害が激しかったわけではありません。むしろその後の時代に起こる、激しい迫害を見越してイエス様は語られているような気がします。イエス様は、弟子たちに、あなた方はきっと迫害に会う。だが決して恐れてはいけない。あなたたちは神様の御前に正しいことを行っている。神様はあなたたちをいつも見守って下さるだろう。だから身体を殺しても、魂まで殺すことの出来ない者達を恐れるな、ただ魂をも滅ぼすことの出来る神様のみを恐れなさいと教えているのです。私たちも人を恐れるときがあるものです。人の批判を怖がることもあるのです。ですが、私たちのすべてを知ってくださる神様の許しがなければ何も起こらないとの信仰をもって、ただ神様だけを信じ、恐れて行けば、人を恐れることなく、歩んでいけるのです。何も心配することはなくなるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。イエス様は宣教に向かう弟子たちに、迫害に対する覚悟の教えを話されました。そして、全てを知っておられる、神様に信頼し、人を恐れることなくただ、魂をも滅ぼされる神様を恐れて、歩みなさいと教えました。神様は、イエス様に従うものを大切にしてくださいます。私たちが神様を信頼して歩むとき、どんな人間をも恐れなくなると信じます。

 天の父なる神様、どうか私たちもこの世にあって心配したり恐れたりすることなく、ただあなたを信頼し、あなたのみを恐れて歩んでいくことが出来ますように。私たちの人生には、オオカミの群れの中を歩むようなときもあるのかもしれません。ですがそれでも、御心にかなって歩むことが出来るようにさせてください。恐れてはいけないと言うイエス様の御言葉を聞いて歩んでいくことが出来ますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。 アーメン

 


 

<<聖書の箇所(新約聖書:マタイによる福音書)>>

 

◆迫害を予告する

マタ 10:16 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。

マタ 10:17 人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。

マタ 10:18 また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。

マタ 10:19 引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。

マタ 10:20 実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。

マタ 10:21 兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。

マタ 10:22 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

マタ 10:23 一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。

マタ 10:24 弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。

マタ 10:25 弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」

◆恐るべき者

マタ 10:26 「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。

マタ 10:27 わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。

マタ 10:28 体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。

マタ 10:29 二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。

マタ 10:30 あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。

マタ 10:31 だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」