家庭礼拝 2012年9月5日 マルコ15章21−47 十字架につけられる
賛美歌298 ああ主はたがため聖書朗読 祈り 奨励説教 一分黙想 全員祈り 主の祈り 賛美歌300 十字架のもとに
起
イエス様が、過越の夜にゲッセマネで捕らえられてから十字架につけられるまではほんの短い間でした。ですが物語はたくさんありました。ゲッセマネでのユダの接吻があり、逮捕があり、大祭司のところに連れて行かれ、最高法院での裁判があり、ペトロが知らないと三度いい、ピラトのところに連れて行かれて尋問され、バラバの釈放があり、死刑の判決がありました。その後鞭打たれ、兵士達に渡され、兵士達から侮辱されました。ルカによる福音書では、ヘロデのところに送られて尋問されるところもあるのです。イエス様がゲッセマネで捕らえられたのは夜の9時頃ではないかと思います。そして十字架につけられたのが朝の9時頃です。夜から朝にかけての12時間の間にこれだけの事がありました。そして、イエス様が十字架の上で生きていたのは午前の9時から午後の3時までの6時間です。これは通常ですと短すぎる時間なのです。ですからピラトは本当に死んだのか不思議に思ったくらいなのです。普通は十字架の上で2,3日生きてもだえ苦しみ、最後は自分の体重の重みで呼吸が出来なくなり窒息死するのだそうです。捕らえられてから、死ぬまでにわずか18時間の出来事なのです。
私達はこの出来事をどのように読めばいいのでしょうか。イエス様の気持ちになって読むのでしょうか、弟子達の立場で読むのでしょうか。2000年前の出来ごととして読むのでしょうか。何が真実かと検証しながら読むのでしょうか。どれが正しいのかは分かりませんが、多くの教えは、私達がその場に立ち会ったものとして読む事を勧めています。自分と直接関係のない事ではなく、自分にかかわりのあることとして、自分の罪の為に、イエス様は十字架につけられたのだという受け止め方を勧められています。ですがそれを本当に信じているでしょうか。私達の心の中にも、祭司長や律法学者達が言っていたように、「今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら信じてやろう。」と言った気持ちがないでしょうか。それを見たら信じよう、それを体験したら信じよう、と言う思いがないでしょうか。イエス様が、本当に目の前に現れてくれなくては、本当には信じられない。それを見たら信じようと思って、信仰生活を歩んでいるのではないでしょうか。または、百人隊長が言ったように、「本当にこの人は神の子だった。」と既に過ぎ去った過去形で思っている事はないでしょうか。私達に必要なのは、今ここで、神様の愛をこのイエス様の死を通して、そのまま信じる事ではないでしょうか。神様は、今、この私を愛し救い出す為に、一人子のイエス様を十字架に渡たされたと、信じる事ではないでしょうか。それが無ければ私達の救いはないし、それが無ければ、これはただの過去の物語でしかなくなるのではないでしょうか。
承
イエス様は、ゴルゴタで十字架につけられるために十字架を背負わされ、町中を引き回されました。たぶん一般の群集は、このときになってはじめて、イエス様の死刑のことを知るようになるのだと思います。何せ、前の日の夜の8時頃は過越の食事をしていた人が次の日の8時頃には、死刑囚として町を引き回されているのですから、町の人々や過越に集まった人々もとても驚き、支持者達がたくさんいたとしても何も出来なかったのだと思います。そこにはローマの兵隊達も付いていたからです。21節にはこのような事が書かれています。
マコ 15:21 そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。
アフリカのエジプトの西側にあるキレネから、このエルサレムで過越の祭りを過ごそうとわざわざ遠くからやってきたキレネ人シモンがこの出来事に出くわしました。イエス様が、十字架を背負って、よろよろと歩いていたのです。イエス様が担ぎきれないと知ったローマ兵は、力の強そうなシモンを見つけてその十字架を無理に担がせた事が書かれています。シモンはそれをとても嫌がりましたが、ローマ兵は無理に担がせたのです。キレネ人シモンにとっては、せっかくのエルサレム参りがとんでもない事に巻き込まれた事になったわけで、とても憤慨して、二度とエルサレムには来ないと思ってしまったのではないでしょうか。ところが、この話はこれだけで終わっていない事が既にこの文章に暗示されています。21節には、「アレクサンドロスとルフォスの父でシモンと言うキレネ人」という表現になっていますが、これはアレクサンドロスとルフォスが信仰者仲間ではよく知られた人物であることを示しているのです。この時このシモンの二人の子供が一所にいたのかどうかは分かりませんが、この二人の子供は、後にイエス様の教えを信じるものとなり、みんなに知られるものとなっていたのです。パウロのローマ人への手紙16章13節には「主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです。」と記されてこのルフォスが登場しています。また使徒言行録13章1節には「アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、予言するものや教師達がいた。」と書かれています。ここのニゲルと呼ばれるシメオンが翻訳すれば、黒人と呼ばれるシモンとなり、続いて書かれるキレネ人ルキオとの関連からもこのシメオンがキレネ人シモンではないかと言われています。このシメオンはここで教師となって異邦人伝道に奉仕していたのです。このように、この不思議な出会いは、キレネ人シモンとその子供達にそして妻までにも衝撃的な思いを与えたのだと思います。
イエス様はゴルゴタと呼ばれる小高いところまで連れて行かれました。このときは城壁の外側でしたが、今では城壁の内側にあり、そこには、聖墳墓教会が立てられています。神殿や総督官邸からそこまでは谷を越えた600mくらいの近い距離なのですが、町中をゆっくりと引き回されたのです。
イエス様は十字架につけられました。良く映画などで見る高く吊り上げられた十字形の十字架ではなく実際にはT字型のあまり高くない十字架だったようです。ですから、人々との話も、顔を近づけての話ができたようです。イエス様を十字架につけると、イエス様の唯一つの持ち物である服を、兵士達は誰が何を取るかくじで決めたのです。分けると言っても下着と上着だけであったと思いますが、それを裂くと価値がなくなるので、裂かないようにイエス様を囲んでつれてきた4人の兵士達で分けたようなのです。
イエス様が十字架につけられたのは午前の9時頃で、罪状書きにはユダヤ人の王と書かれていました。これはユダヤ人が勝手に作り上げた罪状でした。ユダヤ人たちの本当の罪状は、神を冒涜した、なのです。ヨハネ福音書では、「ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「この男はユダヤ人の王と自称した」と書いてくださいと言ったが、ピラトは「わたしが書いたものは書いたままにしておけ」と言った」と書かれています。ピラトにはイエス様が本当に王のように感じられたのかもしれません。イエス様の十字架の右と左には二人の強盗が十字架につけられました。イエス様がその罪びとの仲間であるかのようにつけられたのです。そこを通りかかった人々や祭司長たちはイエス様をあざけりました。
「十字架から降りて自分を救ってみろ。」と言ったり、「今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」と言ったのです。それを一緒に十字架につけられたものも言ってののしったのです。今まで手も足も出なかったものが、自分達が少しでも優位だと思うとこのように、人を侮辱するのです。でもイエス様は降りる事はありませんでした。もしイエス様が十字架から降りて、この侮辱するものたちを裁いたら、それは救い主イエスではなくなるのです。イエス様は十字架の上で死ぬことによって、神様の愛と救いとを私達に示したのです。
転
昼の12時になると、全地が暗くなりそれが3時まで続いたと書かれています。
三時になったとき、イエス様は大声で叫ばれました。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味であると記されています。これは詩篇22編にある言葉です。ダビデは良くこのような言葉を神様に投げかけました。詩篇22編の最初には
「わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。わたしの神よ/昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。」とダビデの嘆きの祈りが書かれています。そしてこれは最後には賛美の祈りになるのですが、だからと言って、イエス様がここで賛美の祈りをしたとは思えません。むしろある神学者が言ったように、イエス様は多くの苦しみを経験し、人間が経験するすべてのことを経験したが、罪人としての経験だけはなかった。イエス様がここで、神様から見捨てられると言う、罪人と同じ経験をしているのだと言う説明のほうがわたしにはしっくり来ます。イエス様は、見捨てられる罪人の苦しみをこの祈りの言葉で発したのではないでしょうか。私達と同じように経験されたのではないでしょうか。これをそばで聞いていた人たちは、イエス様がエリアを呼んでいると言いました。エリアが彼を降ろしに来るかどうか見ていようとも言いました。イエス様をあざけっている人々は、実は本当にエリアが来るのを恐れているのです。本当に来たならば、自分達は裁かれるだろうと知っているのです。ですがイエス様は、そのまま大声を出して息を引き取られました。この大声は、絶望の叫びなのでしょうか、断末魔なのでしょうか。何を言ったのでしょうか。ルカによる福音書では、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」と言って息を引き取られたと書かれています。ヨハネによる福音書では、「成し遂げられた」と言って頭をたれて息を引き取られたと書かれています。マタイとマルコには、何と言ったかはかかれていませんが、大声で叫び息を引き取られたと書かれています。このような状況の中で、最後に大声で言うとすれば一言だけではないでしょうか。それはヨハネ福音書のように、「終わった」と言う意味の言葉だったのではないでしょうか。神様に向かって叫んだとすれば、「終わりました」と言ったのではないでしょうか。その時神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けたといいます。地震も起こり岩も裂けたとマタイによる福音書には書かれています。これは特定の人に隠されていた神様が、もはや隠されていず、誰にもその存在を表してくださる事を象徴的に語っています。
これを見ていた百人隊長は、「本当にこの人は神の子だった。」と言いました。ルカによる福音書では、「本当に、この人は正しい人だった。」と言って、神を賛美した、と書かれています。この事は神様を信じていない異邦人にも心を打つ出来事であり、神様を信じさせる出来事となったのです。前後の事情を知らないと思われる百人隊長は、この十字架の上でのイエス様の姿を見ているだけで、その心を揺さぶられ、イエス様を信じ、神様を賛美するようになったのです。それならばいっそう私達は、このイエス様の十字架の姿を見つめるだけで、その信仰が確かなものになっていくのではないでしょうか。たぶんそこには言葉も理屈もないのです。ただその姿を拝むだけで私達はその信仰へと導かれるのだと思います。
このイエス様の最後の場面には、弟子達の姿はありません。あるのは婦人達でした。イエス様と共にエルサレムに上り、あるものはイエス様の世話をするためについてきた大勢の婦人達が遠くから囲むようにしてこの姿を見ていたのです。
イエス様がなくなられて、もう夕方になっていました。この日は安息日の前の日ですから、安息日が始まる午後6時までにはあと2時間ほどしかなかったのです。 アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエス様の遺体を渡してくれるようにと願い出ました。場合によっては、謀反人の仲間として、捕らえられ十字架につけられるかもしれない危険な事でした。ですが、ピラトはその要請を受け入れて、ヨセフに引取りを委ねました。最高法院の議員の中にもこのような人々がいたのです。そしてその詳しい様子を伝えてくれたのです。ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねました。6時間で死んでしまったというのは早すぎると感じたのです。そして百人隊長に確認した後で、ヨセフに下げ渡したのです。ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた、と書かれています。
結
こうしてイエス様は亡くなりました。この事にあまり理屈や解釈を加えたいと思わないのです。そのようなものが多くなればなるほど、何か嘘くさく感じてしまうのです。わたしはただ、イエス様が、祭司長たちの多くの非難やあざけりの中で、何も言わずに、十字架を背負い続け、死から目をそらす事なく、神様の御心に従ったその歩みに目を留めたいと思うのです。十字架の上でのイエス様が、何に心を向けていたかを、わたしも一緒になって思ってみたいと思うのです。遠くから見ていた婦人達もまた、そんな思いで見ていたのではないでしょうか。それはただひたすらに祈りに似た気持ちで見ていたのではないのかと思うのです。私もまた、今このイエス様の死をただ祈りの気持ちで見つめたいと思います。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。あなたの一人子イエス様は、十字架の上で死にました。そして今もなお、その十字架の死の意味を私達に語り続けています。どうかこの事を解釈するのではなく、ただ頭をたれて、祈り、御名を賛美するものでありますように。そしてこの事によって私達が救われたものである事を信じ喜ぶものでありますように。私達が今なお、このように聖書を読み、あなたに祈り、あなたの導きと恵みを受け取ることが出来るのは、イエス様の十字架の犠牲があったからであることを忘れる事がありませんように。どうか私達がこの事を心に抱いて、より清いものとなることが出来ますように。この世の事に捉われることなく、御国を思う事ができますように。
この世の思い煩い、この世の悲惨な出来事は、その中にあなたのご計画と慈しみがあることを信じます。人の思いの小さな了見で、それを裁く事がありませんように。ただあなたに委ねて、祈るものでありますように。御国が来ますように。御心がなりますように。
この祈りを主、イエスキリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:マルコによる福音書)>>
◆十字架につけられる
マコ 15:21 そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。
マコ 15:22 そして、イエスをゴルゴタという所――その意味は「されこうべの場所」――に連れて行った。
マコ 15:23 没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。
マコ 15:24 それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、/その服を分け合った、/だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。
マコ 15:25 イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。
マコ 15:26 罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。
マコ 15:27 また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。
マコ 15:29 そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、
マコ 15:30 十字架から降りて自分を救ってみろ。」
マコ 15:31 同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。
マコ 15:32 メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。
◆イエスの死
マコ 15:33 昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。
マコ 15:34 三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
マコ 15:35 そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。
マコ 15:36 ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。
マコ 15:37 しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。
マコ 15:38 すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。
マコ 15:39 百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。
マコ 15:40 また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。
マコ 15:41 この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちが大勢いた。
◆墓に葬られる
マコ 15:42 既に夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、
マコ 15:43 アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。
マコ 15:44 ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。
マコ 15:45 そして、百人隊長に確かめたうえ、遺体をヨセフに下げ渡した。
マコ 15:46 ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。
マコ 15:47 マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた。