家庭礼拝 2014年5月14日ペトロ第一1章1-12 いきいきとした希望
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起
今日から、新しくペトロの手紙を学んでいきたいと思います。新約聖書の手紙では、パウロの手紙が圧倒的に多く、その影響も計り知れないものがありますが、12使徒たちはこのような文章を残さなかったのでしょうか。目立つものではヨハネの手紙やヨハネによる福音書がありますが、これも12使徒のヨハネなのか長老と言われるヨハネなのかの異論があります。ヤコブの手紙も使徒ヤコブではなくて、イエスの兄弟ヤコブと言われ、実はそれさえもヤコブの名を借りて他の人が書いた手紙ではないかと言われています。マタイによる福音書は使徒マタイが書いたと言われているのですが、それも確実な話ではないのです。そのような中で、ペトロの手紙も、実はいろいろな見解があって、これは無学なペトロに書けるギリシャ語の文章ではないという意見もあるのです。ですが、この手紙は最後に、「私は忠実な兄弟と認めているシルワノによって、あなたがたにこのように短く手紙を書き勧告をし、これこそ神の真の恵みであることを証しました。」と書いてあり、シルワノがこの手紙の代筆者であり代行者であったことが書かれています。そうすると、シルワノがきれいなギリシャ語の文章に直したと言うことは充分考えられるのです。私達もまた、この手紙が使徒ペトロによって書かれたものであり、ローマでの大火事の嫌疑をクリスチャンにかけられて、キリスト教が迫害され始めたころに、信者を励ますために書かれた手紙であると言うことの理解のもとに読み進めていきたいと思います。
この手紙は新約聖書の中では最も古いものの一つです。そして、この教えは教理的なものと言うよりも、迫害にあっている信徒たちを励ますことを目的としています。ですから、その文章は暖かく、読みやすい手紙になっています。この手紙は新約聖書の中でも後ろの方にあるので、なかなかきちんと読む機会があまりないような気がします。
宗教改革者のマルチンルターは「聖書への助言」と言う本の中でこのように言っています。
「新約聖書中のどの書が最もすぐれているかを正しく判断し且つ見分けることができるであろう。すなわちヨハネ伝福音書と、聖パウロの手紙、なかんずくローマ人への手紙と、聖ペトロの第一の手紙とは、あらゆる書のうちで真実の中核また精髄であり、当然第一のものとせらるべく、どんなキリスト者にも最初に且つ最も熟読させ、しかも日々これを読むことによって日常の食物のように親しむにいたるように、勧めらるべきである。」このように、ペトロ第一の手紙は、短い手紙でありながら、新約聖書中の最も優れたものの一つであり、真実の中核また精髄であると言っているのです。そして、毎日日々の糧として、読むことが薦められています。私たちは、ローマ人への手紙を学び、ヨハネ福音書を学んできましたので、今回はその薦められている最後のテキストとなる、ペトロの手紙を学んでいきたいと思っています。
これまであまり、ペトロの手紙をそのような意識で読んだことがなかったのですが、今回はマルチンルターが言うように、その真実の中核であり精髄であるものを読み解いていきたいと考えています。そして、神様による新たな恵みが与えらえるようにと願っています。
承
さて、手紙の最初はまず挨拶です。この手紙は誰から誰にあてられたのでしょうか。1節にはこうあります。
1ペト 1:1 イエス・キリストの使徒ペトロから、ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地に離散して仮住まいをしている選ばれた人たちへ。
この地名のあるポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアと言うのは今のトルコ一帯の地名になります。ユダヤで、迫害にあって、各地にチリジリになった人々の多くはこのトルコの一帯に散っていったようです。その人々に対して、ペトロは、各地に離散して仮住まいをしている選ばれた人たちへ、とその手紙をあてています。この離散して逃れた人々は財産を失い、故郷を失ったけれども、何時しか本当の自分たちの国へ帰れると言う希望を持っていたのです。離散して仮住まいをしていると言うのは、どこかで本住まいの家を建てようと言うのではなく、この信仰者たちにとってはこの世では、どこも仮住まいなのです。自分たちの国籍は天国にあると知っていたのです。そのように、信仰によって、その迫害を受け止め離散して苦難を受け止めている人々をペトロは選ばれた人たちと呼んでいます。私たちの感覚からすると、国を追放され、財産を失い、仮住まいしかできない人生ならば、それは惨めではないかと思うのですが、この信仰者たちにとって、それは選ばれた者の道であり、本籍を天国とし、財産やこの世での幸せを神様にささげ、苦難をも神様の栄光を現すものとして受け止めて行けるのは、選ばれた者達だけが出来るあゆみであると信じているのです。それは神様の栄光を現す道なのです。
ペトロはこの手紙を、イエス・キリストの使徒ペトロとして出しています。弟子と使徒の違いが分かるでしょうか。使徒とは、その使命と権威とを与えられた弟子なのです。イエス・キリストの権威を身に帯びて、癒しを行い、悪霊を追い出し、そして御言葉を語っているのです。
ペトロはそのような権威をもって人々にさらにこう言っています。2節です。
1ペト 1:2 あなたがたは、父である神があらかじめ立てられた御計画に基づいて、“霊”によって聖なる者とされ、イエス・キリストに従い、また、その血を注ぎかけていただくために選ばれたのです。恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。
その選ばれた人たちと言うのは、神様の計画に基づいて、霊によって聖なるものとされて、イエス・キリストに従うものとされていると言うのです。そして、イエス様の十字架の血が注ぎかけられて、浄められたものとなるために選ばれていると言うのです。ですから、神様の恵みと平和が、あなた方にますます豊かに与えられるようにと祈っています。このように、私たちの信仰は、自ら選んだのではなく、神様によってえらばれたものが歩んでいる信仰なのです。ユダヤ教もそうでした。ユダヤの民は神様から選ばれた民であり、クリスチャンもまた、神様から選ばれた人々なのです。ただそれは選ばれて良いことがあると言うのではなく、選ばれて、苦難をも堪え忍んで神様の栄光を現すものとして生きていくと言うことなのです。
転
さて、ペトロは挨拶が終わり、いよいよ本題に入るのですが、その前に、「私たちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。」と神様を賛美しました。それは私たちに与えて下さった恵みの大きさを思ってそのように賛美したのです。どんな恵みかと言うと3節と4節に書かれていることです。
1ペト 1:3 わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、
1ペト 1:4 また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。
ペトロが神様を賛美した理由は、神様が私たちを新たに生まれさせてくださったからと言うのです。それはイエス様が死者の中から蘇ったことにより、生き生きとした希望を与えて下さったと言うのです。それは、この世での苦しみや、この世の死は、もう何も恐ろしいものではなく、イエス様が復活したと言う希望に比べたら、取るに足りないものになったと言うことです。すなわちそのことは、この世の財産ではなくて、天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐものとして下さったと言うことなのです。この信仰者たちは、キリスト教の迫害のために、この世においては国を失い、家を失い、財産を失った人々です。ですがその人々はそれでも、さらに大きな希望をもって、天に蓄えられている財産を受け継ぐものとなり、神の御国に属するものとなって、永遠の命の中に生きる希望が与えられているのです。このように、この世に希望を置くのではなく、天に希望を置くものに変えられたと言うことが、新たに生まれさせられたと言うことなのです。さらにペトロは、その希望と喜びについて、力強くこのように言っているのです。5節から7節です。
1ペト 1:5 あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。
1ペト 1:6 それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、
1ペト 1:7 あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。
ペトロは希望と喜びを力強く語っていますが、この時の信仰者の状況はとても不安に満ちたものだったのです。国を追われ、家を失い、財産を失っただけではなく、今異邦の地にあって、ローマから、ローマの大火事の犯人としての嫌疑がかけられ、残酷な拷問や死刑にあって死んでいく人々が出てきたのです。キリスト教は邪悪な宗教だと言うことが言い広められて、迫害され始めていたのです。そのような中で、希望をもって、喜びをもって、いきいきと生きていきなさいとペトロは言っています。ですがそれは努力しなさいと言うことではなく、すでにそれは約束されており、もうすぐ実現することなのだから、そして称賛と栄光と誉を得るために、この世の試練を受け入れていきなさいと言うことなのです。あなたたちはその約束を信じて喜んでいるのだから、その信仰が試練によって本物であると証明されて、称賛と栄光と誉をもたらすのだから、それを喜びなさいと励ましているのです。この信仰者たちにとって、その試練はむしろ栄光を現す喜ばしいものとなるのです。私たちの信仰もこのような信仰の上に立つことが出来るでしょうか。初代のキリスト教の人々が、このような信仰を持っていたことを心に抱いて私たちもその信仰を歩んでいきたいと思うのです。
この時代の信仰者たちも、多くの人々はイエス様を見たことがなかったのです。でもこのような素晴らしい信仰を与えられていました。そのことをペトロはこう言いました。8節と9節です。
1ペト 1:8 あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。
1ペト 1:9 それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。
あなた方は、キリストを見たことがないのに愛し、信じており、素晴らしい喜びに満ち溢れていると言っています。それはこれから救いを受ける希望があるから喜んでいるというよりも、すでに信仰の実りとして、その魂の救いを受けているから喜びに満ち溢れているのだと言っています。すなわち、希望を持つことで、救われることを望んでいるけれども、実はそのこと自体がすでに救われていると言うことなのです。それが信仰の実りなのです。私達もまた、今のこの時代にあっても、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせない素晴らしい喜びを持つことが出来るのです。そして、苦難や苦労さえも、神様に栄光を現す場として、喜んで受け入れていくことが出来るのです。
ペトロは最後に、この救いについての預言者たちの言葉を語っています。この予言者たちはその救いがいつどこで誰に表わされるのかを調べたのです。その結果は実に、今、ここで、あなた方に現されている救いこそが、神様が約束された救いであることを示して、苦難にある信仰者たちを大いに励ましたのです。12節です。
1ペト 1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのためであるとの啓示を受けました。それらのことは、天から遣わされた聖霊に導かれて福音をあなたがたに告げ知らせた人たちが、今、あなたがたに告げ知らせており、天使たちも見て確かめたいと願っているものなのです。
その救いの啓示は、天から遣わされた聖霊に導かれた人々が、今その福音をあなた方に告げ知らせているものであり、天使達でさえもそれを見て確かめたいと願っているほどのものなのだと、その救いの素晴らしさ、大きさを語っているのでした。これこそまさに福音であり、苦難の中にあっても喜んで信仰を続けることのできる原動力となったものでした。
結
このペトロの励ましと福音の知らせは、その時代の信徒に対する迫害の大きさを思わないとなかなか理解しにくいものです。普通ならば、そんな苦しい思いまでして、信仰を続けたくないと思うところが、その苦しみを受けることこそが、神様の栄光を現すものであり、この信仰を続けることこそが、天にある財産を受け継ぐ素晴らしい道なのだとの希望をもって、喜んでその苦しみを受け入れているのです。
クリスチャンのあゆみは、救われようと努力することではなく、いまどのような苦難の中にあったとしても、信じることによって、すでに救われていることの喜びに生きることなのです。その苦難の中に喜ばしい希望があることを信じて生きることなのです。ですから、クリスチャンの生活には、この素晴らしい希望と喜びとが満ち溢れているものなのです。私達もまた、この素晴らしい希望と喜びを現しつつ、信仰生活のあゆみをしたいと願っています。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、今週から、このペテロの手紙を通して、信仰の大切さを教えていただけますことを感謝いたします。ペトロは、信仰者たちに、苦難の中にあっても希望と喜びが満ち溢れていることを語り、この世にではなく、天の国に素晴らしい、受け継ぐべき財産と、住むべき国が与えられていることを語りました。私たち信仰者は、そのようなものとして選ばれ、新しく生まれ変わって生きることを与えられたものです。この素晴らしい恵みをどうかいつも感謝しつつ、希望と喜びをもって生きることが出来ますように導いてください。特に、クリスチャンの生活が、どのような苦難の中にあっても、あふれる喜びに生きるものであることを覚えて、歩ませてください。
どうか多くの苦難の中にあって、悲しんでいる人々に、この良き知らせが伝えられますように。そして新しく変えられて希望に満ちて生き生きと歩むことが出来ますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。 アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:ペトロ第一の手紙)>>
◇ペトロの手紙一
◆挨拶
1ペト 1:1 イエス・キリストの使徒ペトロから、ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地に離散して仮住まいをしている選ばれた人たちへ。
1ペト 1:2 あなたがたは、父である神があらかじめ立てられた御計画に基づいて、“霊”によって聖なる者とされ、イエス・キリストに従い、また、その血を注ぎかけていただくために選ばれたのです。恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。
◆生き生きとした希望
1ペト 1:3 わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、
1ペト 1:4 また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。
1ペト 1:5 あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。
1ペト 1:6 それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、
1ペト 1:7 あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。
1ペト 1:8 あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。
1ペト 1:9 それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。
1ペト 1:10 この救いについては、あなたがたに与えられる恵みのことをあらかじめ語った預言者たちも、探求し、注意深く調べました。
1ペト 1:11 預言者たちは、自分たちの内におられるキリストの霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光についてあらかじめ証しされた際、それがだれを、あるいは、どの時期を指すのか調べたのです。
1ペト 1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのためであるとの啓示を受けました。それらのことは、天から遣わされた聖霊に導かれて福音をあなたがたに告げ知らせた人たちが、今、あなたがたに告げ知らせており、天使たちも見て確かめたいと願っているものなのです。