家庭礼拝 2014年3月5日ヨハネ18章19-38 イエスの尋問

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今日のイエス様の場面は、ユダヤ人たちに捕えられ、尋問される場面です。共観福音書ですと、最高法院の法廷に引き出されて、ユダヤ人たちに尋問される場面が中心です。特に大祭司とのやり取りが中心になります。ですが、ヨハネによる福音書では、それはあまり詳しく語られず、むしろローマの総督ピラトによる尋問が中心になります。ユダヤ人たちの尋問にあってはその年の大祭司カイアファによる尋問に関しては何も書かれておらず、大祭司カイアファのところにイエス様が送られて来ますが、次の場面ではカイアファの所から総督官邸に連れて行かれる場面が記されているのです。むしろその前に、大祭司の姑のアンナスのところで、のやり取りが多少詳しく書かれています。

ですから、今日の舞台の主役はイエス様とピラトです。そして脇役として、アンナスとペトロが出てくるという設定になります。そしてその役どころの設定はユダヤ人たちを代表するアンナスは怒りと憎しみのために、道理を忘れてしまったユダヤ人達を現しています。ペトロは、信仰心はあるが、その弱さのためにイエス様を裏切ってしまう、弱い信仰者を代表しています。ピラトはローマの総督と言う権力は持っているが、いろいろな弱みを握られて、思うように、行動できない人間的な弱さを持った人として描かれています。その中にあって、イエス様は尋問され裁かれているのに、決してそこでは裁かれている人間としてではなく、むしろその場にある人々を裁く権威のあるような人として、描かれています。

私たちは、いくら神様に文句を言いたいと思っても、神様を裁判の席に引き出すことなどできるはずはないのです。もしそこに神様がいたならば、そのようにしようとした人たちが逆に裁かれてしまいます。同じように、イエス様はそのさばきの座に引き出されましたが、引き出した人々が裁かれているのです。ですが、惨めなことにそのことに気が付く人はいなかったのです。それは、自分のほうが偉いと思っている人間の傲慢が、その人々の目を盲目にしているのです。

さて、人々は、イエス様をカイアファの所に連れて行って、尋問しました。そして弟子の事やその教えの事について尋ねました。何か隠し事があるのではないか、不穏な事をしようとしているのではないのかと疑ってかかったのです。ですが、イエス様はこう答えました。

「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」

と答えたのです。イエス様は事実をありのままに答え、何も隠しだては無いから、話を聞いた人々に尋ねなさい、と答えたのです。それは裁かれる人のようにではなく、堂々とその正当性を答えたのです。ところがそれがあまりに堂々としていたものですから、そばにいた下役は腹を立てて、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエス様を平手で打ったのです。普通は裁かれるものは大祭司に許しを請うために、低姿勢で臨むものだからです。イエス様は言いました。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」イエス様には、何もやましいことがないために、だれも反論できなかったのです。アンナスは、らちが明かないので、イエス様を縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送りました。ヨハネによる福音書ではそこで何があったのかは何も書かれていません。ですが、共観福音書では詳しく書かれています。最高法院が開かれ、イエス様を有罪にする判決が出たのです。ヨハネ福音書では、このことは共観福音書でよく知られているものとして省いたのかもしれません。そしてあまり知られていないピラトとのやり取りを詳しく載せたのかもしれません。

ここでまた、ペトロが出てきますが、ヨハネ福音書ではペトロはアンナスのところに忍び込んで、イエスを知らないと言ったことになっています。共観福音書では、次の大祭司カイアファのところに忍び込んでイエスを知らないと言ったと言うことになっております。そしてその相手もマルコでは最初が女中、2回目も女中で、3回目が周りにいた人々です。ヨハネでは最初は門番の女中、二回目は火に当たっていた人々、3回目は耳を切り落とされた身内のものと言うことになっていて少しずつ違います。ですが、ヨハネ福音書ではペトロの否認に大きなウェイトを置いてはいません。あっさりと書いています。ヨハネの重点は、むしろピラトとの対話の中にあるのです。

 さて、イエス様は、明け方になったころ、大祭司カイアファの所から総督官邸のピラトのところに連れていかれました。しかし、ユダヤ人たちは自分では官邸に入りませんでした。「汚れないで過越の食事をするためである。」と記されています。すなわち、イエス様が捕えられて、ピラトのもとに送られたのは過ぎ越しの食事の前なのです。過ぎ越しの食事は次の夕食の時なのです。異邦人のところに入ると汚れるので、ユダヤ人たちは大切な過ぎ越しの食事をするまでは異邦人の屋敷には入ろうとしなかったのです。共観福音書では最後の晩餐が過ぎ越しの食事とされているのですが、ヨハネによる福音書ではそれは過ぎ越しの食事の前と言うことになります。これに関してはヨハネのほうが、時間的記述に正確さがあるので、ヨハネのほうが正しいのだろうと言われています。

そこで、ユダヤ人たちが入ってこないので、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言いました。

するとユダヤ人たちは、ローマに従属している民としてはすこし横柄な感じで、こう答えたのです。30節です。

ヨハ 18:30 彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。

 この場面は、ピラトとユダヤ人たちの力関係の背景を理解しておかないといけません。そうしないとどうして、ピラトがローマの権威を持っていながら、優柔不断に大祭司たちの言いなりになってしまって、イエス様を十字架につけてしまったのかを理解できません。ピラトとユダヤ人たちの間にはそれまで3度ほどもめごとがあって、民衆の間に不評を買っていたのです。そしてそのことが皇帝ティベリウスにも伝わっており、ユダヤ人たちは、「もしあなたが、我々の言う通りしないなら、我々はあなたを皇帝に上訴するであろう。そうすればあなたは必ず免職されるだろう。」と言う脅しを、暗黙のうちにかけているのです。

 イエス様がユダヤ人たちに訴えられたのは、神を冒涜したと言う純粋に信仰的な問題によってでした。今、イエス様がピラトに訴えられているのは、イエスが王だと言って、ローマに謀反を企てていると言う、政治的な理由からでした。ユダヤ人たちはイエス様を政治的犯罪者として、十字架の刑にしたかったのです。ですが、その理由が宗教的なものと分かっていたピラトは、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言ったのです。どうしてこのようなことになってしまったのか、そのことをヨハネは信仰的に解釈してこう言ったのです。32節です。

ヨハ 18:32 それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。

ヨハネは、ユダヤ人たちが強引にイエス様を十字架刑に持って行ったのは、イエス様の予言が実現するためであったと解釈したのです。ユダヤ人たちもピラトもそして裏切ったユダもそしてペトロも、皆その予言の実現のために、イエス様に用いられたようなものなのです。

 ユダヤ人たちに脅かされて、ピラトはしょうがなく官邸に戻って、イエス様を訊問し始めました。33節から35節です。

ヨハ 18:33 そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。

ヨハ 18:34 イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」

ヨハ 18:35 ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」

 ピラトが最初にイエス様に尋ねたのは「お前がユダヤ人の王なのか」と言う質問です。これは単純にそういう質問ではなくて、その背景にあるのは、「お前はユダヤ人の王になろうとして、謀反を起こそうとしているものなのか。」と言う質問なのです。それはユダヤ人たちが訴えていることで、ピラトはそんなことは信じていないのですが聞いてみたのです。ですからイエス様は「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」と答えたのです。その質問は、ユダヤ人達に言わせられてるのでしょうと言うことを暗に言っているのです。ですからピラトはそれを無視して、「いったい何をしたのか。」と本論を聞き出そうとしたのです。すると、イエス様はそれに答えて、イエス様の国の事を語りだしたのです。36節です。

ヨハ 18:36 イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」

イエス様の答えは、「私の国は、この世には属していない。」と言う答えでした。イエス様の国はこの世にはなく、霊的なものであり、愛によって支配する国なのです。武力で支配する、この世の国とは違うことをピラトに述べたのです。するとピラトは、イエス様を追い詰めようとするかのように、その言葉じりを取って「それでは、やはり王なのか」と言ったのです。37節から38節です。

ヨハ 18:37 そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」

ヨハ 18:38 ピラトは言った。「真理とは何か。」

 ここでイエス様が答えた返事はちょっと変わった言葉です。それは「私が王だとは、あなたが言っていることです」と言う言葉です。この意味は、『私は、あなたの言う通り王である』と言う肯定の意味ともちょっと違うのです。ピラトが相変わらず王と言う言葉にこだわるので、「あなたが私を王だと言うなら、好きなようにすればいい」と言った感じの返事なのです。大切なのはその後に続く言葉です。「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」と、イエス様がこの世においてなそうとしたことを明確に説明したのです。イエス様は真理について証しをするためにこの世に来られたのです。そして、真理に属する人は皆、イエス様の声に聞き従うと言ったのです。

 ピラトは、何が正義で、何が真理であるかわからない世界に住んでいました。むしろ力が正義であり、力が真理と言える世界に住んでいました。ですから、イエス様が、「私は真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。」と言う言葉を言った時に、そんな信じられるような真理などがあるのだろうかと、ちょっと心を動かされたのです。イエス様はこのピラトの心をさえ動かしたのです。そしてピラトはふと、「真理とは何か」と本音で聞いてしまったのです。ピラトもまた、心の奥底では真理を求めていたのかもしれません。

 今日登場した人々は、イエス様を裁きの座に引き出そうとしているのに、皆なにがしかの恐れに捉われています。憎しみと恐れとに捉われたユダヤ人たちや祭司長たちは、異常ともいえる、狂気ともいえる執着をもって、イエス様を死刑にしようとたけり狂っていました。その中に潜り込んだペトロもまた、捕えられ、殺されるかもしれないと言う恐れの中で、イエス様を否認しました。権力の中枢にあると思われたポンテオピラトでさえも、弱みを握られ、脅かされて、恐れの中にありました。ただ一人、裁かれ、十字架を負わなければならないイエス様のみが、その恐れとは無関係に、落ち着いて、人々に対しているのです。その姿はむしろ裁かれる人ではなく、裁く人となっているのです。イエス様は自分がどうなるのかが分かっていました。そしてそこから逃げようとは少しも思っていないのでした。それがイエス様の使命であり、それを行うのがイエス様の栄光だからです。そのようなイエス様の姿に動かされて、ピラトは「真理とは何か」と聞きたくなったのかもしれません。イエス様は、ピラトの前にあっても真理を証していたのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

 天の父なる神様。私たちは恐れに捉われるとき、正しい判断が出来ず、バランス感覚を失ってしまいます。私たちを導いてくださる神様を信じるとき、その恐れから解放されて、落ち着いて、正しい判断をすることが出来ます。それはすべてが神様の計画にあり、すべてが良きものであることを信じることが出来るからです。

 神様、どうか私たちが、恐れに従うのではなく、ただあなたのご計画を受け入れ、それに従うことを喜びとして、あなたの栄光を現すことが出来ますように。

イエス様の証しした真理を受け入れ、イエス様に聞き従うことが出来ますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。


<<聖書の箇所(新約聖書:ヨハネによる福音書)>>

◆大祭司、イエスを尋問する

ヨハ 18:19 大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。

ヨハ 18:20 イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。

ヨハ 18:21 なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」

ヨハ 18:22 イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。

ヨハ 18:23 イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」

ヨハ 18:24 アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。

◆ペトロ、重ねてイエスを知らないと言う

ヨハ 18:25 シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。

ヨハ 18:26 大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」

ヨハ 18:27 ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。

◆ピラトから尋問される

ヨハ 18:28 人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。

ヨハ 18:29 そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。

ヨハ 18:30 彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。

ヨハ 18:31 ピラトが、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言った。

ヨハ 18:32 それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。

ヨハ 18:33 そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。

ヨハ 18:34 イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」

ヨハ 18:35 ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」

ヨハ 18:36 イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」

ヨハ 18:37 そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」

ヨハ 18:38 ピラトは言った。「真理とは何か。」