家庭礼拝 2013年3月13日 ローマ13章1-14 支配者への従順

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12章からパウロは、キリスト者の具体的な生活の指針を与えており、わかりやすい話になっておりますが、この13章でも同じように、どう生活していったらよいのかを教えています。この章では特に、国家に対してどのように向き合っていったらよいのか、終末に対してどのように向き合って生活をしていったらよいのかが書かれています。キリスト教と国家の関係の歴史を見ればそんなに良い関係ではありません。ユダヤ教時代から、国家の権力に対しては弾圧され、迫害され、常に葛藤の中にありました。中世のキリスト教全盛の時代にあっても、カノッサの屈辱のような例に見られるように、教皇の権力と国王の権力の絶え間ない権力闘争の中にありました。それがヨーロッパと言う世界を作っていったといってもよいほどです。では聖書が教える国家に対する態度とはどうなのか、国家の権力に負けてはいけないと言う事なのかと思うと、そうではありません。意外とも言うべき聖書の教えに聞いてみたいと思います。

まず、13章1節にこう書いてあります。

ロマ 13:1 人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。

パウロは、人は皆、上に立つ権威すなわち国家権力にも従うべきだと教えているのです。これはたまたま、パウロがローマとの関係がよく、その権威を良いものと考えていた時代だったからなのでしょうか。決してそうではないのです。聖書全体がずっと繰り返し、国家の権力には従うべきであるとの教えを伝えているのです。イエス様の教えた言葉にも、カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返すべきである、と言う政教分離的な教えがあり、神を礼拝する事以外は、地上の生活においては国の権威に従うべきであると教えているのです。そこには、神に由来しない権威はなく、今ある権威は全て神によって立てられたものだからである、と言う教えがあるからなのです。だから、たとえ、迫害するような国であっても、弾圧するような国家権力であっても、それもまた、神様に用いられた権力であり、意味のあることであると受け取る姿勢を教えているのです。ここには、12章の最後に書いてある、「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」という、教えもまたその背後に含まれていると思うのです。

国家権力だけでなく、教会の権威と言うのもまた同じように考えなければならないのです。たとえ、教会が間違えた事をしていたとしても、牧師が、ふさわしくないと思えたとしても、その権威は神様が与えたものだから、その権威には従うべきだと言う考えなのです。神様が与えたものだから、いつかきっと、みんなにとって良いものに変えられるという信仰を持って、善をもって悪に勝ちなさいと教えているのだと思うのです。本当にその権威や権力が間違っている場合には、それを正すのは神様なのであって、私達は神様の与えた権威に従うのが正しいのだと教えているのです。だから、パウロは具体的に、7節ではこうしなさいと教えています。

ロマ 13:7 すべての人々に対して自分の義務を果たしなさい。貢を納めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさい。

国家や、権威に対してはそれぞれ自分の義務を果たしなさいと言うのです。貢を納めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬う事が、自分の義務を果たす事なのです。そのような権威に対しては従順に歩みなさい、それは神様に従順である事と同じなのだからと教えているのです。

8節から10節では突然隣人を愛しなさいと言う話になります。何か唐突な感じもしますが、今までの話とどんな関係になるのでしょうか。それは7節の、自分の義務を果たしなさい、と言う言葉と関係があるのです。やらなければならない義務は、くどくど考えることなくさっさと片付けてしまいなさい、決してそこに借りを作ってはいけません、と言う一方で、互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません、と言っているのです。これは、義務は片付ける事が出来る事ですが、愛し合う事は片付けるようなものではなく、一生その借りを、身に帯て行くものであるという教えなのです。むしろその愛を忘れてはいけないと言う事なのです。借りのあるままにしておきなさいと言う事です。「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約され、それは義務を果たすようなものではなく、果たしきれない借りを負って生きていくことなのであるという事なのです。

そして、11節では「あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。」と言いました。この時、と言うのは終末的な時のことを意味しています。それは、あなたがたが眠りから覚めるべき時なのです。ここの13節と14節は、キリスト教神学に最も大きな影響を与えたアウグスチヌスによって特に有名になった箇所です。アウグスチヌスは若いとき、その能力をもてあまし、キリスト教ではなく、マニ教と言う異端的な信仰に興味を惹かれ、そして淫乱な生活をしていました。母モニカは、その息子がクリスチャンになって欲しいととりなしの祈りを絶えずしていました。あるとき、庭で、取りて読め、取りて読めという子供の遊び声がとても気になって、友達が開いていた聖書の箇所を読んだのです。それがここの箇所でした。アウグスチヌスに飛び込んできた文字は、「酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、」という言葉だったのです。アウグスチヌスはこの出来事が神様の啓示である事を知ったのです。そしてその生活を正し、真正なクリスチャンとしての信仰に入るようになったと言うエピソードが「告白」と言う自伝にあるのです。アウグスチヌスは、眠りから醒めたのです。そして、主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません、と言うパウロの言葉に従ったのです。主イエス・キリストを身にまとうというのは、イエスキリストに習いなさいと言うのとも違うような気がします。むしろイエス・キリストとして、イエス・キリストと一体となって肉の思いを捨てて生きなさい、と言う事を教えているのだと思うのです。

パウロは、いまや終末の時が来ているのをあなたがたは既に知っているはずです、と言っています。だから、国家に対しては従順にその義務を果たし、隣人に対しては愛を行い、イエス・キリストを着てその時を待ち望みなさい、と教えているのでは無いかと思います。もう時間はないのです、身を整えて、心を整えて、イエス様の再臨の時を待ち望むのです。

 

 

 

 


(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。パウロはどんな権威も神様の権威に立てられている事を教えてくれました。ですからその権威には従順である事を教えました。私達は、その権威が悪いものであると感じると、とても従順であろうと言う気持ちが起こりません。ですがパウロは、それが良いものであろうと悪いものであろうと、神様の与えた権威に従いなさいと教えました。どうかこのことを謙遜にしっかりと受け止めて行く事が出来ますように。パウロの言っている、その時は、もう来ていると言います。どうか多くのことに心を惑わされる事なくその時をしっかりと見つめ、隣人を愛する事以外に借りを作ることなく、身辺を整えて、イエス様を身にまとって生きていく事が出来ますように。

 3.11で亡くなられた方のご冥福を祈ります。遺族の方、被災者の方にあなたの慰めと助けとが与えられますように。世界の人々の暖かい手が差し伸べられますように。

この祈りを主、イエスキリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

 

<<聖書の箇所(新約聖書:ローマの信徒への手紙)>>

◆支配者への従順

ロマ 13:1 人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。

ロマ 13:2 従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くことになり、背く者は自分の身に裁きを招くでしょう。

ロマ 13:3 実際、支配者は、善を行う者にはそうではないが、悪を行う者には恐ろしい存在です。あなたは権威者を恐れないことを願っている。それなら、善を行いなさい。そうすれば、権威者からほめられるでしょう。

ロマ 13:4 権威者は、あなたに善を行わせるために、神に仕える者なのです。しかし、もし悪を行えば、恐れなければなりません。権威者はいたずらに剣を帯びているのではなく、神に仕える者として、悪を行う者に怒りをもって報いるのです。

ロマ 13:5 だから、怒りを逃れるためだけでなく、良心のためにも、これに従うべきです。

ロマ 13:6 あなたがたが貢を納めているのもそのためです。権威者は神に仕える者であり、そのことに励んでいるのです。

ロマ 13:7 すべての人々に対して自分の義務を果たしなさい。貢を納めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさい。

◆隣人愛

ロマ 13:8 互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。

ロマ 13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。

ロマ 13:10 愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

◆救いは近づいている

ロマ 13:11 更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。

ロマ 13:12 夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。

ロマ 13:13 日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、

ロマ 13:14 主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。