家庭礼拝 2014年2月19日ヨハネ17章9-26弟子達への執り成しの祈り

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 イエス様はこの17章の祈りの中で、まず、イエス様の世に遣わされた使命とその栄光とについて祈りました。そしてその後、今日の箇所の、弟子達への執り成しの祈りを捧げました。それはイエス様がこの世を去った後、この世に遣わされていくのはこの弟子達だからです。そして、イエス様の御言葉を伝え、真理を伝えていくからです。それが弟子たちの使命であり栄光なのです。イエス様はこの弟子たちのために祈ったのです。

イエスの弟子たちは、決して素晴らしい人々でも、優秀な人々でもありませんでした。むしろ、イエス様を裏切り、イエス様を見捨て、イエス様を嘆かせるような人々でした。それでもイエス様は、この弟子たちを見限るどころか、全幅の信頼を置いているのです。このように欠けた者たちであっても、イエス様の執り成しの祈りに支えられて、きっとこの真理を世に伝え続け、世界中に言い広められるようになると信じているのです。

ここでの執り成しの祈りは、弟子たちのその弟子たちのずっと後の弟子たちとなった私たちのためにも祈られているのです。私達もまた、欠けの多い弟子達です。ですが、そのような弟子であってもイエス様の執り成しの祈りに守られて、弟子として選ばれ、弟子としてこの世に遣わされて、その使命を果たそうとしているものなのです。イエス様の捧げられた弟子達への執り成しの祈りを学んで、私たちにイエス様が何を期待し、何をして下さっているのかを学んでいきたいと思います。

イエス様は、9節で、こう言って弟子たちのために祈り始めました。

ヨハ 17:9 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。

イエス様の祈りは、人類全体のためと言うよりも、弟子たちのために祈りました。それは、神様がイエス様に与えて下さった人々です。これは、クリスチャン全体と考えても良いかもしれません。イエス様は、この弟子達や信者たちを、神様がイエス様に与えて下さった人々と言う理解をしていました。私たちがどんなに欠けが多く、不満足なものであっても、私たちはもともと神様のものなのです。神様からイエス様へと差し出された、貴重な人々なのです。イエス様はそのことを十分にわかって、彼らはあなたのものだからですと言っています。そして、その大切な彼らのために、神様にお願いしますと言って祈っているのが今日の箇所なのです。

そして、10節11節でこう祈り始めました。

ヨハ 17:10 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。

ヨハ 17:11 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。

 10節の祈りは、さらりと祈っていますが、これはすごい祈りなのです。神様に対する祈りですから、前半の「私のものはすべてあなたのもの」と祈るのはごく自然なことです。すべて神様が作られたものですから、すべてあなたのものと祈るのは何の不思議もありません。ところがイエス様は、その後で、「あなたのものは私のものです。」と言ったのです。このように言える人は、神様と対等の人しか言えないのです。神様と一体になっている人しか言えないのです。家族の中で言えば、信頼し合っている夫婦にしか言えない言葉です。これはイエス様が、神様に等しいものであることを言っていることなのです。そしてイエス様は、「私は彼らによって栄光を受けました。」と言いました。弟子たちが一体どんな栄光をイエス様に与えたと言うのでしょうか。むしろつまずきを与えただけではなかったでしょうか。ですがイエス様は、すでにこの時点で、イエス様の御名がこの弟子たちによって言い広められ、イエス様が世界中で礼拝される日の事を思っているのです。そして、この弟子たちによってその様な栄光を受けましたと言っているのです。

イエス様はもう世にいなくなりますが、イエス様の願いは、「彼らを守ってください」と言うことでした。それは、イエス様と神様が一体であるように、弟子たちとイエス様とが一体になるためだと言うのです。私たちのように欠けの多いクリスチャンでも、イエス様によって世に送り出され、「彼らを守ってください。」と祈られ守られている存在であることを信じたいと思います。

どうしてイエス様が今、「彼らを守ってください。」と神様に祈ったのかと言うと、それは12節と13節に書かれています。

ヨハ 17:12 わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。

ヨハ 17:13 しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。

イエス様がこの世にいる間は、イエス様が弟子たちを守ることが出来ました。ですが、イエス様が神様のもとに帰ろうとしているので、そのあとは、神様に守っていただくために祈っているのです。そしてイエス様の死は決して敗北ではなくそれは栄光であり、喜びに満ちたものであると言うことを弟子達にもわかってもらい、その喜びが、弟子達にも満ち溢れるようになるために、事前に今祈っているのだと言うのです。

そして、守ってくださいと言う意味をさらに詳しく述べています。まず何から守ってほしいのかと言うと、「世の悪いもの」から守ってくださいとお願いしています。と言うのはイエス様は世に属しておらず、世に御言葉を伝えたために世から憎まれてしまいましたが、おなじように弟子たちも世に属さないものとなったので、世から憎まれてしまったからです。イエス様がお願いしたのは、イエス様と同じように、世から上げられてしまうことではなくて、世に留まって、「真理によって聖なるものとなる」事が出来るように、悪いものからお守りくださいと言うことなのです。その弟子たちを守るために、イエス様は自分自身を捧げますと祈ったのです。ここでの祈りは、弟子たちを守ってくださいそのために自分を捧げますと言う祈りになっており、弟子訓練を完成させるための祈りと言ってもいいのかもしれません。

 さて、20節からは、弟子たちのためだけではなくもっと広く、一般の信者のためにも祈りました。20節と21節です。

ヨハ 17:20 また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。

ヨハ 17:21 父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。

 イエス様は、まず弟子たち即ち12使徒を守ってくださいと祈りましたが、その次は、その使徒たちの言葉によって私を信じる人々のためにも祈りました。これは今の教会のために祈ってくださったのだと理解している人々もいます。そしてその祈りとは、「あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。」と言う祈りでした。イエス様の大きな願いはイエス様のもとで、すべての人が一つになる事なのです。ところが、実際には教会の制度というものを考えると、教会はいろいろな教派に分かれており、それぞれが、自分たちの教派が正しいことを主張しており、一つではないのです。これを一体どのように考えればよいでしょうか。それは、制度的なことや教理的な事で、いろいろな違いはあったとしても、イエス様を信じると言うその一点では、皆平等であり、一つのものになれると言うことではないでしょうか。イエス様の前では、そのような違いは問題にならないと言うことではないでしょうか。また私たちの信仰や考え方が違っていても、イエス様の前に立つとき、そのような違いよりもイエス様に従うほうが優先されるので、違いを乗り越えて一つになれると言うことではないでしょうか。ですから、私たちが、違いを問題にして、相手を批判したりするとき、私たちは単独者として、イエス様の前に立ち、違いを乗り越えて一つであることを自覚していく必要があるのではないでしょうか。イエス様の前に立つとき、そこには人格的な関係があるのみで、制度的なものや教理的なものはあまり意味をなさなくなるのです。それらの違いが問題になるのはこの世的な立場に立つときだけなのです。私たちは、ただイエス様の御前に立って、一つになるのです。

 イエス様は、私たちが一つになるために与えて下さったものがあります。それは一体なんでしょうか。私たちはそれを受け取ることが出来るでしょうか。22節と23節です。

ヨハ 17:22 あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。

ヨハ 17:23 わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。

 イエス様が私たちが一つになるために与えて下さったものとは、「神様がイエス様に与えた栄光と同じ栄光を私たちに与えた。」のでした。イエス様の栄光とは、神様と等しいことの栄光でした。そして、死に至るまで、神様に従順であることの栄光でした。どんなに苦しい事や屈辱があってもただ神様に従順であることでした。その栄光を、私たちにも与えたのですから、私たちも神様に対して、死に至るまで従順なものとなるのです。そしてそのことによって栄光を現すのです。それが出来るのは、イエス様が私たちの内に居られるからなのです。イエス様が神様の栄光を現したのは、神様がイエス様の内に居られたからであり、私たちがその栄光を現すのも、イエス様が私たちの内に居られるからなのです。イエス様が私たちの内に居られること、それは、私たちが、神様に等しいものとされている栄光なのです。そうして、私たちは神様とイエス様のもとに一つになるのです。

 ですが、私たちは、イエス様から栄光を与えられているのですが、私たちはそのことに気づいていません。イエス様が、私たちの内に居られるのですが、そのことにも気づいていません。イエス様は、そのことを私たちに気づかせるためにも祈ってくださったのです。どのように祈ってくださったのでしょうか。24節から26節です。

ヨハ 17:24 父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。

ヨハ 17:25 正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。

ヨハ 17:26 わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」

 それは、「天地創造の前からイエス様に与えて下さっているイエス様の栄光を、信じる者たちに見せるために、イエス様のいるところに共に居らせてください。」と言う祈りだったのです。イエス様が、神様に願った祈りです。これが実現しないはずはありません。イエス様は「私たちが、イエス様のところにいて、イエス様の栄光を見る」と言うことを祈ってくださったのです。私たちはイエス様と共に居るのです。そしてその栄光を見ることが出来るのです。

 イエス様は25節で、「世は神様を知らない」と言っています。そして、信じる人々は「イエス様が神様から遣わされた方である」ことを知っていると言いました。私たちは神様を直接知ることはできないかもしれません。ですが、イエス様を知ることによって、イエス様を遣わされた神様がいることを信じることが出来るのです。それはイエス様自身が、神様に遣わされていると言っているからです。イエス様はこれからも神様がどんな方であるかを知らせ続けると言いました。それは神様の愛がイエス様の内にあり、イエス様が信じる者たちの内にいるようになるためなのです。そしてそれは信じる者たちが、神様の栄光を現すことなのです。

 イエス様は私たちの内に居られます。そして、私たちを守ってくださっています。それは私たちが、神様とイエス様と一つになって、その栄光を現すためなのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

 天の父なる神様、イエス様が私たちのために祈ってくださったことに感謝いたします。そして、私たちの内にあって、私たちを守り、一つにし、神様の栄光を現すものとさせてくださることに感謝いたします。私たちは、自分の欠けに目を取られて、その栄光を見ることが出来ないでいますが、私たちの内にいますイエス様がその栄光を見させてくださいますように。その栄光と共に生きることが出来ますように。

この祈りを、主イエスキリストの御名によってお祈りいたします。

 


<<聖書の箇所(新約聖書:ヨハネによる福音書)>>

ヨハ 17:9 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。

ヨハ 17:10 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。

ヨハ 17:11 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。

ヨハ 17:12 わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。

ヨハ 17:13 しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。

ヨハ 17:14 わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。

ヨハ 17:15 わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。

ヨハ 17:16 わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。

ヨハ 17:17 真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。

ヨハ 17:18 わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。

ヨハ 17:19 彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。

ヨハ 17:20 また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。

ヨハ 17:21 父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。

ヨハ 17:22 あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。

ヨハ 17:23 わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。

ヨハ 17:24 父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。

ヨハ 17:25 正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。

ヨハ 17:26 わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」