家庭礼拝 2014年2月12日 ヨハネ17章1-8
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起
今日の箇所は、イエス様の祈りの箇所です。最後の晩餐が終わり、イエス様は祈りを捧げますが、その祈りだけでこの17章全部に渡っています。ちょっと長いので二回に分けて、話をしたいと思います。今回お話しする前半は、神様から与えられたイエス様の使命についてです。後半は弟子たちのためのとりなしの祈りです。ここで語られる祈りは、祈願の祈りでもありますが、神様と語り合っているような信仰告白的な祈りでもあります。
このヨハネによる福音書にはふしぎなことに、他の共観福音書にはみんな載っているゲッセマネの祈りがないのです。どうしてこんな大切な場面を省いているのだろうかと思いますが、その代わりこの長い祈りがあるのです。これは「大祭司の祈り」とも呼ばれており、大祭司として自分を神様にささげようとしているイエス様が、弟子たちの救いのために執り成しの祈りを捧げているのです。
ここにはイエス様の大切な教えのエッセンスが詰め込まれています。今まで語られてきたことの集大成として、告げられているような気がします。ここの箇所をきちんと読めば、キリスト教の神髄を知ることが出来るかもしれません。ここの箇所で語られているキーワードは「栄光」と言う言葉と「永遠の命」と言う言葉です。今、十字架での死に向かおうとしているイエス様を覆っているのは、この「栄光と永遠の命」なのです。そのことをイエス様は最後の祈りとして、残していったのです。決して悲惨な死ではなく、自ら、神様の使命を果たそうとして臨む、栄光と永遠の命に支えられた十字架の死なのです。
そしてもう一つのキーワードは、「与える」と言う言葉です。この言葉が一番多く使われているのです。それは、神様とイエス様がいかに強く結ばれており、神様がいかに大きなものをイエス様にお与えになったかと言う信仰告白です。神様はイエス様に、「栄光」をお与えになり、「人を支配する権能」をお与えになり、「行うようにと神様が与えて下さった業」、すなわち使命をお与えになり、イエス様の事を述べ伝える「弟子たち」をお与えになりました。イエス様は、後半で、その与えられた弟子たちのために、神様に守ってくださいと執り成しの祈りをしているのです。イエス様に与えられたものはすべて神様に与えられたものであり、弟子たちもそれを知ったとしているのです。神様から与えられたのはイエス様だけでは無いはずです。私たちも与えられたものはすべて神様から与えられたものと受け止める必要があるのではないでしょうか。それは自分にとって都合のよいことも悪いことも皆神様が与えてくださったものとして、それがもし、苦しいこと辛い事であるならば、イエス様と同様に、それを受け入れることに神様の栄光を感じて生きていくことが大切なのではないでしょうか。それが永遠の命に生きることかもしれません。
承
聖書の内容を見てみましょう。イエス様は来るべき時が来たことを思って天を見上げて言いました。1節です。
ヨハ 17:1 イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。
イエス様が言ったことは、「あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。」と言うことでした。この栄光とは何でしょうか。ふつうは死を前にしてはすべては滅びてしまう、すべてはむなしいと、嘆いてしまうのですが、イエス様は、その死を前にして、神様の栄光を現すと言っているのです。その神様の栄光は、死によっても滅ぼされず、むしろ死の前に勝ち誇るような栄光なのです。その栄光もまた、自分から出るものではなく、神様のもとから来るものなので、子に栄光を与えてくださいと願ったのです。別の言葉で言えば十字架の死を与えてくださいと言うことです。イエス様が死を前にして神様に願ったことは、死をもしのぐ、神の栄光をお与えくださいと願ったのです。私たちにもいつかその死がやってきますが、信仰を与えられたものとして、「どうか神様の栄光をもって、この世を去ることが出来ますように。」と祈るものでありたいと思います。
イエス様は、そのあとイエス様がこの世に遣わされた使命について語ります。その使命とはすべての人に「永遠の命」を与えることだったのです。2節と3節です。
ヨハ 17:2 あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。
ヨハ 17:3 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。
イエス様には神様によって、「すべての人を支配する権能」が与えられているのです。支配する権能とは、命じるままに人を従わせることが出来ると言うことです。ですがイエス様はその権能を振りかざすことはなかったのです。かえって、神様が委ねられた人々に対してのみ、永遠の命を与えたのです。これはイエス様を信じる人々の事ですが、それは、自分で信じるようになったのではなく、神様がイエス様に委ねられた人々、と言う理解なのです。私たちも、一人の信仰者として、神様に覚えられ、イエス様に委ねられた人なのです。ですからそのことをしっかり覚えていくことは大切な事です。この人々には永遠の命が与えられました。その永遠の命とは、「唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」とイエス様が言われました。これは永遠の命の定義と言うよりは、手段や方法と考えたほうが良いと思います。すなわち、永遠の命とは、「唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ること」によって、与えられるものであると言うことです。すなわち、神とイエス・キリストを信じる信仰そのものであると言っても良いかもしれません。その信仰は、肉体的な死にあっても滅びることなく、神の栄光を現すことが出来ると言うことではないでしょうか。それが永遠の命と言うことではないでしょうか。
転
さて、イエス様はこの世に遣わされた使命である、「永遠の命を与える」使命をやり遂げて、今御国に帰ろうとしています。そのことを神様に伝えて、栄光の内に帰ることが出来るようにと神様に祈っているのです。4節と5節です。
ヨハ 17:4 わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。
ヨハ 17:5 父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。
イエス様は、遣わされた使命を果たしましたと言いました。ですが、イエス様が癒し、イエス様が信仰を伝えたのは世界中の人々のほんのわずかなものです。いったいどうして使命を果たしたと言えるのでしょうか。イエス様の使命は、まず、選ばれたものを、弟子訓練して、その信仰を伝え、「永遠の命を」与えることだったのです。この世に種を撒いたのです。その種が出来上がったと言うことです。そのあとはその種が、どんどん増えていって世界中の救いへと至ると言うことです。ですから、イエス様の宣教は、一人一人の救いに対してよりも、12人の選ばれた弟子たちに対する、弟子訓練が大切なものだったのです。イエス様はその使命をやり遂げて、地上であなたの栄光を現しました、と言ったのです。そして父のもとに帰るために、栄光を与えてくださいと言いました。これは十字架の死をも乗り越える栄光です。その栄光をイエス様は、世界が作られる前から、神様のもとで持っていた栄光だと言っています。
そしてもう一度その使命について語りました。6節です。
ヨハ 17:6 世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与えてくださいました。彼らは、御言葉を守りました。
イエス様は、弟子たちが選ばれているのは、イエス様が選んだのではなく、神様が世から選び出して、イエス様に与えてくれた人々だと言いました。イエス様にとっても、弟子たちは与えられた人々なのです。それを繰り返して、6節で「彼らはあなたのものでしたが、あなたは私に与えてくださいました」と言いました。そしてその人々にイエス様は「御名を現した」と言っています。「御名を現した」と言うのは名前を教えたと言うことではなくて、本当の神様がどんな方であるかを教えたと言うことです。これがイエス様の使命なのです。神様が与えて下さった弟子たちに、神様がどんな方であるかを教えることだったのです。そしてそれが完成したと言うのは、弟子たちが神様の言葉即ち、イエス様の言葉を守っていると言うことなのです。これで、イエス様の使命は果たされたのです。だからイエス様は栄光をもって、天に帰られるのです。
イエス様は、イエス様が使命を果たした証しとして、弟子たちが、どのように御言葉を守っているかを説明しました。7節と8節です。
ヨハ 17:7 わたしに与えてくださったものはみな、あなたからのものであることを、今、彼らは知っています。
ヨハ 17:8 なぜなら、わたしはあなたから受けた言葉を彼らに伝え、彼らはそれを受け入れて、わたしがみもとから出て来たことを本当に知り、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じたからです。
弟子たちがどのように御言葉を守っているか、すなわちどのように信じているかと言うのは、「イエス様から出てくるものは、みな神様から与えられたものであり、神様はイエス様をこの世に遣わされた」と言うことを信じていると言うことです。イエス様は弟子たちがこのような信仰にいたるのを待って、使命を果たされたのです。私たちの目指すべき信仰も、教理的な信仰と言うよりも、このような単純な、「イエス様は神様から遣わされた方であり、その方から出るものは皆神様から出ているのである。」と言うことを真実に信じることであるのだと思うのです。そのことで、本当の弟子となるのです。
結
イエス様は、今天の御国に帰ろうとしています。その使命を果たして、栄光の内に天の御国に帰ろうとしています。そこに至るには十字架の苦しみがありますが、その苦しむことさえも栄光なのです。神様の使命を果たしていると言う栄光なのです。イエス様の使命は、弟子たちに永遠の命を伝えることであり、それはイエス様が本当に神様から遣わされた方であり、そのみ言葉、その御業はすべて神様から出たのであると言うことを信じ受け入れるものに変えられると言うことなのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、あなたはイエス様をこの世にお遣わしになりました。イエス様の語ったこと、行ったことはすべてあなたから出たものであることを信じます。そして、弟子たちを訓練したように、私たちをもその信仰のうちに訓練し、信じるものへと変えてくださることを信じます。あなたはその使命を果たされて、十字架の栄光を受けて天に召されました。弟子たちに与えられた永遠の命は、各世代ごとに引き継がれ、今もなお生きています。私たちの肉体がたとえ滅んでも、永遠の命は滅びることはありません。神様、どうか私たちもどのような困難苦難があったとしても、すべてあなたから与えられたものとして、栄光をもってそれを受け入れ、栄光の内に歩み通すことが出来ますように導いてください。
この祈りを、主イエスキリストの御名によってお祈りいたします。
<<聖書の箇所(新約聖書:ヨハネによる福音書)>>
◆イエスの祈り
ヨハ 17:1 イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。
ヨハ 17:2 あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。
ヨハ 17:3 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。
ヨハ 17:4 わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。
ヨハ 17:5 父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。
ヨハ 17:6 世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与えてくださいました。彼らは、御言葉を守りました。
ヨハ 17:7 わたしに与えてくださったものはみな、あなたからのものであることを、今、彼らは知っています。
ヨハ 17:8 なぜなら、わたしはあなたから受けた言葉を彼らに伝え、彼らはそれを受け入れて、わたしがみもとから出て来たことを本当に知り、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じたからです。