家庭礼拝 2014年11月19日マタイ5章21‐32腹を立ててはならない
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起
今日も山上の説教の箇所ですが、ここには古い教えと新しい教えが比較されて教えられています。イエス様の教えは皆新しいのですが、特にここにはその新しさを強調するために古い教えとの違いを語っているのです。その典型的な、共通する言い回しはこうです。
「あなたがたも聞いているとおり、○○と命じられている。しかし、わたしは言っておく。□□しなさい。このような言い方なのです。
最初に命じられている、言葉○○は今までの古い教えであり、イエス様がそれに対して、私は言っておく□□、と言って語るのが、イエス様の新しい教えなのです。イエス様はこのような言い方で、新しい教えと、古い教えの比較を続けて6つ語りました。それは、小見出しで言うと、@腹を立ててはならない、A姦淫してはならない、B離縁してはならない、C誓ってはならない、D復讐してはならない、E敵を愛しなさい。の六つなのです。これらはモーセの十戒に似ています。同じではありませんが同じような事を言おうとしているのです。すなわち、イエス様がここで教えようとしていることは、律法の新しい解釈について教えようとしているのです。モーセは律法を与え、人々を神様の下に導こうとしましたが、後の人々はそれを人間的な思いで解釈し、そして、自分たちがそれを守りやすいように具体的な口伝律法として、教えてきましたが、イエス様はその間違いを正されようとしたのです。そこで今まで解釈されているものとは違う、もともと神様が私たちに与えて下さった律法の意味を教えているのです。そして、今日はそのうちの三つを学ぼうとしております。それは@腹を立ててはならない、A姦淫してはならない、B離縁してはならない、の三つです。先週もお話ししましたように、イエス様は決して律法を廃するためではなく、律法を成就するためにやって来たのです。ですがそのためには、人々が正しく律法を理解することが必要だったのです。それでイエス様は分かりやすく、今まではこうであったが、本当はこうなのだと、教え始められたのです。そのことを思いながら、今日の箇所を学んでいきたいと思います。
承
まず最初の教えは小見出しで、腹を立ててはならない、と言うところです。ここの小見出しはむしろ、憎んではならない、とした方が理解しやすいような気がします。イエス様は、このように腹を立てたり憎んだりすることは既に罪に陥っているのだから、神様に罪を許してくださいと言う前に、相手と和解しなさい、と言うことを言おうとしています。まず自分たちでできる罪の悔い改めを行いなさいと言うことです。そうしないと、心の思いが行動となって、その憎しみが殺人に至るからです。聖書では21節と22節です。
マタ 5:21 「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。
マタ 5:22 しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。
イエス様の教えの、今までと違っていることは、単に罪を犯してはいけないと言うよりも、その罪のもとになっている、心の中の思いをも清めなさい、と教えているところです。心の中にあるものが、外に出てくるのです。兄弟にバカと言ったり、愚か者と言ったりして、兄弟を憎んだりすると、その心の中にある憎しみが、人を殺すような行為に導かれて、それを行ってしまうのだと言うのです。ですから、イエス様は兄弟に対して、人殺しなどの罪を犯す前に、腹を立ててはいけない。それは罪を犯したと同じ事なのだと言っているのです。兄弟に腹を立てるものは誰でも裁きを受けるのだ、兄弟にバカというものは最高法院の裁判を受けなければならず、愚か者というものは、もっと罪の重い火の地獄に投げ込まれるのだと言うのです。それほど心の中に思うことが重い裁きに会うのだと言うのです。ここで、馬鹿というものと、愚か者というものの罪の重さが違っていることに気がついたでしょうか。一方は最高法院と言う裁判所で裁判を受けることになるが、もう一方は、いきなり火の地獄に投げ込まれるのです。どちらも同じように思うのですが、何が違うのでしょうか。これは、馬鹿というものは単純に怒っているだけなのです。そしてバカ、と言って腹を立てているのです。ですが、愚か者というものは、相手を軽蔑しているのです。どうしようもないやつだと軽べつしているのです。イエス様はこの軽べつすることをもっと重い罪として裁いているのです。クリスチャンにふさわしくないのは、腹を立ててしまって、馬鹿と言うよりも、相手を軽蔑して、愚か者と言うほうが、クリスチャンとしては許されないのです。クリスチャンは人を軽蔑してはいけないのです。それはイエス様の教えだからです。いずれにしても心の中にあるものが罪を犯させます。ですからイエス様はこう言いました。
マタ 5:23 だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、
マタ 5:24 その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。
ここで祭壇に供え物を捧げようとする人は、罪の許しの捧げものを捧げようとしているのです。この時の罪の許しは、その人が気がつかず犯した罪の許しなのです。ですが、今はこの兄弟は相手に対して反感を持っています。それは捧げものでは許されないのです。ですからイエス様は、まず兄弟と仲直りし、それから、捧げものをしなさい、と教えているのです。そうすれば、あなたの罪は許されると言っているのです。ですが、兄弟と仲直りせずに祭壇に供え物を捧げても、そんな身勝手な思いは神様の御前に許されないことなのです。まず自分から、仲直りをしなさいと言うことなのです。
また、こうも言いました。25節と26節です。
マタ 5:25 あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。
マタ 5:26 はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」
ここで教えていることは、前の例と同じ和解しなさいと言うことなのですが、特に大切なのは、早く和解しなさい、と言うことなのです。このような腹の立つことは時間が経つと、憎しみに代わり、最後には大きな犯罪まで行ってしまうのです。ですから放っておいてはいけないのです。早く解決すればするほど状況は軽くて済むのです。だからイエス様は裁判に行く途中であっても、早く和解しなさい。そうしないと、とんでもなく難しいことになるからと実際的に教えているのです。私達も、怒ったり、憎んだりし始めたら、それがどのような理由であったとしてもまず、相手と和解するのがイエス様の教えなのだと覚えて、そのように行いたいと思うのです。
転
次の教えは、姦淫してはならないです。これはそのまま十戒に書いてある言葉です。しかしイエス様の教えはそれだけにとどまりませんでした。27節と28節です。
マタ 5:27 「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。
マタ 5:28 しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。
ここでも、行為としての罪を禁じているだけではなく、そのもととなる心の思いを禁じているのです。心の中でみだらな思いでいるものが姦淫の罪を犯してしまうと言うのです。ですからそのような罪を犯す前に心の中を清めなさいと言っているのです。これがイエス様の教えなのです。
どのようにしてその罪の元を取り除いたらよいのかと言うことを、29節30節でイエス様は語っています。こう言っています。
マタ 5:29 もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。
マタ 5:30 もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」
これはかなり過激な言葉です。みだらな思いで女を見てはいけないと言うのではなく、もし、右の目があなたを躓かせるなら、抉り出して捨ててしまいなさい、と言うのです。魂の救いにとっては身体の一部を失うことなど、とても小さなことだと言うのです。肉のために魂を汚してはいけないと言うのです。それほど、心を清らかに保つことは大切なのです。心の中で思っているだけならいいではないか、それを実際に行うわけではないのだからと、言い訳をするような私たちにとっては衝撃的な言葉です。それほど、心の思いを清めることは大切なのです。心の中で罪を犯さないことが本当に罪を犯さないことなのです。
今日三つめの教えは離縁してはならない、と言う教えです。31節32節です。
マタ 5:31 「『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。
マタ 5:32 しかし、わたしは言っておく。不法な結婚でもないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」
これも二つ目の教えと同様に、姦淫してはならないと言う文脈の中で語られています。当時の女性はとても弱い立場にありました。ものや家畜と同様の扱いであり、一人前の人間としては扱われませんでした。人の数を数えるときは、成人男性の数しか数の内に入りませんでした。政治的にも社会的にも何の発言権はありませんでした。ですから、妻と言う立場であっても、簡単に離縁されたのです。最初は離縁に関しても厳格な律法があったのですが、だんだんと男にとって都合のよいように解釈されてくるようになりました。それは、ギリシャや、ローマ文化の影響でした。男たちは、モーセの律法には『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と書いてあるではないかと言うのがその強い根拠でした。それに対して、イエス様は、このような自分勝手な離縁は女に姦通の罪を犯させるものであり、男も姦通の罪を犯すことになると言っているのです。つまりイエス様が言っているのは、妻を離縁するものは姦淫の罪を犯すことになる、と言っているのです。
ここのところの事情は、マルコによる福音書の10章4節から12節に詳しく書かれてあるのでそれを読んでみましょう。
マコ 10:4 彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。
マコ 10:5 イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。
マコ 10:6 しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。
マコ 10:7 それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、
マコ 10:8 二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。
マコ 10:9 従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」
マコ 10:10 家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。
マコ 10:11 イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。
マコ 10:12 夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」
このようにイエス様の教えは、モーセのように離縁状を書けば離縁できるようなものではなく、夫婦とは神様が結び合わせて下さったものであり一体である。人が離してはいけないものである。と言っているのです。それを無理やり引き離すものは姦淫を侵させ、姦淫の罪を犯すものであると言うのがイエス様の教えなのです。その罪を犯す元はみだらな思いを持つ心にあると言うのがイエス様の教えなのです。その心を清めなさいと教えています。
結
律法のもともとの教えは正しいものであっても、人間はそれを段々と自分たちに都合のよいように解釈をして、自分たちの救いの道具にしようとしてきました。それをイエス様は、もう一度神様の戒めとして、受け取るようにと教えられたのです。罪は心の中から出てくるのです。ですから心の中の罪を早く清めて、人々とは和解しなさいと教えられました。又みだらな思いで女を見てはいけないとも言いました。その様な思いをどんな犠牲を払ってでも捨て去りなさいと教えられました。離縁しようと言う思いもまた、姦淫の罪を犯すものであることも言いました。神様の御前では、夫婦は一体であり、人が引き離すことはできないのです。
当時、口伝律法の一つ一つを一生懸命に守れば、神様からよしとされて天国に入れると思っていたユダヤ人にとって、この新しい教えは衝撃的でした。そしてそれは、その口伝律法を教えていた、パリサイ人に対してはすさまじい攻撃となったので、イエス様は妬まれ、その命を狙われるようになったのです。人の教えを大切にするのか、神様の教えを大切にするのかが問われたのです
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、あなたの教えに感謝いたします。心を清く保つことがどれほど大切な事であり、どんな犠牲を払ってでも保つべき大切なものであることを教えられました。すべては心の中の思いが外に出てきます。神様、魂をどうか清く保つことが出来ますように。心に怒りや、憎しみが生じましたら、すぐに和解をすることが出来ますように。心にみだらな思いが生じましたら、どうかその思いを清いもので覆い去ることが出来ますように。あなたが与えてくださいました、心と身体を、どうか清く大切に保つことが出来ますように。そして、隣人と共に平和に過ごすことが出来ますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。 アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:マタイによる福音書)>>
◆腹を立ててはならない
マタ 5:21 「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。
マタ 5:22 しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。
マタ 5:23 だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、
マタ 5:24 その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。
マタ 5:25 あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。
マタ 5:26 はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」
◆姦淫してはならない
マタ 5:27 「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。
マタ 5:28 しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。
マタ 5:29 もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。
マタ 5:30 もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」
◆離縁してはならない
マタ 5:31 「『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。
マタ 5:32 しかし、わたしは言っておく。不法な結婚でもないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」